五日目・朝 東京駅
東京駅の中は、多くのプレイヤーが入り乱れていた。
頭に獣の耳を持つ者、背中に鳥の翼を生やした者、一見すると子供のように背の小さいプレイヤーや――もしかすれば、本当に子供なのかもしれない――、爬虫類のように全身が鱗で覆われたプレイヤーなど、様々な見た目のプレイヤーが居た。
あまりにも多種多様なその光景に、他のプレイヤーと接触したことがない俺とミコトは、呆然として言葉を失う。
だがその一方で、これまでに多くのプレイヤーと会っていたクロエは、慣れた様子でその光景を見つめると、
「……何人か見知った顔がおるの」
と呟いていた。
「こんなに、たくさんのプレイヤーが……。この世界では、四日目の時点で生き残っているプレイヤーは少ないと聞いていましたが、どうしてこんなに多くのプレイヤーがいるんですか?」
とミコトが駅構内を見渡しながら言った。
その言葉に、浦野さんは小さく頷きを返す。
「確かに。私たちのように相互で助け合いをしていないプレイヤーは……。言ってしまえば、酷く自己中心的なプレイヤーは、目覚めて数日も経たずに死んでいるでしょうね。ですが、私たちはこのような世界でも力を合わせて今日まで生きてきました。それも全て、クゼさんが作ったギルドがあったからこそです」
浦野さんはそう言うと、駅構内にたむろするプレイヤーを見つめる。
「ここには今、総数で言えば八十七人のプレイヤーが集まっています。年齢も、種族も、レベルやステータスだって一人一人が違う私たちですが、この世界で〝生きること〟を目的に、ここに集まっているのです」
「助け合いをして生きる? そんなの、偽善じゃろ。誰しも、自分が生きることで精一杯じゃ。誰かを慮る余裕など、この世界にはないと思うが」
クロエが浦野さんの言葉に鼻を鳴らす。
この世界に来てから裏切られてばかりだったクロエにとって、綺麗ごとの言葉は耳に障るようだ。
浦野さんは、クロエへと視線をちらりと向けると、口元に笑みを湛える。
「もちろん、誰しもが自分の身が一番だと思うのは仕方がないと思います。ですが、ほんの少しだけ他人を思いやる心を持つだけで、私たちはこうして身を寄せ合うことが出来る」
浦野さんはそう言うと、駅の構内にある一画を指さした。
そこには、プレイヤーが持ち込んだのであろう瓦礫と、樹木を切り出した丸太があって、小さな空間を作っている。その空間の中に、ちょこんと背中に透き通るような羽を持った小さな女の子が座っていて、通路へと続く軒先にいくつもの食料を並べていた。
「彼女は、この世界での種族が『妖精』です。彼女は、この世界では食料を必要としない種族だそうです。ですが、クエストの報酬は――おそらくもうお気づきだとは思いますが、完全にランダムです。そのプレイヤーにとって不必要な物も手に入ることもある。その食料は彼女にとって無用の産物ですが、食事を必要とするプレイヤーは多い。そんな方々に向けて、彼女は自分にとって必要のない食料を、物々交換の商品として出しているんですよ」
その言葉に俺は心の中で、
(……やっぱり、クエストの報酬はランダムだったのか)
と息を吐くと、浦野さんの最後の言葉が気になり首を傾げた。
「物々交換?」
浦野さんは頷きながら言葉を続ける。
「はい。自分にとって不必要なものを、本当に必要な人に渡るように。……かといって、無償で提供するのは助け合いとは言わない。だから、物々交換をするんです。彼女は食料を取引の材料として出して、食料が欲しいプレイヤーは、クエストの報酬や街で見つけてきた彼女にとって必要な何かを対価として渡す。このようにして、私たちは助け合いをしています」
……なるほど。つまり、ゲームで言うところのプレイヤー同士で行われる個人商店のようなものだ。
