五日目・昼 問いかけ
俺たちは東京駅へと戻る。
俺たちは、あの歪な円形の瓦礫を前にしてそれぞれ岩に腰かけると、浦野さんと再び顔を見合わせた。
浦野さんは口元に笑みを湛えながら俺たちを見ると、手を組んで瓦礫の上に置いた。
「まずは、ここに戻ってきて下さりありがとうございます。それで、どうでしたか? 私の話を信じて頂ける気にはなったでしょうか」
その言葉に、俺は一つ頷いて口を開いた。
「……確かに、言っていた通りだ。銀座から先は水に沈んでいた。海面が上昇している、という話はあながち間違いじゃないみたいだ」
浦野さんは俺の言葉にゆっくりと頷くと、俺の目を見据える。
「それで? 現状を確認された皆さんはどうしますか? 出来れば、私たちに協力をしてもらいたいところなのですが」
「その前に、確認したいことがいくつかある」
俺はそう言って、彼女たちへと視線を投げかける。
東京駅へと戻る途中、俺たちは道すがら話し合いをしていた。
銀座から先が沈んでいた以上、江東区が水の底だという浦野さんの言葉が真実味を帯びてきたからだ。
謎が多い現状を打破するために、クゼと呼ばれるベータテスターに会わなければならないのは俺たちにとって確定事項となっている。
だとすれば、俺たちは浦野さんの条件を飲んで、水の底に沈んだ街にいるはずのベータテスターの元へと案内してもらう必要があった。
しかし、その条件を飲む前にいくつか気になったことを質問してみようということになったのだ。
二人は、俺の視線に気が付くと小さく頷き返してきた。
どうやら、浦野さんとのやり取りを俺に任せるということらしい。
俺は二人の表情を確認してから、浦野さんへと目を向けて口を開く。
「浦野さんは、江東区が沈んでいることを確認したんだよな? どうやって確認したんだ? 銀座から先は本当に水の底だ。船でもなければ確認するのは不可能なはずだが」
「ああ、簡単なことですよ。泳ぎました」
笑いながら浦野さんは言った。
「泳いだ?」
と俺は眉根を寄せる。
「ええ、私がこの世界で目が覚めて、すぐの話です。私はひとまず自宅へと戻ろうと思って、ここ中央区から江戸川区へと向けて泳いだことがあったんです。江戸川区は江東区を挟んだ向かい側にありますから、江東区が沈んでいたことは、はっきりとこの目で見ましたよ」
「簡単に泳げるものなのか?」
浦野さんの言葉を聞いて、クロエが小声でミコトへと問いかけた。
ミコトは、クロエの言葉に小声で答える。
「いえ……。区域を横断するのですから、少なくとも十キロはあるはずです」
「……もしや、あ奴。実は馬鹿なのか?」
ひそひそと浦野さんへの評価を下すクロエのその言葉が聞こえたのか、浦野さんが苦い笑みを浮かべた。
「これでも私、趣味でトライアスロンをしていたんですよ。ですから、十キロぐらいなら割と泳げたりします」
浦野さんはそう言うと、話を戻すかのように一つ咳払いをする。
「話が逸れましたね。そんなわけで私が確認した限りですが、江東区も江戸川区も水の底でした。なので、江東区が水の底であることは確実です」
「じゃあ、浦野さんがベータテスターに出会ったのはいつなんだ」
「初日ですよ。どうやら、あの方は初日の内から精力的に活動をして、いろいろな方に声を掛けていたようですね」
そう言って、浦野さんはクロエに向けてちらりと視線を向けた。
どうやらこれまでの会話で、クロエがベータテスターと接触していたことがバレているらしい。
クロエは浦野さんの視線を受け止めると、視線を逸らした。
浦野さんは口元に笑みを浮かべると、俺へと視線を戻す。
「他に聞きたいことは?」
「……そうだな」
と俺は言って、浦野さんの目を見据える。
「水に沈んだ街にいるベータテスターの元へ、あなたが案内できる理由が知りたい」
「ああ、それは……。私のスキルですね」
「スキル、だと?」
「はい。ああ、詳細は言えませんよ? あなた達が、私たちを助けてくれれば教えます」
そう言って、浦野さんはニコリと笑った。
その言葉に、俺は二つ返事で了承をしようとするが、拳を固く握りしめて押しとどまる。
些細な言葉一つでも、反応をしてしまう。
種族という厄介なハンデを背負って、俺の現実はクソッたれと呼ぶにふさわしいものになった。
気を引き締めなければ、無意識下で反応してしまう。
「ふぅ……」
ゆっくりと息を吐いて、俺は平静を取り戻す。
それから、俺は浦野さんへと視線を向けると浦野さんと同じ様に瓦礫のテーブルの上に両手を組んで置いた。
「ここからが大事な質問なんだが」
「ええ、何でしょう」
