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2-17 お家騒動出向記 〜巻き込まれた私に拒否権はない〜

AR/DR機能付きアクセサリーを制作している会社、エンジェリグで働く根尾千代子はゲーマーである。フルダイブ型VRMMORPG『 Powerld Online』にハマっており、装飾師のチョコネとしてゲーム内でそこそこの名を馳せていた。そんな千代子にある朝、突然、親会社への出向辞令が下る――。


仮想と現実が重なり合う出向物語、ここに開幕

 人事異動、それは突然やってくる。


 私、根尾(ねお)千代子(ちよこ)(27)の働くエンジェリグは女性向けアクセサリーの会社だ。エプロンに付けるリボンに拡張現実(AR)機能を付けることで見やすい目の前に料理のレシピを映して調理スペースの確保をしたり、イヤリングに隠消現実(DR)機能を付けることで左右からの視覚情報を遮断してTVなど集中して楽しめるようにしたり、といった感じの可愛く実用的な機能付きアクセサリーを制作している。


「ふぁ〜〜〜……」


 そんな会社なので可愛らしい小物が参考資料という名目で至る所に置かれ、自社開発のAR/DRを利用しているため書類などは少なく、室内は広々(見かけだけ)。つまり、お洒落な職場環境で会社感があまりない、癒しに囲まれた空間なのだ。欠伸がでるのも仕方がない。


「ずいぶんと盛大な欠伸(あくび)だな。また夜遅くまでPO()か? 化粧でクマを隠すならそれも我慢しとけよ」


 七月初めの月曜日、いつも通りに出勤して仕事の準備をしてると、先に来ていた永藤(ながふじ)先輩から声をかけられた。

 

「そうなんですよー。貝獣討伐をやってたんですけどリアが来れなくなって火力不足の長期戦、もうグダグダで……」


 VRMMORPG『 |Powerld Onlineパワールド・オンライン』、通称POを私はリリースから三年経過した今も夢中にプレイしている。先輩も一緒に遊ぶことは稀だが同じくプレイしており、お察しの通りと言った感じで昨夜の事を話した。

 

「なんというか……どんまい。けど鉈乙女(なたおとめ)不在は珍しいな」

「そうなんですよねー。しかもドタキャンなんて初めてで――と、その呼び方、あの子の前でしないでくださいね? 凄く嫌がってるので」

「わりぃ、つい、な。ちなみに貝柱は誰が叩き折ったんだ?」

「それは――」


 好きなゲームの話をして眠気が飛んできた私はくるみ色に染めた髪を留めているバレッタを外し、ARを起動。目の前に現れた画面を操作してゲームから保存した3Dデータを展開、操作者(自分)以外にも見えるよう投影モードに切り替える。


「けど見てください! このブレスレット可愛くないですか?!」

「へー、さすが有名アクセ職人。貝殻を砕いて加工したのか? いいセンスしてるな。お、チョコネのサインみっけ」

 

 昨夜手に入れた報酬を素材にしたブレスレット(成果)を見せつけながら「かわいいでしょー!」と自慢する。ちなみにチョコネは私のプレイヤーネームである。制作したアクセサリーにはどんなに小さくても必ずサインを入れているのだ。

 

「ゲームなのに凝りすぎじゃないか? 本当にアクセサリーが好きなんだな」

「はい! それと、ゲームだから私は好きにデザインできるんですよ?」

「それも……そうだな。いつか根尾のデザインした商品ができるといいな」

 

 私はこの会社でアクセサリーに付ける機能の開発をしている。入りたい会社に入れたはいいがやりたいことが出来ているとは少し言い難い。それでもやりがいは感じるし不満もそれほどない。それはPOと気のいい同僚たちのおかげだと思う。


「さて、始業時間となりましたので朝礼を始めます」

「っと、おしゃべりはここまでだな」

「はい。褒めてくれてありがとうございました」

 

 永藤先輩がいそいそと自席へと戻るとすぐに課長の話が始まった。特に先週に問題が起きたというわけではないのでいつものように全国安全週間がどうのといった話から週末のニュースについて少し話をし、「体調に気を付けて、ご安全に」で終わるものだと思っていた。それなのに――。


「えー、急な話になるが――来週から我が社の親会社である高砂商事へ根尾くんが出向することとなった。一カ月間は引継ぎのため火曜日のみ当社へ出勤してもらうが、業務に問題がないよう一週間で可能な限り引継ぎを行うように。では本日も体調に気を付けてご安全に。解散」


 今日は人事異動の話があった……私の。もちろん何も聞いてない。いつもの締めで朝礼が終わり興味のない人から自分の仕事へと戻っていく。けれど一部の親しい同僚たちは何があったのか気になって私の元に集まってきた。


「引継ぎって人員補充ねーの!?」

「で、また根尾は何をやらかしたんだ?」

「出向先ってまさか本社?」

「それって漫画でよくある御曹司とかの目に留まってみたいなやつ?!」


 不満から疑問まで、当然のように質問攻めに遭う。けれどもちろん知らないので答えられない。まあ、答えることができても、こうも一度にこられたら「後でね」と流すしかできないのだが。

