2-23 聖女の行進(聖女だって、たまにはハメを外したい)
新宿二丁目や六本木、銀座の夜の界隈でサウザンドマスター、千の秘技を持つと言われた、伝説の性女、山田華子。その女性がある日突然失踪する。
夜の街では、彼女は異世界転生して聖女になってる、と嘘か誠か、そんな噂が一人歩きしていた。
『あっはーん、そこはダメですわ。もう我慢できなくなっちゃう』
それは薄い本と呼ばれる禁断の書籍──
そんな本ばかりを売っている、歓楽街の裏通りにひっそりと佇む雑貨店。そこで待ち合わせをする羽目になった聖女アイリス。
ワタクシだって産まれた時から聖女だった訳ではありませんから。ちょっとだけ昔のまだ無垢の幼女の時代には、幼馴染のジャックと子供同士なら誰でも一度は経験があるでしょう、お医者さんごっこなるモノをしたり、と。今思えば顔が真っ赤になるような黒歴史もございます。
でも、さすがにこんな風に目のやり場に困ってしまうようなエッチな本を買う経験はございませんでした。
ですから、お店の前を通る酔っ払いのおじ様からの熱い視線をどのように受け止めれば良いのか、対処の方法が皆目わかりません。
それに、中に入って薄い本を買おうと、お店に近寄る若い男性は、聖女の姿をしたワタクシがお店の前に立っていますと、なぜか遠慮して入ってこられないようでございますし。
コレではワタクシ、お店の営業妨害をしているのではないでしょうか? と心配でございます──。
* * *
聖女ランキング1024位、石を投げれば当たる、どこにでもいる一介のモブ聖女であるアイリス。そんな彼女に、聖女ギルド会長からの直々の依頼という、ほぼ断ることが出来ない、命令に近い大役が舞い込んでくる。
つい最近までの長い間、聖女ランキング一位を維持して来た、不動の聖女サファイアを破り、ぶっち切りの一位になったという新米の聖女ジュリアン。なにしろ彼女は、国王直属の天才魔術師ブラウンが禁忌の転生術を駆使して異世界から呼び出したという、曰く付きの聖女だった。
そんな最強聖女から、アイリスに対して、名指しで付き人の依頼が舞い込んで来たのである。
アイリスは、驚きを隠せないまま聖女ギルドに呼び出され、大聖堂のようなキラキラした飾り物に覆われた聖女ギルドの会長室で、会長から直々に依頼内容の説明を受ける。
会長直筆の署名入り依頼書が、会長自らの手で聖女アイリスに手渡され、しかも最後は握手まで求めらる。極め付けは、部屋を出る際に、『粗相の無いように、よろしく頼むわよ』と声までかけられたのだから。
* * *
そんな彼女の最初の仕事が、この雑貨店の前での待ち合わせだった。聖女ジュリアンと待ち合わせをして買い物に付き合う、それが初仕事のはずだったのに。
もう約束の時間をとっくに過ぎていて、このまま帰ってしまおうか、でもそうすると聖女ギルドの会長の顔を潰してしまうし、どうしようかしら、などと悩んでいると。
そこへ通りを歩く人が一斉に振り返るように大きな、しかし、艶っぽい声が……
「はーい、アイリスちゃーん。お待たせぇぇぇ」
そんな声のする方に聖女アイリスが振り返る。すると、筋肉隆々の剣闘士やら、どこぞの魔法動画サイトで見た王国で今一番注目のイケメンやら、その他大勢の男性を従えてこちらに向かってくる、セクシーボディーの女性が聖女アイリスの目に飛び込んでくる。
普通に羽織れば肌の露出などほとんどないはずの、聖女のみが着用を許される外出着。そんな服の胸元が『偶然にはだけた』というよりも、逆にサービス精神のために、『大幅に肌を露出させてる』のでは? と思えるほどに、その女性は豊満な胸をこぼれ落ちそうなぐらいさらけ出している。
そんな女性の胸元には、聖女ランキング1位を示すゴールドメダルが鈍く輝いていた。
「ごめんねみんな、アチキ、これから大事な約束があるんだ。この聖女、アイリスちゃんと女性だけのお買い物に行くって約束なの。だから、また今度遊ぼうね。ちゅっ!」
聖女ジュリアンは、男性たちに向かって投げキッスをする。彼女のまわりを囲んでいた男性たちは、『仕方ねぇなあ、俺たちだけで飲みなおすか』そんな会話をかわしながら、残念そうに、ぞろぞろと彼女の元から離れていく。
中には、驚いて固まっている聖女アイリスにちょっかいを出そうとして、ジュリアンに『ダメよ、この子はアチキと違って純情なんだから』とたしなめられる男もいた。
「は、初めまして。付き人の依頼を受けて参りました、聖女アイリスでございます」
「もー、そんなかしこまらないでよぉ。コレからは、ジュリちゃん、アイちゃん、の仲になるのだからさぁ」
丁寧にお辞儀をしていたアイリスの顔に向かって、豊満な胸が飛び込んで来る。ジュリアンは、あっという間にアイリスの顔を持ち上げると、人懐っこそうな笑顔を振り撒いて、吐息がかかるほど近づいて囁く。
「コレからは、毎晩二人だけで楽しみましょ。今日は、そのための買い物なんだからね」
* * *
「聖女ジュリアン、この下着ひもしか無いので、不良品ではございませんか? 先ほどのお店に返却いたしましょうか」
「何言ってんの、アイちゃん、それはひもパンツよ。ちゃんと女性の一番大事な部分だけは隠れるように、小さいけど布切れがついてるでしょ」
今日の買い物を分けていた聖女アイリスは、不思議なひもを手で持ち上げて聖女ジュリアンに見せながら、意見を求めると、とんでもない答えが返ってくる。
えええ!
