2-25 スキル「強奪」と「魅了」は誰にも渡しません!
大量召喚により大世界に転移することとなった沢井あずさことシェイラ。
彼女は真っ先に「強奪」と「魅了」スキルを取得する。
その目的は? 栄華か? 逆ハーレムか? それとも?
海洋国家ウィルバンの首都近くの町、ミドラの目抜き通りから1本路地を入った裏通りにある雑貨屋で忙しく立ち働く女性店員を、店裏から店主の妻が呼んだ。
「シェイラちゃーん、ちょっといいー?」
「あ、はーい!」
と返事をした女性は、ちらとカウンターに座る店主に目をやり、彼が小さく頷くのを確認して作業の手を止めた。
「今行きまーす!」
小走りで向かった先で、木箱を開けていた店主の妻がこっちこっちと手招きする。
「今日の荷でさ、シェイラちゃんが前に言っていたのが届いたんだけど、本当にこれでいいのかい?」
「あ! 嬉しい! 届いたんですね! ありがとうございます、カーラさん!」
ぱあっと破顔して木箱を覗き込むシェイラを見て微笑むカーラ。
「とりあえず、今日届いた分はシェイラちゃんに任せるよ」
「お任せ下さい!」
びしっと敬礼をしてみせたシェイラに、カーラは変な格好して、とカラカラ笑った。
時を遡る事、約1ヵ月。
シェイラ、もとい沢井あずさは白い空間に立っていた。気がついたらここにいた、としか
言いようがない。我に返って周囲を見渡せば、あずさ同様きょろきょろしている男女が大勢立っていた。
年齢的には多少の開きがあるようだが、下は中学生から上はあずさくらいの20代後半という若者ばかりだ。
と、突然「異世界召喚キター!」と叫ばれて文字通り飛び上がってしまう。見やれば高校生くらいのグループがやたら興奮している。他の面々から注目されているのも気がついていないのか、5、6人の男女が口々に転生だの転移だの、スキルがどうとか勇者やら聖女やらと大声で騒いでいた。
呆然とその騒ぎを眺めていたあずさだったが、不意にとある可能性に思い当たって焦る。
あずさだってゲームや小説なんかをプレイしたり読んだりはする。さっきの高校生達の言葉が当たっているとすれば、この後は神様とやらが出てきて何らかの話があるはずだ。鉄板展開まで踏襲するならば、スキル選択を迫られるだろう。それならば、その選択を誤るわけにはいかない。
〝やばい、やばい。それがあるか確証はないけど、あるなら絶対に取らなきゃ詰む!〟
そんなあずさの焦りを知ってか知らずか、その鉄板展開が始まるのであった。
「―― では欲しいスキルを3つ、選ぶがよい」
この集団召喚で呼ばれたのは28人、電車事故だったらしい。絶対的に魂のリソースが足りない世界の神が、あずさ達の地球の神に頼んで「おすそ分け」してもらったのだという。ある意味反則な処置のため、強制召喚状態の彼女達が異世界に転移しても生きていけるよう、ギフトとしてスキルを与えてくれるという流れで、先の高校生達はもとより、説明を理解できた面々から歓声が上がる。
しかしあずさは、焦燥に両手を固く握り締めた。
〝念じるだけで取れるならラッキー、そうでないなら …〟
どきどきと神の姿を注視し、中空にスキル一覧が表示されるや、あずさは強く念じた。
〝強奪と魅了!〟
途端、脳内にシャランという鈴のような音が鳴り響き、同時に上からの重圧にへたり込む。
〝と、取れた …!〟
知らず上がっていた息を整えながら、あずさは他の人達の様子を窺った。
表示されたとほぼ同時にスキルを取ったのはあずさくらいのものだったが、一覧表を指しては口々に希望や失望の声を上げながら順調に取得していっているようで、一覧から次々にスキル名が消えていき、あずさ同様膝を付く者もちらほら見え始めた。
あずさがゆっくり立ち上がる頃には、今度はその場から1人、また1人と消えていく。
〝なるほど〟
スキルを3つ取った者から異世界とやらに送られていくのだろう。で、あれば、自分が早々に3つ目を取らなければ、先に旅立った者達はたとえあちらで再会したとしてもあずさのスキルを残り物の、たいした事のないモノと勘違いしてくれるかもしれない。
そうはいっても、あずさとてあの目立つ高校生達くらいしか憶えてはいないが。
しかし、自分が憶えていないからといって、相手が憶えていないという保障にはならない。
