五日目・昼 八重洲地下街の決闘
俺たちは、自由に動ける場所を探して東京駅の地下を彷徨う。
やがて、八重洲地下街へと進んだ俺たちは、適度な広さがある場所で向かい合った。
「ここでいいだろ」
と俺は言って準備運動をする。
「どこでも構わぬ。軽く手合わせするぐらいじゃ」
とクロエはそう言うと、
「【身体変化】解除」
そう呟いて、本来の姿へと戻った。
「小さな姿じゃなくていいのか?」
「スキルの使用は無しじゃと、そう言ったじゃろ」
クロエはそう言うと、フードを脱いだ。
電気のない地下街は暗闇に覆われている。
日の光の入らないこの場所ならば、クロエも全力で戦うことが出来るだろう。
クロエは、肩口で切り揃えられた薄い栗色の髪の毛を手で払うと、ニヤリと笑った。
「わざわざ外じゃなくて室内……、それも決して日が当たらぬ地下を選ぶとは。例え昼間であろうと、この場所ならば夜と同じよ。よほど我を打ち負かす自信があるようじゃな?」
「まあ、外でやって負かした時に言い訳されても困るからな」
「……言うではないか」
俺の言葉にクロエが目を細めた。
「もう一度ルールを確認するぞ。武器は無しじゃ。スキルの使用も無し。先に、腹へと一撃を当てれば勝ちのルールじゃ」
「ああ、分かった。【夜目】のスキルだけは使っててもいいよな?」
と俺はクロエに問いかけた。
今は【夜目】の効果ではっきりとクロエの姿が見えているが、これが無くなれば暗闇の地下街では一寸先も見えなくなるだろう。
「そうじゃの。【夜目】の使用だけは許可しよう。ただし、お主が普段から使っておる目の強化スキルは無しじゃ」
「分かった」
頷き、俺は【視覚強化】のスキルを解除した。
「あと、【星辰の英雄】――ステータス向上のスキルは解除できそうにないから、これは使ったままでいくぞ?」
どうやら、俺の種族スキルは解除できる類のものではないらしい。
そのことを問いかけると、クロエは頷いて許してくれる。
「それは仕方ないじゃろ。……それに、そのステータス向上スキルを解除した状態で、我に負けたお主が後から難癖付けてきても困るしの」
「……言うじゃねぇか」
クロエの言葉に、俺は頬をピクリと動かせながら笑った。
「お主もの」
とクロエもニヤリとした笑みを返してくる。
「そろそろ始めるとするとしよう。合図はどうするのじゃ?」
「ミコトに任せる」
「えぇっ、私ですか!?」
まさか、自分が合図を出すことになるとは思っていなかったのだろう。
傍観者の立ち位置で俺たちを見守っていたミコトは、驚いたように声を出した。
「当たり前だろ。俺とクロエが出したら公平性に欠けるだろ」
「えぇ……? ……分かりましたよ」
ミコトはため息を吐き出すと、
「興味本位でどっちが強いのかなんて、言うんじゃなかった」
と小さな声で呟き、もう一度息を吐いた。
「えー、では。こほんっ! お二人とも、準備はいいですか?」
気を取り直したように、ミコトは言った。
その言葉に、俺とクロエは腰を落とす。
「ふー……」
俺は息を吐いて、集中力を高める。
クロエのステータスが高いのは分かり切っている。
これから行うのは【視覚強化】もない純粋な戦いだ。
思えば、【視覚強化】を切るのはいつぶりだろうか。
ほんの数日前に手に入れたスキルなはずなのに、今ではもうすっかり俺の一部となっていた。
ここから発揮できるのは、純粋な俺の力のみ。
出し惜しみをしている余裕はない。
「では――。よーい、始めっ!」
ミコトがその言葉と共に、腕を振り下ろした時だ。
相対していたクロエが地面を蹴って、一瞬で俺の正面へと迫ってきた。
「フッ」
息を吐いて、クロエがボディーブローをまっすぐに俺の腹に目掛けて放ってくる。
「ッ!」
俺はそれを寸前のところで手のひらで受け止めると、カウンターを放つようにクロエの顔に目掛けて拳を振るった。
クロエはその拳をしゃがんで躱し、今度はその場で足払いを仕掛けてくる。
俺はその足払いを後ろへと跳んで躱すと、すぐさま地面を蹴ってクロエへと迫った。
「ッ、ぉらぁ!」
右手で裏拳を放つフリをして、その勢いのまま身体を捻る。