こんなパンツを履くのですか。大事な部分だけしか隠れない、いや、大事な部分もはみ出しちゃうパンツですよ。こんなの聖女が履くようなパンツじゃ無いですよ。
それに胸隠しも同じようなひも上で、オッパイの頭のポッチ部分しか隠れませんよう。
いくら聖女専用の服をその上から着ても、下がスースーして落ち着かないじゃないですか!
ワタクシが、そんな感想を独り言のように呟いているのを聖女ジュリアンは耳にしたのか、さも当然だ、という顔で言い返す。
「アイちゃん、何言ってるの? 聖女ならばそれくらい我慢しなさい。民の幸せのためなら何でもするのが聖女でしょ! それに、そのほのかな恥じらいの気持ちが顔に出れば、聖女として、神や民に仕えるアチキ達の心意気が世間に伝わるってものよ」
聖女アイリスが、聖女ジュリアンの言葉を聞いて、呆然として立ち尽くしていると──。聖女ジュリアンは聖女アイリスに近づいて、聖女アイリスの腰に優しく手を当てて告げる。
「アチキが聖女ランキング1位になったからには、すべての聖女にひもパンツと乳隠しを強制するからね。聖女たるもの、絶えず微笑みと恥じらいの心を持って行動できるようにね。付き人のアイちゃんは、その第一号だから……」
聖女アイリスは、聖女ジュリアンの言葉を聞いて卒倒してしまう。
倒れそうな聖女アイリスを全身で支えながら、聖女ジュリアンは、ボソボソと身の上話しを始める。
──こう見えても、若い頃にはサウザンドマスターって呼ばれてちょっとだけ天狗になった時代もあるわ。お客さん達の間でも、アチキのことを、千種類の秘儀を持つ女、黄金の左腕、至天の女王だなんてね。
そうだねぇ、ホーリーレディ、ではなくて、セクシャルガールということだよね、外国語風にいえばさ。
シンジュク二丁目から、ロッポンギ、ギンザって渡り歩いたけどね、やっぱり若い子が多くて熱気があったシンジュクが一番好きだったわ。
そう言って、昔を懐かしむように遠くを見つめる聖女ジュリアン。
なんと、彼女は元の世界では、歓楽街の聖女(性女)として、多くの男性を昇天させて来た、伝説(曰く付き)の女性だったのだ。
聖女アイリスを壁際の椅子に座らせると、聖女ジュリアンも彼女の横に座って、聖女アイリスの髪に触れながら、さらに告白を続ける。
──アチキがいた前の世界で、アチキが使ってた源氏名、まあ芸名とかニックネームみたいなもんだけどさ。その源氏名が、サファイアっていうんだよ。だから、サファイアちゃんを付き人に指名したの。
あ、でも、それだけじゃないよ、ちゃんと素行調査もしたんだよ。素直で、何ごとにも驚かない図太さ、それに何よりも、殿方を満足させるために必要な、正しい姿勢と手先の器用さかな、サファイアちゃんの隠れた才能は。
そう言ってから、聖女ジュリアンは顔を逸らして聖女アイリスに届かないようにボソリと呟く。
──だって、アチキの千の技を伝承してもらわないとね。
ひもパンツを履かせるために、卒倒して意識を失っている聖女アイリスの服をそぅっと脱がす聖女ジュリアン。
さらに下着も脱がして、聖女ジュリアンに生まれたままの姿を晒している聖女アイリス。
聖女ジュリアンはそんな彼女にひもパンツを履かせながら、ほほを上気させて、聖女ジュリアン自身の夢を語り続ける。
──ほら、想像してごらんよアイちゃん。
騎士団や冒険者が通った後には、死人やけが人が残るだけだけどさ。アチキ達、聖女が通ったあとには、気持ちよさそうな顔をして倒れている男や女たちが累々としていた方が、楽しいでしょ?