 

「ちょっとストーップ! 本当に何も知らないんだって! てか宮田くん、またって何?! とりあえず仕事戻るよ! 話は休み時間で! 私、ちょっと佐竹課長と話があるから、それじゃ!」


 まずはこの騒動を収めることに尽力する。課長がじーっと睨んでいるのだ。それにしてもこの宮田という同期は私のことを何だと思っているのだろう。そこだけは反論しようとしたが先週も寝不足でポカしたことを思い出し、グッと我慢して課長の席へと向かった。


「すみません。先ほどの出向の件なのですが――」

「みなまで言うな……そうか、やはり君も心当たりがないか。理由に関しては私も知らない。今朝、メールが入っていたんだ。正式な辞令は今日か明日にでも出るだろう」


 すぐさま出向の件について尋ねようとしたが止められた。先ほどのやりとりを見ていたからか私が何も知らないのを悟ったようだ。どうやら佐竹課長も詳しくは知らないようで困惑した表情をしながらその白髪混じりの頭を搔き毟る。


「だが強制ではない。ああは言ったが君が承諾していない今なら断ることもできる。だが親会社からの直々のご指名ということを考えると……」

「出世に響く、ということですね」


 私は新卒で入社してから今まで、ずっとこの部署で働いてきた。それなりの戦力であるのは自負している。課長個人的としては引き留めたいが……私の出世と子会社という立場から強く出られないというのが無言の肯定から伝わってきた。というか私に拒否権はないようなものだ。


「――そのお話、受けさせていただきます。詳細が出ましたらまたご連絡をお願いします」


 私だってこの会社に入ったからにはやりたいこと()はある。みんながキラキラと目を輝かせるアクセサリーをデザインすることだ。親会社で成果を上げればデザイン学校を卒業していない私にももしかしたらチャンスがあるかもしれない。


「本当にいいのか? 少しは考えてから決めてほしいんだが……」

「私はこの会社が、仕事が、この部門で働くみなさんが好きです。断ることでみんなが不利益を被る可能性があるなら出向くらい了承します。それに向こうからの申し出ですからね、ふふっ」


 といっても文句は山ほどある。大好きな居場所を人質に取られたようなものなのもそうだ。それらを全て飲み込んで黒い笑みを浮かべながら自分の考えを話すと課長は「まあ、なんだ……こっちのことは心配せずに頑張ってこい」と背中を押してくれた。


 

 引継ぎのための一週間は瞬く間に過ぎ――晴れ渡った夏空の下で私は今、国を代表する大企業、高砂商事の本社ビル前に立っている。地元の大学を卒業し、中小企業で働いていた私が、だ。場違い、分不相応なんて言葉が頭にちらつき足が竦む。けれど――そっと目を閉じてお気に入りのブローチを握りしめ、気持ちを落ち着かせてから渡された社員証のDR機能を作動させる。


「……なるほど。こうなってたわけか」


 本社ビルは全てが壁面広告と化しており、冷蔵庫にベット、自転車といった自社製品の魅力を絶え間なく宣伝している。その窓も扉もないモノリスのようなビルの一部がDR機能によって消失し、自動扉が現れた。


「っと、時間もないし――いざ、初出勤っ!」


 意を決してその自動扉を通り抜ける。周りから見たら私はビルの中へと消えたように見えたはすだ。そんな事を考えながら前だけ見てエントランスを歩き――「いらっしゃい、チョコネちゃん!」始めてすぐ、フリルたっぶりの可愛らしい洋服を着た少女が元気な声とともに明るい金髪を揺らして駆け寄ってきた。

 

「こんにちわ。初めまして、理亜(りあ)お嬢様」

「もー、かたいっ! いつもみたいにリアでいいよー」

「……いや、よくないでしょ。ここはゲームじゃないんだし、他の人が聞いたらただの呼び捨てだよ?」


 私をこの場でチョコネと呼ぶ人物は一人しかいない。急な親会社への出向は、この向日葵のように明るい笑顔を浮かべるお嬢様からの、ゲーム内の友人であるリア(理亜)からのお願い(辞令)だった――と、いうのをあの日の夜にゲーム内で聞かされた。


「ふふっ、けれど仕事でしょ? さあ、お家騒動を始めましょう!」 

「わかったわよ、リア。……はぁ。頭が痛いわ」

 

 リアこと高砂理亜は高砂商事の創業者、高砂(たかさご)綜馬(そうま)会長の孫娘である。去年、社長に就任した彼女の父、高砂仁志(ひとし)氏が事業再編でAR/DR事業から仮想現実(VR)事業へと大きく舵をきろうとしており、理亜と一部の役員はそれを止めようとしているらしい。そして、その協力者として私が呼ばれた。

 

「会社の命運は荷が重すぎだって……」


 事業再編が行われるとAR/DR機能付きのアクセサリーを作っている私の会社にも影響が出る。会社ごとリストラに遭わないために差し出された手を取る(、、、、)と、彼女は屈託のない笑顔でにししと、いつものように嬉しそうに笑ったのだった。

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