捻った体勢で足を突き出し、捻り蹴りをクロエの腹へと向けて放つ。
クロエは俺のフェイントを見切ると、捻り蹴りを躱して俺へと迫った。
「甘いの」
言って、クロエは腰に溜めていた掌底を俺の顎へと向けて放った。
「ぐっ――――」
まともに受けて、視界が揺れる。
俺はすぐに腹を抱えるように守って、追撃を受け止めると跳び退ってクロエから距離を取った。
「っ、お前、本気で殴ったろ!」
「当たり前じゃろ。本気でないと意味ない、わ!」
クロエはそう言うと、すぐに俺へと向けてダッシュで近づいてきた。
その勢いのまま、体勢を低くすると片手を腰に溜める。
掌打で打ち抜くつもりだ。
俺はすぐに体勢を整えると、腰を落として両手を軽く前に出す。
「ふー……」
息を吐いて、クロエの動きを目に入れる。
クロエは、地面を這うように体勢を低くしたまま俺の懐へと飛び込んでくると、真っすぐに掌打を俺の腹へと突き出してきた。
「っ!」
俺は、その腕を腹に当たる寸前のところで身体を捻って避けると、クロエの突き出した腕を掴み、思いっきり俺に向けて引き寄せた。
「っ、小癪、な!」
体勢を崩したクロエが、すぐさま掴まれた腕を離そうと藻掻く。
だがその動きよりも先に、俺はもうすでに次の行動へと移っていた。
「もう、遅ぇ!」
言いながら、俺はクロエの腕を掴んだまま身体を反転する。
右手でクロエの腕を押さえたまま、左手でクロエの肩口を掴むと、背負うようにクロエの身体を持ち上げる。
「――っ!?」
慌てたクロエが身体を捩るが、簡単に抜け出せる体勢ではない。
俺は、持ち上げたクロエの身体を容赦なくタイルの床へと叩きつけるように投げた。
「ぐっ、か、ァ」
叩きつけられた衝撃で、クロエが体内の空気を吐き出す。
俺はすぐさまクロエの腹に狙いをつけると、拳を握り振り下ろした。
「くっ!」
だがクロエは、すぐに身体を転がし俺の拳を避ける。
俺の拳はクロエを捉えられないまま、タイル床を粉砕すると破片を周囲にばら撒いた。
「くっそ!」
想像以上にすばしっこいその動きに、俺は悔しさを漏らす。
クロエは転がりながら俺から距離を取ると、すぐに立ち上がって拳を構えた。
「ふー、やはり強いの」
クロエはそう言って、ニヤリとした笑みを浮かべる。
その言葉に、俺も拳を構えながら言った。
「クロエ、お前……。新宿を出てからまた強くなってないか? レベル、どれだけ上がってるんだ?」
クロエは俺の言葉に小さく鼻を鳴らして答える。
「2しか上がっておらぬわ」
「2? それは嘘だろ。レベルが2上がっただけの動きじゃねぇよ」
「それは、お主にだけは言われたくない言葉じゃの」
そう言うと、両足に力を入れるかのようにクロエは僅かに腰を落とした。
「今度はお主から来い。受けて立つぞ?」
余裕のある表情でクロエは笑うと、こっちに来いとばかりに俺を手招きする。
「……ほう?」
ピクリと俺は頬を引きつらせながらクロエを見据えた。
この攻防で、お互いに実力は見極めている。
純粋なステータスで言えば確実に俺が上だ。
だが、クロエは普段から肉弾戦を行っているだけあって徒手での戦いに強い。
正面から向かっても、すぐに躱されてしまうだろう。
――だったら、やるべきことは一つだ。
フェイントを入れながら翻弄し、確実な一撃を入れるしかない。
一撃さえ入れてしまえば、この勝負は俺の勝ちだ。
「ッ!」
地面を蹴って、全力で駆けた。
俺の速度に驚いたのか、クロエが微かに目を見開く。
俺はクロエの正面に肉迫すると、拳をまっすぐにクロエの顔に向けて放った。
「――っ!」
咄嗟にクロエが顔を覆って防御姿勢を取る。
俺は拳がクロエの腕にぶつかる前にピタリと止めると、すぐさま横っ飛びに身体をずらして前蹴りをした。
俺の変則的な動きにクロエはついていけず、まともに蹴りを受けた。
前蹴りはクロエの太腿に命中して、クロエの身体がよろめく。
「終わりだ!」
その隙を逃すことなく、俺はクロエの懐へと飛び込む。
真っすぐに、その腹へと目掛けて俺はボディーブローを打ち込んだ。




