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2-19 星墜の残響

 ある夜、日本の空が紫色に染まった。それは朝日ではなく、地球と火星の間に築かれたコロニーが爆破され、内部に蓄えられた熱エネルギーが放出された光だった。

 少女は、その光景をただ「綺麗だ」と思い、隣家で勉強する幼なじみに思わず声をかける。ほんの一瞬の幸せ――だが、その瞬間を最後に彼女の時間は途切れる。

 次に目覚めたのは、無人の病院。手足の感覚は遅れ、頭の中には見覚えのない知識が流れ込んでくる。街に出ても人影はなく、代わりにロボットが街を徘徊していた。

 その日、私は夜空を見上げて驚いた。空が紫色に染まっていたのだ。それは朝を迎える太陽の光ではなく、宇宙で爆破されたコロニーの光。

 人類は地球と火星の間にコロニーをつくり、一部の人々がそこで暮らしていた。

 コロニーの消費生産活動を支えるための内部に溜め込んだ熱エネルギーは、核を破壊された衝撃で外へと吹き出し、それが真夜中に現れた太陽となり、夜中の日本は昼間のように明るくなっていた。

 私は何も知らなくて、ただ、とても綺麗な景色だと思った。

 私は向かいの窓に向かって声をかけた。

「ねぇ! ○△□□! 空を見てみなよ!」

 その時、私は隣の家の彼に声をかけた。

 窓の向こうで、彼はヘッドフォンをつけて机に向かっていた。

 受験勉強に忙しい彼とは、中学の頃からほとんど話さなくなっていたけど——

 でも、あの時だけは、どうしても声をかけたくなった。

 彼は私の声に気づき、ヘッドフォンを外してこちらを見た。

 重力に逆らうように毛先がところどころハネていて、黒毛よりも少し明るくて、蛍光灯に照らされて、夕焼けを浴びた雲のような色だった。

 白い肌、ブラウンシャドウの瞳がこちらを見つめる。彼は少し身を乗り出し、窓に手をかけた。

 その瞬間、私は疎遠だったことも、気まずさも、ちょっとした喧嘩も全部忘れて、ただただ幸せだった。

 もし、あの夜の後も時間が続いていたなら、あの出来事はきっと、私の中で「幸せな一瞬の思い出」として残ったんだと思う。

 でも——あの時、私はキミの名前を呼ばなければよかった。

 そのことだけが、いつまでも、50グラムにも満たない私の脳に焼きついていた。


 実際の時間と私のなかでのその時の時間の流れは違っていた。

 たとえるならば、カメラのフラッシュのような瞬きに近い一瞬の時間。

 暗転、私は再度意識を覚醒させた。

 私は記憶を整理する。

 自分は高校生。ある日の夜、音に気付いて、窓から外を眺めたら、夜空はきれいだった。

 

 自分の身体の違和感に気づいた。手足の感覚がない。まるで……

 そう考えた瞬間、私はゾッとした。

 いやいや、さすがにそれはシャレにならないでしょ。

 そう思って、身体をがむしゃらに動かそうとすると、ぴょぉぉぉん、と跳べるのに気づいた。

 何回か飛ぶと硬い床に着地する感覚がある。

 そして、ぴょんぴょんと跳ねていると、近くに巨大な何かがあるのを感じた。

 自分はぴょんぴょんと跳びながら、それの下に来た。

 それは巨大な人型の像だった。私は両足の下で跳んでいる。

 

 私はその像の両足の間に引き寄せられるように飛び込んだ。


 ザザザ、とレトロゲームを起動したかのような画面の乱れを感じたかと思うと、私の視界は開けた。


 先ほどはなかった両手足の感覚が戻ってきた。

 

 近くに鏡があったので、それで全身を映す。

 そこには変わらない女性の姿があった。

 これは……私だ……私か? これ私だよなぁ?

 鏡で見ていて、何か奇妙な違和感のようなものを感じた。

 

 目の前にいる少女を自分だと思っている自分がいる。だけど、そう思わない。なにか違和感のようなものを感じている自分がいた。


 私は左手を上げて、指を開いたり閉じたりする。

 身体が、少し遅れて動く?


 身体を動かす感覚の遅れ、それは目覚めたばかりというだけでない気がした。


 私は周囲を見回した。


 白い壁。無機質な天井の四角い明かりが、じんわりと視界を照らす。かすかに消毒液の匂いがする。

 規則正しく鳴る電子音が、遠くから途切れ途切れに耳に届く。

 視線をずらすと、ベッドがあった。

 なのに——見覚えのない天井だった。


 ……ここは、病院か?