自分にとって不要なものを店先に並べて、それを必要としているプレイヤーが自分の持ち物と交渉をして交換をする。
お金というものが存在せず、入手できる資源や食料も限られるこの世界で、よく考えられたやり方だった。
そしてどうやら、ここ東京駅の一階はそういったプレイヤーの個人商店が立ち並ぶ場所らしい。
よくよく見渡してみれば、至る所で似たような個人商店が開かれていた。
ふと、店先に外から拾ってきたと思われる道路標識を並べている個人商店が目につく。見れば、その標識には小さな穴が開けられており、その穴にはどこから手に入れてきたものなのか、細いベルトのようなものが通されていた。どうやら、道路標識を利用して作ったお手製の盾のようだ。
その個人商店の店主は頭に猫耳を生やしたプレイヤーで、その店主に向けて蜥蜴のような見た目をしたプレイヤーが話しかけたところだった。
蜥蜴のプレイヤーと猫耳のプレイヤーは話し込むと、ふいに蜥蜴のプレイヤーは自分のスマホを猫耳のプレイヤーへと見せた。
猫耳のプレイヤーはスマホの画面を確認すると、自作の盾を蜥蜴のプレイヤーへと手渡す。
蜥蜴のプレイヤーはその盾を受け取ると、対価となる物品を猫耳のプレイヤーへ渡すことなくその場から去ってしまった。
「……浦野さん、今のは?」
と俺は今見た光景を浦野さんへと問いかける。
「ああ、今のは何かしらの情報を対価に取引したのでしょうね」
「情報を?」
「ええ。何も分からないこの世界では、情報は金にも勝ります。自分の種族のこと、ストーリークエストのこと、スキルのこと。とにかく何でもいい。みんな、何かしらの情報を欲しがっています。相手が知らないことを教えてあげることで、ここではその情報に見合った物を渡すことになっているのです」
「あの、その情報の真偽は分からないと思うんですけど。その情報が嘘かもしれないのに、対価として成り立つんですか?」
とミコトがその言葉に口を挟んだ。
浦野さんはミコトへと視線を向けて言った。
「もちろん、嘘の情報である可能性もあります。それを防ぐために、自らのステータスを見せるのですよ。ステータスには、隠せない本名が書いてある。ここで嘘の情報を流せば、その名前と見た目は一斉に広がります。広がってしまえば、もう私たちプレイヤーズギルドの中で、その嘘を吐いたプレイヤーと取引をする方はいなくなるでしょうね」
「つまりステータス画面を、情報を売る際の身分証としていると?」
俺の言葉に、浦野さんは頷いた。
「ええ、その通りです。もちろん、このやり方にはいくつもの抜け道が存在していることでしょう。甘いやり方だと思われる方もいるかもしれません。ですが、現状ではこれが一番信用のできるやり方なのです」
と、浦野さんはそう言ってから足を先へと進めた。
プレイヤー達の個人商店を抜けて、俺たちは浦野さんに先導されながら東京駅の地下へと進む。
進む途中、何人ものプレイヤーに浦野さんは挨拶をされて、そのたびに軽く世間話をしていた。
「すみません、何度も足を止めてしまって」
と何度目になるか分からない世間話の後、浦野さんは申し訳なさそうに言った。
「皆さんに、頼られているんですね」
とミコトが小さく笑って言った。
「これでも、一番の年配ですから。皆さんのまとめ役として、いろいろと相談事をされるのですよ」
そう言って浦野さんは笑う。
それから、浦野さんは度々挨拶をされながらも、俺たちを東京駅地下街へと案内すると、その奥にあるかつて商業施設だった一画へと足を踏み入れた。
その一画には、中央に歪な円形の大きな瓦礫が置いてあって、その周囲を取り囲むように椅子のような岩が置かれていた。
浦野さんは、俺たちをその岩に腰かけるよう身振りで示して、口を開く。
「さて、と。まずは、びしょ濡れのあなた」
岩に腰かけて、雨除けローブのフードを外していると浦野さんが俺を見ながら言った。
