2-13 この街はルルの家になる
東京の大学で学ぶ青年「愛造 旭」は、地方の名門・葉月家に嫁いでいた、血のつながらない姉「葉月 瑠々」の急逝の知らせで帰郷した。
葬儀場で父に聞いた話では、夫の不倫による自殺という。夫は愛造家に葬儀を丸投げして雲隠れし、葉月家側の親族も全く姿を見せない。
旭が亡き姉の顔を見ようと棺を覗くと、瑠々の眼は突然に開き、何事も無かったかの様に蘇生した。引き換えの様に、不貞を働いた夫とその愛人を始め、葉月家の一族は次々と不慮の死を迎えていく。
瑠々は葉月家の莫大な資産、そして一族の氏神を信仰する宗教法人の代表権を得た。彼女は一連の死を、氏神の裁きと称し、さらに宗教法人の影響力で街の行政に関与していく。
相次ぐ死は、氏神の呪いか、謀殺か、あるいはその両方か、それとも単なる不運の連続か。
市の再開発事業、そして瑠々・旭の父が役員を勤める外資系企業の思惑も絡み、旭は運命を翻弄されていく。
七月。大学四年の前期考査を終え、夏期休暇を控えた、ある夕方。
姉の瑠々が急逝したと父から連絡があり、僕は取り急ぎ喪服を着て帰郷した。駅からタクシーに乗り、〝忌中 葉月家〟と書かれた葬儀場へと入ると、受付には両親がいた。
「瑠々姉…… 何で、急に?」
「その事だが、旭、ちょっといいか」
父は、小声で事情を話し出した。
「亡くなった原因だがな…… 瑠々は、自ら命を絶ったんだ」
「ええ? 何で……?」
「夫の不貞だよ。興信所を使って、証拠を突きつけても開き直った様でな。相手が妊娠したから、別れてくれという話になったそうだ」
確かに、姉夫婦には子供がいなかった。その状況で不倫相手が妊娠したなら、開き直って強気に出てもおかしくない。
「そう言えば義兄さん、いないみたいだけど?」
妻が死ねば、常識的に考えて、喪主の夫が通夜の場にいないのはおかしい。
「〝父母と共に遠方へ旅行中で、すぐに戻れません。合わせる顔がないので、葬儀はお任せします。以後の話は弁護士を通じて下さい〟だと。全くふざけてる!」
父は憤って、拳を震わせていた。僕の方は、実感がわかない事もあって、状況を頭で整理するので精一杯だった。
「今の事、他の人は知ってるかな?」
「この場に来てくれた人の大半は、教えるまでもなかった。首をくくる前日に、証拠を郵送で送られていてな。うちにも届いて、慌てて駆けつけたら、家の中でぶら下がっていて……」
会場には、うち…… 愛造家の親族や姉の知人が集まっていた。義兄方である葉月家の親族は一人も姿を見せていない。顔を出しづらいか、義兄側の肩を持っているのか、そもそも連絡が行っていないのだろう。
硬い表情の人、涙ぐんでいる人、怒りに震えている人等々、いかにも険悪な雰囲気である。
「顔、見てやってくれるか」
「うん……」
父に促され、僕は棺の中に眠る瑠々姉を覗いた。
半年前に会った時と同じ、人形の様に整った顔だちで、眠っている様だ。
「瑠々姉、どうして……」
僕の言葉に応える様に、唐突に亡骸の目が開いた。
「え……?」
「よく寝た。おはよう、旭」
瑠々姉は何事もなかった様に起き上がると、葬儀場に集まっている弔問客に向けて一礼した。
「済みません、この度はご迷惑をおかけしました」
瑠々姉は謝罪したが、弔問客は全員、唖然としたままだった。死者の蘇生は、ごくまれにあると、知識では知っている人も多いだろう。だが、いざ目の当たりにすると、頭がついていかないのかも知れない。
何故かこの時、僕は不思議と冷静だった。
「そ、そうだ。救急車を呼ばないと。また倒れたら大変だ!」
父は思い出した様に叫ぶと、スマホを取り出して救急車を要請した。
蘇生したとはいっても、一度は死亡診断が出ているのだし、精密検査を受ける必要があるだろう。せっかく助かったのだから、命は大切にしなくてはならない。消防署に近いという事もあり、救急車は五分ほどで到着した。
会場のパイプ椅子に腰掛けてくつろいでいる瑠々姉を見て、救急隊員は怪訝そうな様子だったが、葬儀中に蘇生した旨の説明を母から受けると納得した様だ。類似の事例も、一応は過去にあったらしい。
瑠々姉と、付き添いとして母を乗せ、救急車は病院へと向かっていった。一連の状況に、弔問客の多くは、どうしたらわからないという様子で、所在なげにしている人が多い。
「あの、皆さん。葉月家の不実に対しては、弁護士を交えて、改めて話し合う事になると思いますが。まずは良かったですよ」
「あ、ああ……」「うん、まあ……」「そうだねえ……」
僕が一言添えると、戸惑った様に、賛意の声があちこちから挙がる。弔問客はとりあえず、ほっとした様子で、徐々に各々、会場を後にしていった。
後には、父と僕、そして近い親族が数名と、葬儀社のスタッフが残された。
葬儀社側と、ここまでの費用詳細や、以後の予定キャンセルについて話した後、父と僕も、タクシーで搬送先の病院へと向かった。
「ねえ、今後の事もあるし、義兄さんに連絡入れた方がいいかな? 弁護士を通じてくれって話だけど、速報はいるでしょ」
