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2-05 社畜聖女は人生に疲れたので、片思い中の堅物幼馴染み騎士と逃避行します!

「稀代の天才」と謳われた聖女アレイシア・リーズベルクは謂れなき罪を着せられ、国外へと追放された。


——が、それはブラックな労働環境に辟易した彼女が使命から解放される為に打った、一世一代の大芝居であった。

晴れて自由を手にしたアレイシアは、唯一彼女の真意に気付き彼女の名誉回復を試みる幼馴染みの王国騎士リヒトを巻き込んで、行く先々でトラブルに首を突っ込んでいく。

……あわよくばリヒトへの秘めた思いが実るといいなと、そんな淡い期待を込めながら。


解き放たれた天才聖女は、もう誰にも止められない!

「聖女、いや偽聖女アレイシア! 長年に渡り国を、民を欺いてきたその罪、許しがたい! よって今この場で私、第一王子ドヴェルク=フロウ=ティダリウスとの婚約を解消し、国外追放の刑に処する事とする!」


 集まった王侯貴族達の前で、正装に身を包んだドヴェルクが高らかにそう宣言する。それを私——今まさに断罪の憂き目に遭っている聖女、アレイシア・リーズベルクは冷めた目で見つめていた。


「……アレイシア、何だその目は。私の沙汰が不満か? ならば今一度、この勇気ある告発者であるレミリア・コンラッド嬢と共に、貴様の罪を白日(はくじつ)の元に晒そう。良いか、レミリア?」

「はい。ドヴェルク様の仰せのままに」


 私は何も言っていないというのに、ドヴェルクはそう言うと傍らに控える私の後輩である少女、レミリアを振り返る。私に向ける冷たいものとは全く違う慈愛と熱の籠った視線が、二人がどういう関係であるかよく表しているというものだ。


「稀代の天才。百年に一人の逸材。王国の数々の危機を救った救国の聖女。私はアレイシア様についてそう教えられ、それを信じて聖女候補となりました。しかし、その実態は噂とは大きく異なるものだったのです」


 そう言ったレミリアの顔が、悲痛に歪む。正直聖女より役者の方がよっぽど向いていると思うのだが、ここでわざわざ口を挟んでも、糾弾がますます激しくなるだけだ。


「アレイシア様が起こしたと言われる奇跡は、その全てが、他の聖女や聖女候補達の手によるものだったのです。それに声を上げようとしても、権力者達を誘惑し抱き込んだアレイシア様によって押さえ付けられ……」