浦野さんが、笑顔のまま小首を傾げた。
俺は、浦野さんの顔を注意深く見つめながら言う。
「浦野さん、あんたは良い人だ。見ず知らずの俺たちに、服も貸し与えて貴重なローブも貸してくれている。本当に、良い人だよ。だからこそ、疑問なんだ。……浦野さん、あんたは一体、何を企んでいる?」
「……企んでいる、ですか。人聞きが悪いですね。こんな世界なんです、助け合いをするのは当然でしょう?」
浦野さんは口元に小さな笑みを浮かべてそう言った。
俺はその言葉に小さく鼻を鳴らす。
「だったら、その警戒心を少しでも隠す努力をしたらどうだ。顔は笑っている癖に、あんたは目が笑ってないんだよ。出会ってからずっと、あんたは俺たちに気を許していない」
ピタリと、浦野さんの動きが止まった。
「……………」
そして、浦野さんはじっと俺の目を見つめる。
俺はその視線を真っ向から受け止めるように、視線をぶつけて言葉を続ける。
「あんたの言う助け合いはつまり、対等なやり取り。言ってしまえば等価交換だ。物々交換の仕組みや、情報と物の交換の仕組み、このギルドがお互いを助け合いながら支えているという言葉。あんたは服を貸すのでさえ、俺の濡れた服を対価として受け取った。そんなあんたが、得体の知れない俺たちに向かって『助けてくれ』なんて、初対面では絶対に口にしないはずだ」
俺は、そう言うと目を細める。
こんな時、他人の心を読むスキルでもあれば腹の探り合いなんて簡単なんだが……。
生憎と、そんな便利なスキルがこの世界にあるのかすら分からない。
心を読めないのであれば、少しでもこの人の表情の変化を読んでいくしかない。
「あんたは――いやあんた達は、自分たちでは解決できない何かに直面している。俺たちと出会ったとき、見回りに出ていたと言っていたが……。あれは嘘だろ? 何せ、この辺りのモンスターは、一人で戦うには苦戦するぐらい強いからな」
その言葉に、浦野さんの眉毛が僅かだがぴくりと動いた。
その動きは本当に些細なもので、俺も【視覚強化】がなければ見逃していただろう小さな動きだった。
二足歩行をする熊型のモンスター。アイツは、間違いなくこの辺りの雑魚モンスターでも強敵に値するモンスターだろう。
何せ、戦闘系のステータスへ積極的なSPの割り振りをしていないとは言え、レベルが18であるミコトが、【遅延】によってMPを25も使わないと倒せない相手だったのだ。
――俺とミコトは、パーティを組んでいる。
パーティによって経験値共有がされている俺たちは、【曙光】によって通常のプレイヤーよりも多くの経験値を獲得している。
おそらく、五日目にしてこのレベル帯にいるのは俺たちしかいないだろう。
にもかかわらず、あのモンスターを倒すのにミコトは苦労した。
ミコトと違って、積極的に戦闘系のステータスへと割り振っていればミコトほど苦労はしないだろうが……。
それでも、レベルのことを考えると五日目のプレイヤーの戦闘系ステータスは、SPを割り振っていたとしても今のミコトとそう変わりがないと思っている。
唯一例外があるとすれば、種族スキルの存在だ。
もし、強力なスキルを持っているのだとすれば、なおさら俺たちへ助けを求める必要がない。
『プレイヤーズギルド』という集団に、理由もなく部外者を招き入れる必要はないのだ。
「これは想像でしかないが。あんた達が抱えている問題は、戦闘要員の不足だろ? それも、この辺りのモンスターを軽々倒せるぐらいの強い戦闘要員が不足している。元々いないのか、それとも今は別のところに出掛けているのか、それは知らないが……。だが、今のあんた達はあの二足歩行をする熊型モンスターと戦うのでさえ、苦戦をしている」
浦野さんは、相変わらずにこやかな笑みを浮かべていた。
俺へと、動揺を悟らせないためだろう。
だが、俺の目はしっかりと、瓦礫の上で組んだ手に僅かな力が籠められるのを見逃さなかった。
(……図星だな)
と俺は判断する。
俺はさらに言葉を重ねた。
「あとはそうだな。おそらく、あんた達ギルドの中で誰かしら強いプレイヤーを招き入れることは確定していたんだろ? 何せ、ギルド内を歩いていても声を掛けられるのは浦野さんだけで、俺たちは興味深そうに見られることはあっても全員にスルーされていた。これだけの人数が集まっていれば、誰かしらは俺たちに興味を持ち、声を掛けるはずだ。だが、それが無かったってことは、あんた達の中で部外者を招くことは確定事項となってたってことだ」
そう言うと、俺はゆっくりと息を吐く。