「あ、ああ。亡くなっている前提で、色々と勝手に動かれたらたまらんしな」
車中で、僕は父に、義兄への連絡を提案した。
瑠々姉が蘇生した以上、婚姻関係は継続している事になる。離婚前提になるだろうが、今後についての話し合いも必要だろう。連絡は、感情的になりかねない父より、僕が入れた方がいい。
スマホで義兄に電話するが、つながらない。エリア外という事はないだろうから、電源が切られているか、着信拒否されているのだろう。
向こうの立場にしてみれば、こちらからの直接連絡を一切シャットアウトしたいだろうから、当然と言えば当然だった。
*
病院に着くと、母がロビーで待っていた。
「どうだった?」
「それがね、奇跡的に何ともないって。脳も、絞められた首の周りも、至って正常ですって。死亡診断もこの病院だったけど、あの時には、結構損傷していた筈だと言うのよね……」
母は首をひねっていた。まあ、事実は小説より奇なりと言うし、医学的に説明が付かなくとも現実を認める他にない。
「良かったじゃない。で、瑠々姉は?」
「それなんだけどね。別件があって」
母は、さらに驚くべき事を語った。
何と、義兄と不貞相手、そして義兄の両親が、この病院に救急搬送されていたのだ。
義兄の運転で、会食先の料理店に向かう途中、事故を起こしたという。
「遠方へ旅行とか言っていたのも嘘か。嫁の葬式を放って、後添え候補を親に紹介とはな! クズ共め!」
父は激高したが、事故を起こしたのだから、相応に痛い目を見ているのは間違いない。
「で、あちらさんの容体は、どうなの?」
「ご両親と、不倫相手の女はね。何と即死ですって。天罰よね!」
「そ、そうだな……」
満足げな母に、父は顔をしかめたが、溜飲を下げたらしく、落ち着きを取り戻した様だ。
「じゃあ、義兄さんはどうなの?」
「……そっちは危篤状態なの。でね、一応、まだ夫婦でしょ。瑠々、家族として集中治療室に呼ばれてるのよ」
検査で問題なかったと言っても、生き返ったばかりの人に、重症患者の家族として付き添えというのは酷ではないのか。
しかも、病院側が配慮すべき事ではないだろうが、夫婦関係は破綻しているのである。
「いわゆる脳死って奴ね。処置しなければ、時間の問題だそうよ」
脳死なら、意識の回復は絶望的という事になる。機械につながれて、ただ生きているだけという状態だ。
「お前は付き添わなかったのか?」
「どうするかは、自分一人で決めたいからって」
父の問いかけに、母は事もなげに答えた。義兄の事は、このまま死んでしまえばいいと思っているのが見て取れる。
妻の葬儀を放って、不倫相手を両親に紹介している様な男だ。そう思われても当然だろう。
しばらくして、姉がロビーに姿を現した。腕時計を見ると、もう午後十時である。
「瑠々姉、大変な事になったね……」
「問題ない。終わらせるから」
姉は無表情のまま、静かに告げた。
「なら、あいつの延命措置は取らないのか。まあ、自業自得だ」
「ん? まだ生命維持装置は外さない。後二、三日は伸びる」
父の言葉に、姉は意外な答えを返したので、僕と父は顔を見合わせた。
「脳死ならどの道、助からんぞ。早く楽にしてやったらどうだ、瑠々」
「脳死体って貴重だから、臓器を移植に提供して欲しいって、病院から話があって。使えるところは全部使っていいって、承諾書にサインした」
「なるほど。そう言う事か」
移植対象者が決まって摘出手術を行うまで、脳死体は生かしておかなくてはならないのである。
「後、あちらの両親は完全に死んでるけど、角膜と腎臓は使えるそうだから、それの提供も承諾した」
姉は、淡々と、義兄と義両親の処置について語った。口調には全く迷いがない。父も納得して頷いていた。
「それで瑠々姉…… 葬式はどうする訳?」
ともあれ、義両親と夫の葬儀は、直近の遺族として、瑠々姉が行なう必要がある。自分の葬儀を放り出された側としては極めて不愉快だろうが、仕方が無い。
だが瑠々姉の答えは、極めて冷淡だった。
「全員、直葬で。焼いた後は散骨する。費用を掛けるのは無駄」
直葬というのは、通夜や告別式を行わず、直接に火葬のみを行う事である。近年、葬儀に費用をかけられない人の間で、徐々に選択肢として広まりつつある。
また、散骨は、遺骨を墓地に埋葬せず、砕いて散布する事だ。
「真っ当な葬式なんか、出したくないのは解るけどさ。葉月家の関係者に、何か言われない?」
「どうするかは私の裁量。それに、不貞の証拠は、あちらの親族全員にも送りつけてあるから、抗議もしづらいと思う」
「構わんさ、瑠々がそれでいいなら」
「ええ、全く。葉月家とは、きっぱり絶縁しましょうよ」
僕は心配だったが、両親はあっさりと、姉に賛意を示した。確かに、義兄側の親族は、誰一人として瑠々姉の通夜に顔を見せていないのだから、無礼を先に働いたのは向こうである。
「とりあえず、お腹すいた。何か食べたい」
蘇生以来、瑠々姉の口からようやく出た、普段通りの会話だ。





