2-24 僧侶トリストルさんの文通記録
勇者パーティーの僧侶、トリストルは結構な筆まめさんだ。旅の状況を定期的に報告してくれるから、王様たちとしても大助かりである。他にも修道院にいる妹や、冒険者ギルドの主さん、育った孤児院にも手紙を書いているらしい。さてさて、どんな手紙を書いているのだろう? いったいどんな冒険が報告されているのかな?
▼親愛なる防衛大臣様へ
草木が萌ゆる季節となりました。偉大なるハインリヒ卿におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
わたくしは今、港町マリノスの宿からこの手紙を認めております。わたくし、海というものを生まれてはじめて見ました。最初は大きな水たまりを想像していましたが、そんな勘違いが馬鹿らしくなるほど広いのです。感動のあまり、到着したその日はずうっと海を眺めていました。
世界にこのような場所があるなんて、修道院暮らしでは一生知ることはなかったと思います。この旅にわたくしを推挙してくださった卿には感謝してもしきれません。
我々の旅は順調でございます。
先日、盗賊団『ファイアーチャリオット』を壊滅させました。この辺り一帯を騒がせていたお尋ね者であることは、卿には説明不要でしょう。どのくらい下衆な連中であったかも。
勇者様の考えた作戦は完璧でした。わたくしとニーナ――ええ、前回の手紙でお伝えした、流浪の武道家でございます――を囮として、連中を誘い出したのです。
所詮は色欲に染まった無法者ども、すぐに引っかかってくれました。はしたない言葉を吐きかけながら、わたくしたちを手籠めにしようとしたのです。そんな隙だらけを、勇者様が見逃すはずがありません。そもそもニーナが許しません。彼女の蹴りが連中の――その、男性自身――を潰したとき、わたくし思わず笑ってしまいました。
心細くはなかったのか? いいえ、ちっとも。
わたくしは皆さんを信頼しています。この程度のことで挫けていて、どうして勇者一行を名乗れましょうか。
我らが主はいつでもわたくしたちを見ております。たとえ一時悪の華が栄えようとも、最後は必ず裁きが下るのです。
ですから、心配ご無用。わたくしたちは必ず魔王を倒してみせます。
それからご報告差し上げます。
仲間が一名増えました。ジャークという少年で、件の盗賊団の離反者です。
彼が正義に目覚め、連中と手を切ったからこそ、我々は隙を突くことが出来ました。ジャークはとても賢く、すばしっこく、手先が器用です。まさしく我々に足りなかった人材です。
彼は勇者様に忠誠を誓っています。わたくしとしても、彼をこのまま罪人として裁くことには抵抗があります。勇者一行に加え、善行を積ませることで、今までの罪へのあがないになるのではないかと考えております。
どうか、彼をお認め頂けないでしょうか。
温かくなってきました。季節の変わり目は体調を崩しやすいと聞きます。どうぞご自愛ください。
/花萌月の三日 勇者一行の僧侶 トリストルより
▼寂しがりの我が妹へ
メアリへ。
トリストルお姉ちゃんです。元気してる?
お姉ちゃんは元気も元気、元気いっぱいです。毎日モンスターや悪い大人たちをいっぱいやっつけています。ついこの間は『ファイヤーチャリオット』っていう盗賊団をぶっ潰しました。凄いでしょう。
わたしが旅立ってもう随分経つけど、修道院の調子はどう? 新しく入ったっていうセドナちゃんは、もうみんなに馴染んだかしら?
まあ、前の手紙を読んだ感じ、とてもむつかしい子のようだから……気長に構えていてね。諦めなければ、セドナもみんな優しい人だってきっと分かってくれるわ。
とはいえ、あんまり深追いしても駄目よ。わたしの勘だけど、その子には時々一人になる時間が必要だわ。たまにいるのよ、そういう子。姿が見えないときは、どうかそっとしておいてあげて。
その代わり、わたしがあなたにしてあげたように、『何か困ってることはある?』と時々聞いてあげなさい。『わたしはあなたの話を聞きます』という姿勢が伝われば、心を開いてくれるはずよ。
わたしは今、マリノスという街にいます。
海って分かる? 神父様が言っていたあの海よ。すごく広くて青いの。海の向こうには山も、街も見えなくて、世界の端っこに来たみたい。
それから風が不思議なにおいをしているの。潮風って言うんですって。すぐ慣れたけど、びっくりしちゃった。
……ううん、駄目ね。手紙じゃとても伝わらないわ。
世界が平和になったら、ここにメアリたちを連れてきたいわ。
だからお姉ちゃん、頑張って世界を平和にするからね。メアリたちも頑張ってね。
愛してる。
追伸。
また冒険者ギルドのワーグナーさんが近いうちに来ると思います。わたしが稼いだお金ですので、上手に使ってください。心配はしていないけど、無駄遣いは駄目ですよ!
/花萌月の三日 あなたの頼れるお姉ちゃんより
▼恐ろしくも頼もしい冒険者ギルドの主様へ
前略。
『ファイヤーチャリオット』については前回ご指摘いただいた通りに対処しました。
このクソリーダーめ。わたしらに囮になれとか、ほんとどうかと思います。万が一があったらどうする気だったんですか。あの自称勇者が己の欲に負ける可能性は考慮しなかったんですか。まあどのみちニーナが蹴り飛ばしていたと思うけど、本気で怖かったんですからね? 乙女の純潔を何だと思っていらっしゃるの?
まあいいです。文句は山ほどありますが、まあいいです。今度直接伝えます。首を洗って待っていろ。
本題。
ジャークの冒険者登録と、鍵師ライセンスの発行をお願いします。
生意気なガキですが、腕は確かです。盗賊を連れていくのは仮にも聖職者として非常にどうかと思いますが、綺麗事ではやっていけないのもわかっています。
これから侵入やスリの言い訳を考えないといけないんですね! わたしが! このわたしが! 頭痛い。
それから、いつも通り討伐した魔物の明細を別紙にまとめておきました。精算をお願いします。約束通り、二割は修道院へ寄付をお願いします。
それにしても、この街はわたしにはちょっとしんどいです。潮風っていうんですか? 正直臭い。鼻が曲がりそう。魚も正直、あんまり好きじゃないです。
いつかいい旦那様を見つけたとしても、海沿いで暮らすのは嫌だなあと思う今日この頃。
……次は海沿いの洞窟に行け、とか勘弁して欲しいって言ってるんですよ。そこに何があるって言うんですか。相変わらず見透かしたようなことを書いてくる人ですね。嫌らしい。
それではまた次回。滞りなければ、二十日後に。
/花萌月の三日 勇者パーティーの頭脳役の僧侶より
▼我が故郷の孤児院御中
同志諸君。
この手紙は、諸君が開封してから五分後に焼却される。注意されたし。
偽りの勇者一行は港町マリノスに滞在している。
マリノス西方に位置する洞窟が、連中の次の目的地である。ドラゴンオーブが封じられているとの噂あり。調査員を派遣されたし。
なお、この行き先は冒険者ギルドのワーグナーの指示によるものである。引き続き要警戒のこと。
また、修道院に潜伏している同志セドナが収集した情報の提供を求む。
宛先はいつものように、勇者一行のトリストルを指定すること。封を開けられても構わないよう、偽装と破却の魔術をかけること。
連中に新規に加入した盗賊ジャークの観察眼が不明瞭なため、偽装は厳密に行うこと。
全ては我らが神ドゥガルディーのために。
偽りの勇者にも、魔王気取りにも、この世界は渡さぬ。
/花萌月の三日 指令書
▼次の日に続く……