「大方予想をするに。あんた達は自分たちの実力以上のストーリークエストを受けて、どうしようもない局面に立たされた。あんた達は話し合いをして、助っ人を呼ぶことにした。だが、その助っ人も弱ければ意味がない。だから、この周囲でもとりわけ強いあの熊型モンスターを簡単に倒せるプレイヤーが出てくるのを待った。浦野さん、あんたは見回りと言っていたが本当は、プレイヤーを探していたんだろ? そして俺たちを見つけて、接触してきたわけだ」
浦野さんは、俺の言葉を黙って聞いていた。
俺たちの間に、静かな緊張が流れる。
やがて、ゆっくりと。浦野さんは大きなため息を吐き出すと、口を開く。
「…………そうです。概ね、あなたの言った通りですよ」
言って、浦野さんは俺たちの顔を見渡した。
「あなた方が言った、熊型モンスター……。あれを、私たちはデスグリズリーと呼んでいます。あのモンスターは、当初この辺りに存在しないモンスターでした。ですが、アイツらは二日前に唐突にこの辺りへと現れた」
「現れた?」
眉根を顰めて、クロエが言葉を繰り返した。
その言葉に、浦野さんが頷きを返す。
「ええ。他の強力なモンスターによって、前に居た縄張りを追いやられたのか。それとも、新しい縄張りを求めてここにやってきたのか。それは分かりませんが、あのモンスターが元々、この地に居なかったのは事実です。やつら――デスグリズリーは、今やあの森を根城にしています」
浦野さんはそう口にすると、またもや大きなため息を吐き出した。
「あなたは先ほど、戦闘要員が居ないかどこかに出掛けていると言いましたね。戦闘要員は、どこにも出掛けていません。ここにいるギルドメンバーが全てです。このギルドで一番レベルが高いのは私で――レベル10の私が、ここの最高戦力なのです」
「レベル10、か」
その言葉に俺は眉根を寄せた。
レベル10のステータスでは、絶対にあの熊型モンスター……、浦野さんの言うところの、デスグリズリーは倒せないだろう。
【曙光】がある俺たちと比べれば、レベルの差があるのは当たり前だと思うが……。だが、それでもあまりにも低すぎるような気がする。
経験値増加のスキルが無くても、五日目ともなればストーリークエストをいくつか終わらせているはずだ。それなのに、まだ二桁のレベルに差し掛かった辺りなのは、いくらなんでも弱すぎないか?
そんなことを考えていると、クロエが俺の表情に気が付いたのだろう。
袖を引っ張り、俺に耳打ちをしてくる。
「ユウマよ、これが当たり前じゃ。新宿でも言ったじゃろ。四日目の時点でレベル10に達しているプレイヤーは少ないと。そもそも、お主は何か勘違いしておるようじゃが……。このゲームは圧倒的にレベルが上がりにくいんじゃぞ? 格上のモンスターを倒して、ようやくレベルが上がるか、上がらないかといったところじゃ。おまけに、レベリング行為をしようにも、適正レベルを超えておれば満足にレベルも上がらん。お主のように、ぶっ壊れた強さを持っておるプレイヤーの方が少ないことを忘れるな」
……なるほど。
つまり、浦野さんのレベル帯が普通なわけか。
そう考えると、やはり俺の【曙光】がいかにぶっ壊れなのかがよく分かる。
「私のステータスでは、デスグリズリーを倒すことは出来ません」
と浦野さんは重たい息とともに言葉を吐いた。
「ですが、それでもストーリークエストはやってきます。ストーリークエストの報酬が、この世界で生きる私たちにとって、重要なものであることは言うまでもないでしょう。ストーリークエストを終わらせなければ、私たちは報酬を獲得出来ない。ですが、ストーリークエストを終わらせようにもデスグリズリーの存在が厄介になる。デスグリズリーを倒せるほどレベルを上げればいい話なのですが、あのモンスターを楽に倒せるようになるレベルが、いったいどれほどなのか見当もつかないのです」
「だったら我らじゃなくて、あ奴に――クゼという奴に助けを求めればいいじゃろ。どうして我らに助けを求めるのじゃ」
とクロエが浦野さんへと向けて言った。
「クゼさんは、私たちを助けることはしませんよ」
浦野さんはクロエの言葉にゆっくりと首を横に振った。
「何? それはどういうことじゃ。お主らは、クゼという奴が作った集団なのじゃろ? あ奴がこの世界から抜け出すため、戦力拡大を目的にお主らのギルドを作ったと言っておったではないか」
「だからこそ、です。クゼさんに頼れば全て解決することでしょう。ですが、それだと私たちのレベルが上がらず、戦力そのものが拡大しない。それは、クゼさんがギルドを作った目的と反することになります」
