五日目・昼 反省とプライド
浦野さんたちが受けているストーリークエストの名前は、『緑の古王』という名前らしい。
ボスモンスターは枯れ木の巨大樹木であり、浦野さんはそのモンスターのことを〝エルダートレント〟と呼んでいた。
エルダートレントは、俺たちと出会ったあの森の奥地に潜んでいるようだ。
つまり、エルダートレントを倒すためにはデスグリズリーとの戦闘は避けられないということになる。
その他にも、トレントのような樹木モンスターや一角狼があの森には出現するとのことだった。
浦野さんは俺たちに、簡単にストーリークエストの説明を行うと、ギルドメンバーへ俺たちのことを説明してくると言って退席した。
俺たちは浦野さんが退席し、三人だけとなった空間で昼食がてら休憩をしながら、日付が変わるまで何をするのか話し合っていた。
「ひとまず、レベル上げは確定じゃろうな」
とクロエが血液入りのペットボトルを飲みながら言った。
「エルダートレントの強さが分からぬが、問題はデスグリズリーの方じゃろ。あ奴は確実に適正レベルが高い。となれば、ボスモンスターへ挑む前にあ奴を狩りつくす勢いでレベルを上げた方がいいじゃろうな」
「そうだな。今のうちに出来るだけレベルは上げたい。……けどな、アイツの相手をするなら俺は小太刀を持つぞ。跳弾だけでアイツに勝つなんて、不可能だ」
牽制にはなるだろうが、今の俺の技術ではデスグリズリー相手には使えない。
【空間識強化】によって、跳弾の命中率は少なからず上がっているが、跳弾する場所を狙うのにどうしても隙が出来る。
その隙が致命的なものとなるのは、あの戦闘で理解しているつもりだ。
「お主、割と余裕そうに見えたがの」
とクロエが言った。
俺はその言葉に顔を曇らせる。
「本当に余裕なら【雷走】を使わずに勝つ。アイツとの戦いで、結構スキルを発動していたからな」
「【雷走】、か。確かAGI上昇のスキルじゃったか? 相変わらずぶっ壊れたスキルばかり持っとるの」
とクロエが喉を鳴らす。
「まあ、それも全部俺じゃなくて『人間』が俺を操作して、条件を満たして獲得したスキルだけどな」
と俺は小さく息を吐く。
「それでも、今はお主の力じゃろ」
「まあな」
そう言って、昼食のサバの水煮缶へ口をつけた時だった。
俺たちの会話を聞いて、思いつめた顔をしていたミコトが口を開いた。
「あの、私……。もう少し戦闘が上手くなった方がいいと思うんです」
その言葉に、俺は首を傾げた。
「どういうことだ? ミコトは今でも、十分役に立っていると思うけど」
「そうじゃの。お主の援護のおかげで、我らは戦いやすいしの」
とクロエも俺の言葉に同意してきた。
だが、ミコトはその言葉にゆるやかに首を振ると口を開いた。
「違うんです。そうじゃないんです。新宿でモンスター・スタンピードの経験をして。そして、先程のデスグリズリーとの戦いを経験して、はっきりと分かりました。私は今まで、中後衛で前衛の援護ばかりしていましたが、実際に自分が戦うとなると戦闘があまりにも出来ない――いや、下手くそなんです」
ミコトはそう呟くと、視線を落として自分の手を見つめる。
「私はあの時、デスグリズリー一匹を相手にMPを25も使いました。MPは今の私にとって、戦闘に欠かせない大事なものです。それを、私はたった一匹に25も使ってしまった。今にして思えば、あの時の最適解は【遅延】を細かく刻みながら、槍で相手の足を狙って機動力を削ぐか……、もしくは右目だけじゃなくて両目を潰して相手の感覚を奪うことでした。そして、攻撃を避けて逃げながら……。私は、お二人の到着を待つべきでした」
ミコトは拳を握りしめると、俺たちの顔を見つめた。
「もちろん、お二人が必ずしも到着できない状況もあるでしょう。そんな状況なら、MPを消費してでもモンスターに勝たないといけませんが、到着できる状況ならば、私は時間を稼ぐだけでいい。相手の急所を突いて、潰して、筋を斬って突いて機動力を失くして。私は、出来るだけMPを使わずに戦えばいい」
そして、ミコトは真剣な表情となって言った。
「だから、お二人にお願いがあります。戦い方を教えて欲しいんです。必要最小限の動きで攻撃を見切る動きを、スキルを使わなくても少しでも時間を稼ぐ方法を。私に教えてください」
ミコトは、俺たちに向けて頭を下げた。
俺とクロエは顔を見合わせる。
クロエは俺に向けて、軽く顎をしゃくって見せた。
……どうやら、俺が何か言えとのことらしい。
俺はミコトへと目を向けると、考えながら口を開く。
「まあ、その……、なんだ。あまり気にしなくていいと思うぞ。ミコトは戦闘系ステータスに積極的にSPを割り振っていなかったわけだし。確かに、ミコトはMP管理を厳重にした方がいいと思うけど、そもそも中後衛で援護をしているミコトの元へモンスターを向かわせたのは前衛である俺の責任なわけだし」