それならば、やはり取得スキルに迷っているうちに結局良いスキルがもらえなかった鈍くさい奴のフリをしていた方がいいだろう。
あずさは、迷っている体を装うべく、スキル一覧を見上げた。
残る人数が少なくなるにつれ、互いにちらちらと視線をやり、減っていくスキルのどれを取るか、無言の攻防じみた時間が流れ始めた。早い者勝ちでそれぞれに欲しいスキルを最低限確保した上で、どのスキルを選べば最も得をするかと迷っているのだろう。
〝これからの人生がかかっているのだから当然よね〟
だからこそ、あずさはあのスキルを誰にも渡す事はできなかった。
そうしてようやく誰もいなくなった空間で、あずさは張り詰めていた息を大きく吐いた。
「さて、じゃあ私も最後のスキルを選ぶか」
ざっと残りを見渡し、自分に使えそうなものが残っているか探そうとした時だった。
「―― 何をしている?」
おそらく上空から、一喜一憂する人達をずっと見ていたのであろう神が、沈黙を破って語りかけてきた。驚いたあずさが見上げた先で、音もなく降りてきた神は、再度問うた。
「何故、強奪と魅了の他に強いスキルをすぐに取らなかった?」
あずさは、危険なスキルを2つも取った自分を責めに来たのかと思ったが、続けての問いにそれはないと知ってバツ悪げに告白した。
「あー、怖かったから、ですね」
「怖い、とは?」
言外に、それをお前が言うか、と訊かれた気がして、あずさはため息をついた。
「あんなスキルを用意していたくらいだから、ある程度は地球のエンタメをご存知なんでしょうが …」
あずさは、いわゆるデスゲームや乙女ゲームのような展開に巻き込まれるのはゴメンだ、と語った。
「だからさっきの人達がどんなスキルを持ってどんな転移をしたか判らない以上、いつ自分のスキルが『強奪』されるのか、いつ『魅了』でおかしくなった人のとばっちりを食うか、そんな風にビクビクしながら暮らしたくなかったんです」
あずさの回答に納得したのか軽く頷いた神は、次の質問を口にした。
「ではさっさと3つ目を取得せずに最後まで残ったのは何故だ?」
「3つも強いスキルを独占するのは流石に気が引けたのと、別に最強ヒャッハーしたいわけでもないので …。あとは雑魚と認識して欲しかったから、ですね」
―― ……。
いくばくかの沈黙の後、神が吹き出した。
「ははははは! なるほど、賢いな! 気に入った!」
天を仰ぐように大笑いした神は、くつくつとなおも笑いながらあずさを見下ろしたかと思うと、「持って行け」と軽く手を振った。
「え?」
と、訝しんだ瞬間、ごすっと音でもしそうな勢いで頭を押さえつけられるような感覚があずさを襲う。
さっきの経験からして、スキルが振ってきたのだと判るが、比でない程の重圧でしゃがんですらいられず倒れ伏す。
〝ちょっと、おかしい …!〟
薄れていく意識の中で、不意に床が抜けるような感覚と共に「達者でな~」とのお言葉を賜った瞬間、悟った。
「残り全部押し付けたなーッ!」
〝―― まあ、確かにそのおかげで何とかやってきたんだけどさ …〟
預かった木箱の中身を漁りつつ、あずさ、いやシェイラはため息をついた。
転移特典として、転移者全員に外見をある程度変える事と言語能力が与えられたが、それ以前にあずさという名前はどうも発音しづらいようだ。ここでは目立ってしまう日本人的外見もせっかく変えてもらったし、名前で同郷人に見つけられるのも厄介だと考えたあずさは、本名ではなくスマホゲームで使っていたキャラの名前を名乗る事にした。
落とされたこの町では運良く雑貨店の職も得られた事だし、このまま市井に埋もれて平穏に過ごせれば文句はない。
噂によれば、同郷の中でも案の定というか、おそらくあの高校生グループだろうな、という冒険者がいろいろと派手にやっているらしい。他にも、他の国や町で話題になっている辺り、そのうち痛い目に遭いそうで他人事ながら恐ろしい。まあ、こっちに影響がなければそれでいいと思っている。
「それよりも、っと」
店主にお願いして任せてもらったコレ(・・)をどうにか形にするのが目下の難題だ。
元々の知識プラスもらったスキルでどこまでできるか。
シェイラは、結果を想像してにんまりと微笑んだ。