「服を着替えましょうか。そのままでは風邪をひいてしまう。着替えはありますか?」
「いや……。あるにはあるが、それも雨に濡れてしまってる」
俺は浦野さんの言葉に答えた。
背中のバックパックは、土砂降りの雨に打たれて中身までびしょ濡れだ。その中には、以前着ていたボロボロのシャツとズボンが入っているが、それも全て濡れてしまっている。
浦野さんは俺の言葉に少しだけ考える素振りを見せて、やがて口を開く。
「……もし、あなたさえ良ければ、私がこの世界に着てきた服を貸しましょうか? 一応、綺麗に洗ってあります」
「いいのか?」
容易に服さえも手に入らないこの世界だ。
この際、着替えることが出来れば他人のものでも何でもいい。
俺の言葉に、浦野さんは笑って頷いた。
「ええ。では、持ってきますね」
そう言うと、浦野さんは服を取りにどこかへと行ってしまった。
残された俺たちは、自然と顔を見合わせる。
「……して、ユウマよ。これからどうするのじゃ」
最初に口を開いたのは、やはりというべきかクロエだった。
「本当に、あ奴の言うストーリークエストを手伝うのか? 今のところ、我らのメリットは少ないと思うが」
「正直に言えば、悩んでる」
と俺はその言葉に答える。
「心のどこかでは、助けを求められたから何が何でも助けなければならない、という思いがある。……でも、これは間違いなく種族の影響なんだ。クロエの言う通り、メリットは少ない。ストーリークエストを受けていない現状で、手伝う意味はないのも分かる」
「それなら、申し出を断って江東区へ行くべきじゃろ」
「だが、江東区は水の底だぞ? 行ったところで、どうしようもないだろ」
「……でも、さっきの浦野さんの口ぶりから考えると、そのベータテスターは確実に江東区にいるんですよね?」
「ああ、それは間違いないと思う」
俺はミコトの言葉に頷いた。
「江東区、という単語を出しただけで、浦野さんは〝ゲームの先行プレイヤー〟、という言葉と〝クゼ〟という名前を出した。先行プレイヤーはベータ版のテストプレイヤーのことだろうし、コイツが江東区にいるのは間違いないだろう」
「水の底に沈んだ街に、ベータテスターがいる……ということですか」
ミコトが難しい顔となって唸り声を上げる。
「そうなってくると、闇雲に探して時間を掛けるよりも――遠回りにはなりますが、やはり浦野さんの要件を飲んで、クゼさんのところへ連れて行ってもらうほうが早そうですね」
「ああ、俺もそう思う」
俺は、クロエへと視線を向けた。
クロエは俺の視線に気が付くと、くしゃくしゃっと前髪をかき乱した。
それから、そのまま顔を覆うようにすると口を開く。
「……あー、もう分かったのじゃ。ここまで来たらお主らに付き合おう。ただし、条件がある。クエストを手伝うなら、無償は無しじゃ。しっかりと我らもクエストを受けること、一度我らの目で本当に江東区が水の底に沈んでいるのか確認をすること。……一応、あ奴の言葉が嘘である可能性もあるしの」
「分かった」
と俺は頷く。
クロエは俺の顔を見ると、小さく息を吐いた。
「……まあ、今回は新宿の時よりも多い人数でストーリークエストに挑めそうじゃしの。ゲームバランスが崩壊しておっても、数の暴力でなんとかなるじゃろ。まともなレイド戦が出来そうじゃな」
まともなレイド戦、というものを経験してないので分からないが、このクソゲーにまともという言葉は果たして存在しているのだろうか。
「服を着替えたら、江東区を見に行くかの」
「そうだな」
真偽を確かめるのは早いほうがいい。
数分後。岩に腰かけて待っていると、手に着替えを持った浦野さんが戻ってきた。
「お待たせしました」
そう言って、浦野さんが差し出してきたものを俺は見つめる。
――それは、スーツのズボンとワイシャツだった。