 実際それをやったのはあなたなのだけどね。私を煙たがっている権力者達に取り入って、私が他の聖女達を利用していたと虚偽の証言をさせた。


「けれどこのままでは、この国の、何より婚約者であるドヴェルク様の為にはなりません。だから私は勇気を振り絞り、ドヴェルク様に事の次第を伝えたのでございます」

「レミリアの告発を受けた私は、すぐに事の詳細を独自に調べ上げた。そしてこの告発が、真実であるという確証を得たのだ」


 よく言うわ。レミリアの誘惑にコロッと引っかかって、言う事鵜呑みにしてただけじゃない。


「証言もいくつも得た、証拠もある。最早言い逃れなど出来んぞ、アレイシアよ」

「お待ち下さい!」


 根回しもとっくに済んでいるのだろう、周囲の視線も完全アウェーでもうこれは断罪成立待ったなしといった空気になったその時。それに抵抗する、大きな声が上がった。

 私じゃない。この声を上げたのは——。


「……リヒト」


 声のした方を振り返り、その名を呼ぶ。そこにはまだ若い、鎧を身に纏った黒髪の青年が立っていた。

 リヒト・シェーンロッド。私が聖女になったばかりの頃から世話を焼いてくれた、幼馴染みの王国騎士だ。


「アレイシア様が偽聖女など、何かの間違いです! 彼女の奇跡の数々を、私は確かにこの目で見てきました!」

「……ならば貴様はこの私とレミリアが、偽りを述べていると?」

「そうではありません! もう一度よく調べ直して下さい、そうすればきっと真実が……」

「くどい!」


 必死に弁明を続けるリヒトを、ドヴェルクが強引に制する。そして憎々しげに、リヒトを睨み付けた。


「話は聞いているぞ、リヒト・シェーンロッド。貴様、以前からアレイシアと懇意にしていたそうだな? だからこそ、その悪女を庇い立てするのだろう」

「違います! そんな事は……!」

「たかが騎士風情がこれ以上俺とレミィに逆らうと言うのなら、この場で貴様の首を刎ねてくれようぞ!」

「……もう良いでしょう、陛下」


 どんどんヒートアップしていくドヴェルクに小さく溜息を一つ吐いて。私は静かに、そう切り出した。


「貴方が断罪したいのは、この私。ならばこれ以上の、余計な議論は不要かと」

「諸悪の根源がよくも言う。申し開きはあるか? 私は寛大だからな、貴様が全ての罪を認めた上で大人しく赦しを乞うのであれば、終身刑程度に留めてやっても良いのだぞ」

「今更私が何を言おうが、貴方がそれを聞き入れる事はないでしょう。……大人しく国外追放の処分を受け入れます。これで良いのでしょう?」

「アレイシア様!」

「どこまでも不遜な女だ。だが大人しく沙汰を受け入れようとする、その姿勢だけは褒めてやる」

「なりません、アレイシア様! 貴女がいなくなれば、この国は……!」


 今まさに下されようとする断罪に、リヒト一人だけが意を唱え続ける。そんなリヒトを振り返り、私は、小さな微笑みを浮かべた。


「——いいのです、これで」

「……っ」

「最低限の準備をする時間くらいはくれてやる。準備が済み次第、貴様を国境の外へと送る」

「……かしこまりました」

「お待ち下さい! アレイシア様っ……!」


 リヒトのその悲痛な叫びを背に。私は兵達に連れられ、大広間を後にした。



「さあ、この門を潜れ」


 最低限の旅立ちの支度を済ませた私は馬車に乗せられ、国境の門まで連れて来られた。そして逃げられないよう背後を固められた上で、門の外に出るよう促された。

 兵達からの冷たい視線を一身に受けながら、門の外へと一歩を踏み出す。そのまま二歩、散歩と、振り返る事なく前へ。

 そこへ。


「アレイシア様! 良かった、間に合った……!」

「……リヒト?」


 声を聞き、振り返る。そこには、旅支度に身を包んだリヒトが立っていた。


「何でここに……」

「貴女を止められないのなら、せめてお供を致します。貴女を一人で行かせる事など出来ません」

「……」


 見上げた紫の瞳と、視線がぶつかり合う。どうやら折れる気はなさそうなその様子に、私は小さく溜息を吐いた。


「……責任は、自分で取って下さいね」

「はい。そうします」


 その言葉と共に、再び歩き出す。今度は、半歩後ろにリヒトを伴って。

 後ろから、門の閉じる重い音がした。それを遠くに聞きながら二人で歩き続ける事、しばし。


「……もう猫被らなくていいわよ、リヒト。多分もう、誰も聞いてないから」


 辺りに人影がないのを確認して、リヒトの方を振り返る。すると無表情だったリヒトの顔が、みるみる怒りの形相に変わっていった。


「……本当にやってくれたな、このバカ聖女」

「あら、何の事かしら」

「とぼけんな。この騒動、全部お前の()()()だって事は分かってんだよ」

「やっぱり?」

「何年お前に付き合ってきたと思ってんだ、舐めるな」


 先程までの忠実な騎士ぶりはどこへやら、苦々しい顔で私を睨み付けるリヒトに。私は、とびっきりの笑顔を返した。



 稀代の天才。百年に一人の逸材。王国の数々の危機を救った救国の聖女。私、アレイシア・リーズベルクを表す言葉は山程あった。それだけの働きを、王国の為にしてきたつもりだ。

 けれどいつしか、人々はそれに慣れた。何かあれば私を頼るのが、当たり前になった。

 そうして気が付けば、私は、ろくに休息も与えられないワンオペ状態で日々の職務をこなす羽目になっていた。

 感謝も労りもない。同僚や後輩達からは妬まれ遠巻きにされ、ようやく寝れたと思えば急なトラブルに叩き起こされ、それを謝られる事もない。


 聖女、辞めたい。それが私の思考の全てになった。


 とは言え、思ったところでそう簡単に辞められるはずもない。試しにリヒトにだけは相談してみたけど、強い難色を示された。

 そこで私は考えた。だったら、王国の方から私を追い出すように仕向ければいい。

 私が聖女として使える奇跡はいくつかあるが、その中でも特に特別で、それ故に限られた人間にしか教えていない奇跡がある。それは他人の過去を覗き見る、『過去視』の奇跡。

 それを最大限に利用し、私は私を追い落としたいと思っている人間を洗い出した。そして激務の合間を縫って手を尽くし、彼ら彼女らの企みが成功するよう裏で働きかけて……。

 そして! 今日! 遂にこうしてお役御免となり、晴れて自由を勝ち取ったのである! 後の事なんてもう知らない!



「いいかアレイシア。俺は辞めるなと言ったんじゃない、今はまだその時じゃないと言ったんだ。もう少し他の聖女だけでも職務に対応出来るようになってからでないと、国が破綻すると」

「それを待ってる間に過労死するって思ったから、強硬手段に出たんじゃない」

「それにしたってあんな……もっと他に方法があっただろ!」

「私は確実に聖女を辞めたかったの! その為なら悪女扱いぐらい何て事ないわ!」


 リヒトの止まらないお小言に、真っ向から反論してみせる。どんなに無責任と言われたって、私は自分のした事を後悔したりしない。

 みんなの為ならどれだけ自分を犠牲にしてもいい、なんて。私は、そこまで聖女になれない!


「大体、なら何でリヒトはついてきたの? 王国騎士の地位まで捨てて」

「お前をこのままほっとけないだろうが。それにお前を国に連れ戻すのを、俺はまだ諦めた訳じゃないからな」

「げ、ここまでしたのにまだ諦めてないの!?」

「王国にはまだ、お前の力が必要だ。お前の働きをずっと側で見てきた俺には、それが分かる」


 大真面目な顔で、私にそう告げるリヒト。私はそれを、強く睨み返してみるけれど。


(……辛い……ニヤけたいの我慢するの、辛いっ……!)


 リヒトと誰の目も気にせず、堂々と会話が出来る。それが、こんなにも胸躍るだなんて。

 そう、私は。


 ——この国ファーストの堅物男に、恋をしているのだ。

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