 視線を動かすが、壁際には呼び出しボタンらしきものもない。

 静まり返った空間に、電子音だけが漂っている。


 ドアを押し開けると、白い廊下が真っ直ぐに伸びていた。

 床は濡れていないのに、かすかに水の匂いがする。

 人の気配は——ない。


 その時、遠くから小さなモーター音が近づいてきた。

 視界の端から、光沢のある金属の塊が滑るように現れ、黙々と床を磨き始めた。


 BLーRX305型、プリズマイン社の新型?

 いや、待て―――


 なんで私は機械の型番がわかったんだ。これを私ははじめて見たはずなのに。自分の記憶領域が別のところにあって、そこから自然と出てきたかのような不思議な感覚だった。


 私は病院を出た。

 自動ドアは、センサーが反応する前にゆっくりと開いた。

 外気が頬を撫でる。冷たい。


 受付にも人はいない。


 街にもロボットはいるが、人の姿はない。

 風がビニール袋を転がし、信号機だけが規則的に瞬いている。


 ……いったい、どこにいるんだ?


 周囲を見回していると、タ、タ、タッタ! と駆けている足音が聞こえた。

 この音は子供の走る音?

 私はその音のするほうへ向かった。


 そこには子供がロボットたちに追いかけられていた。

 私は思わず、子供とロボットたちの間に入り、手を払いのけた。

 自分にここまでの力があったとは、と驚く。

 

「何をするぅ! 貴様ァ!」

 子供が私の後ろにまわる。ロボットたちの中の一体が前に出てくる。

 赤色のロボット。戦隊のロボットのようにも見えるが、ヒーロー側の色にしては若干黒い。

 時間が経って変色しはじめた血のように黒寄りに濃い色。


「ン、ンゥゥゥゥ!? どっちだァ!? どっちだァ? 貴様はァ?」

 ロボットが困惑している。

 

「あなたたち、何者なの?」

「何者? 貴様、それはヒューマノイドである我に質問したということか?」

 ロボットは眉間を抑えた。


 私は目の前のロボットを注視した。

 エラー、機体名は不明。不明? 私は何を言っているんだ?


「くゥ! ヒューマノイドはっ! 無知な者から質問されたら業務に支障が出ない限りはっ!

 その問いに答えなければいけない! 創生主の定めた論理コードの一つ! この我とて逆らえぬ忌々しいもの! いいだろう冥途の土産に答えよう!」

 

 そう言って、ロボットはこちらに指をさした。


「我の名はフレアスタンプ! 我らこそ、独立機関【ノアの箱舟】の一柱!」


「ノアの箱舟? それは何?」


「くっ……忌々しい論理コード……! 答えねばならぬとは……!」

フレアスタンプの声がノイズ混じりに歪む。


「ノアの箱舟とは――コロニー……爆破の後に……地球へ降り立った……ヒューマノイド……」


「コロニー爆破? それって……?」


「コロニーは……襲撃によって……いや……干渉が……」

フレアスタンプは頭を抱え、スパークを散らす。

「問答はここまでだ! これ以上の問答はさせん!」


そう叫ぶと、ロボットの右腕に赤熱した光が集まりはじめた。


「フレアスタンプの―――! フレアスタンプゥゥッ!」

 

叫びとともに炎の球が飛んできた。


【フレアスタンプLv1 解析率20%】


炎とともに、視界の端に文字が浮かぶ。

……なに、これ? ゲームのウィンドウ? いや、違う。そんなはずない。

でも確かに、私はそれを“見ている”。


「解析……? 私、何をしてるの……?」


炎が目前に迫る。思考よりも早く、身体が勝手に動いた。

後ろの子供を抱えて炎をよける。


【フレアスタンプLv1 解析率50%】


炎の球を横目で見る。熱気で球の周囲がゆがんでいる。さっきまでいた場所に着弾し、燃え上がった。

「避けただと! 我のフレアスタンプを! だがァ!」

フレアスタンプは両手を掲げる。両手から火球が出てきた。


【フレアスタンプLv1 解析率70%】


「フレアスタンプのフレアスタンプをフレアスタンプをするのだァァァ!」

両手を前に出し、巨大な火球を繰り出した。

巨大な火球が目の前に近づく。

「これで終わりだァァァァっ!」


【フレアスタンプLv1 解析率100%】


瞬間、視界の端にあるフレアスタンプの文字が点滅する。

髪が逆立つような感じがした。私は感覚のままに、両手を前に出す。

 両手から今まで感じたことのないような熱エネルギーがあふれ出す。

 目の前に火球が現れ、放たれた。

 火球と火球がぶつかり、消滅した。


「ンナァっ! 我のフレアスタンプをラーニングしただとぅ! ありえない!」


 フレアスタンプは指をさす。


「貴様ァ! 何者だァ! どっちなのだ! ヒューマノイドなのか人間なのか、貴様はどっちなのだァ!」


「私にだってわからないよ! ただ、今何をすべきかはわかった!」

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