「その管理をしっかり行うためにも、私は戦闘技術をもう少し高めたほうが良いと思うんです」
「いや、でもな……。俺だって我流なわけだし、人に教えられるような技術もないんだが」
「それでも、これまでの戦いから何かしらあるでしょう? なんでもいいんです!」
真剣に頼み込んでくるミコトに、俺はどうしたものかと頭を掻く。
すると、クロエが俺に小声で話しかけてくる。
「ユウマよ、ミコトはこんな頑固じゃったか?」
「元々頑固なんだ。思い込みも激しい。自分で決めたことは、テコでも意見を変えない時がある」
「なるほど、若さじゃの」
とクロエが納得したように頷いた。
……いや、お前も似たような年齢だろ。
「お願いします! 戦闘技術を私に教えてください!」
ミコトはそう言うと、再度頭を下げた。
クロエは、ミコトの姿に小さく息を吐くと口を開く。
「……ミコトよ。戦闘技術は人に教わるものじゃない。自ら身に付けていくものじゃ。お主があの場でMPを使いすぎたと反省をするのなら、次からはMPを使わない立ち回りをお主が見つけるしかない。お主に足りないのは戦闘の技術ではなく、戦闘への慣れじゃろ」
「戦闘への慣れ、ですか……」
ミコトはそう言うと、考え込むように俯いた。
それからしばらくして。ミコトは、答えが出たのか顔をあげると俺たちの顔を見渡して口を開く。
「ありがとうございます。戦闘に慣れるため、私がやるべきことが分かりました」
「答えは出たのか?」
と俺はミコトに聞く。
ミコトは頷いて笑った。
「はいっ! ストーリークエストを受けるまでの間、レベル上げがてら前に出たいと思います。大丈夫ですか?」
「別にそれは構わんじゃろ。なあ?」
クロエは俺へと問いかけてきた。
俺はクロエの言葉に頷く。
「そうだな。デスグリズリーはやめておいた方が良いと思うが、一角狼ぐらいならいい練習になるだろ。あいつら、動きはそれなりに素早いし。【遅延】を出来るだけ使わずに戦うことを目的にするなら、ちょうどいいと思うぞ。俺かクロエ、どっちかがサポートで付けばいいだろうし」
「うむ。それならば、万が一のことがあったとしても何とかなるじゃろ」
とクロエも同意してくる。
ミコトは俺たちの言葉に、申し訳なさそうな顔となる。
「すみません、私のために……。ありがとうございます。でも、強いお二人同時のサポートとなると申し訳ないので、ユウマさんかクロエさん、どちらかにお願いしたいと思います」
そう言うと、ミコトは何かに気が付いたように不思議そうな顔となった。
「そう言えば、今まで気にしたことなかったのですが……。ユウマさんとクロエさん、どちらが強いんですか?」
その言葉に俺とクロエは顔を見合わせると、同時に口を開いた。
「俺だろ」
「我じゃろ」
そして、俺たちはまた顔を見合わせる。
「おい、なんでだよ。リッチを倒したのは俺だろ」
「馬鹿なことを言うでない。あれは種族に操られていたからじゃろ。純粋な強さで言えば我が上じゃ」
「いや、俺だろ。ここに来るまでの間、熊型モンスターを倒してたのも俺だったじゃねぇか」
「それはお主が一人で突っ走っておったからじゃろ。そもそも、お主の強さはスキルに頼り切った強さじゃ。スキルを抜きにすれば我の方が強い」
「……ほう? 言うじゃねぇか」
「……お主こそ、強情な奴じゃの」
「あ、あの? 二人とも落ち着いてください?」
ミコトは困った顔で俺たちの間でわたわたと手を振っていた。
だが、一度火が点いた俺たちの競争心はそう簡単に消えやしない。
俺たちはどちらともなく立ち上がると、お互いの顔を見据えて言った。
「ちょうどいい。食後の運動がてら身体を動かそうぜ。クロエ、お前もいいだろ?」
「構わぬよ。我とて、ちょうど運動がしたかったところじゃ」
「え、あの!? け、喧嘩はダメですよ!?」
「喧嘩じゃない。言ってしまえば、お互いの強さを確かめるコミュニケーションだ」
と俺はミコトに言った。
「そうじゃの。古き良き少年漫画では拳で語り合って互いを知ったという。これも何かの縁じゃ。一度、優劣をつけとくとするかの」
そう言って、クロエはくくっと喉を鳴らす。
「ルールはどうする?」
「武器無し、スキル無し、先にお腹へ一撃を当てたら勝ちのルールでどうじゃ」
「構わない。勝った方がミコトの修行に付き合うってことで。負けたほうはソロでレベル上げな」
「ああ、それで構わぬ」
「ちょっと、本当に戦うんですか!? それで怪我したとしても、私は【回復】しませんよ!?」
「「別にいい。死ぬことはないだろうし」」
「どうしてそこだけ二人でハモるんですか! あー、もう……。変なこと言わなければよかった」
ミコトは、俺たちにツッコミを入れると重たいため息を吐き出す。
かくして。俺とクロエ、どちらが強いのかという互いのプライドを賭けた、戦いの火蓋が切られたのだった。