「クゼさん、という方がある程度の攻撃をして、皆さんがトドメを刺せば皆さんのレベルも上がると思いますが……」
とミコトが浦野さんへ言った。
浦野さんは再び首を横に振る。
「それは出来ないでしょうね。クゼさんがあまりにも強すぎる。どんなに弱い攻撃でも、この辺りのモンスターを文字通り一撃で粉砕してしまうんです」
早い話が、クゼというプレイヤーが強すぎてパワーレベリングをしようにも一撃でトドメを刺してしまうということか。
ミコトは、浦野さんの言葉を聞いて言葉を続けた。
「パーティを組むことも出来ないんですか?」
「クゼさんとですか? 無理ですよ。あの人は、私たちを信用していませんから」
と浦野さんは苦笑した。
「信用していない? どういうことだ」
と俺は浦野さんへ問いかける。
「言ったでしょう? あの人は、この世界から抜け出すために、私たちを集めてギルドを作ったと。つまり私たちは、あの人がこの世界から抜け出すその目的のためだけに、集められたプレイヤーに過ぎないのです」
「それは……」
思わず、俺は口ごもった。
浦野さんが言っていること、それはつまり『プレイヤーズギルド』のプレイヤーは全て、クゼという奴がこの世界から抜け出す足掛かり、いや踏み台として集められた集団だと言っているようなものだった。
浦野さんは、俺の顔を見ると小さく笑って言葉を続ける。
「クゼさんは自分がこの世界から抜け出すための戦力拡大を目的に、あくまでもこの集団を作っただけにすぎません。ですが、目的は何であれ私たちはこうして集まることが出来た。それだけで十分なのです。こうして一人ひとりが集まれば、出来ることも広がり大きくなる。生き残る確率は大幅に上がる。一人の時よりも、確実にこの世界で長く戦うことが出来る」
「……じゃが、今は戦力が乏しい。かといって、クゼというベータテスターは手を貸してくれない。ストーリークエストの報酬を得るためにも、ストーリークエストは終わらせたい。だから今は我らに手を貸してくれ、と。……つまりはそう言うことか」
これまでの話を纏めて、クロエが大きなため息を吐いた。
そして、口元を吊り上げると浦野さんへと目を向ける。
「手を貸してくれ、と言っておるが実際は我らがストーリークエストの主戦力ということじゃろ? 我らのメリットは、ベータテスターと会えることだけか? 命懸けで戦うこの世界で、些かお主らに都合のいい条件じゃと思わぬか?」
クロエのその言葉は、予定にはない言葉だった。
銀座から先が水の底に沈んでいる時点で、俺たちの中でストーリークエストを手伝うのは確定している。
どうやら、クロエは浦野さんから何かしらを得ようと企んでいるらしい。
浦野さんは、クロエのその言葉に考え込むとゆっくりと口を開いた。
「ええ、そうですね。ですから、もしあなた方が私たちを助けてくれるのであれば、とあるスキルの取得条件を教えましょう」
「スキルの取得条件? どうせ使えぬスキルじゃろ」
とクロエが鼻を鳴らす。
「そうでもありませんよ。この世界で生きるには、必要不可欠だと思います」
そう言って、浦野さんは口元に笑みを湛えた。
「【地図】スキル。この世界の地形、道、そのすべてがスマホ画面上で見えるようになるスキルです。何もかもが崩壊した世界で、効率よく生きるためには必要なスキルだと思いますよ?」
思わぬ追加報酬に、俺たちは目を合わせた。
詳細は分からないが、スマホ画面上で道なりが見えるようになれば素直にありがたい。
クロエはもちろんだが、俺もミコトも都内の地形はあまり分かっていないのだ。
これまで、道路標識を頼りにすれば何とかなってきたが……。道路標識で盾を作っていたプレイヤーが居たように、もはやその標識がこれから先必ずあるとは限らなくなってしまった。
それに……。【地図】スキルさえあれば、新宿の時のように無暗やたらと街を駆け回る必要もなくなるかもしれないのだ。
「そのスキルは……。欲しいですね」
とミコトが最初に声を上げた。
「我には絶対に必要なスキルじゃな……」
とクロエが唸り声を上げる。
俺は二人の表情を見渡して、浦野さんへと目を向ける。
「分かった。その条件なら、引き受けよう。ただし、俺たちがあんた達と同じストーリークエストを受けたらの話だ。日付が変わるまで待ってくれ」
俺の言葉に、浦野さんは安堵のような気が抜けたような息を大きく吐き出した。
「ええ、構いません。それまで、どうぞギルド内でおくつろぎください。ギルドメンバーには、私から説明しておきます」
そう言った浦野さんの表情には、ほんの少しの間に歳を重ねたような深い皺が刻まれていた。




