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2-10 螢火よ、月光に溶ける前に

 没落した霊媒師一家の末裔、月見里(やまなし)凛空(りく)

 母と共に、一族の復興を目指す父から逃れて生活する彼だが、一方で、我流の霊媒術で彷徨える霊魂たちを成仏へと導いていた。

 将来の展望もなく、霊たちとの交流から厭世観を募らせていく彼はある初夏の暮れ、螢狩りの穴場である竹林で美しい少女の魂と邂逅する。

 身元不明の彼女に半ば取り憑かれるようにして懐かれてしまった凛空。

 しかし、やがて少女が一般的な霊魂とは根本的に異なる存在であることを知ることになり――

 霊魂の秘密、再び現れた父の野望、そして少女の目的とは?

 ひと夏の出会いと別れが少年の人生と世界のありようを大きく揺るがす、幽玄のボーイミーツガール。

 もう一度訊くよ、リクはどうしたい?


 晩夏の夜、ホタルは僕に問いかけた。

 竹林は光で満ちていた。空には満月、地上には季節外れの螢達。

 尤も、そう見えるのは僕らだけだろう。

 魂の光が見えるのは、一握りの人間だけだ。そこらの奏手(かなで)市民の首根っこを掴んで連れてきたとして、その目に映るのは、立ち尽くす少年とそれを照らす満月だけ。螢もホタルも見えやしない。

 そう、あの夜とは違う。

 あの夜――僕がホタルと出会ったあの夜、本物の螢が舞っていたあの夜とは。

 ――何なんだ、君は?

 あの夜、問いかけたのは僕の方だった。

 暗闇の中、光を纏う少女――

 他の霊魂とはまるで違う、異質な魂――

 ホタル。

 彼女と出会ってから、僕の世界は一変した。何でも知っていると心のどこかで驕っていた僕は、本当は何も知らなかったのだと思い知らされた。

 あの夜、ホタルは僕の問いに答えなかった。答えられなかった。だけど今、彼女の問いに沈黙を続けているのは僕の方だ。

 答えられない。答えられる筈がない。


 選んで、リク。私の魂と全人類の魂、どっちを還すのか。どっちを消し去るのか。



 ホタルと出会ったのは、中学三年の五月の事だった。


「あ、りっ君、終わった?」

 その日の放課後、担任との進路面談を終えて昇降口に降りると、小鷹に声をかけられた。早乙女姉妹の妹だ。隣には、双子の姉である穂波の姿もある。今日も左右違いでお揃いのサイドテールだ。

「ああ、うん」並んで歩きながら答える。「待たなくてもよかったのに」

「そうはいかないよ。幼馴染だもん」

 それは小鷹にとって魔法の言葉だった。彼女が僕に干渉する時、その行動の全ては「幼馴染だから」で片づけられる。

「にしても、先生、困ってたんじゃなぁい?」校門を抜けた所で穂波が云った。「どぉせ、のらりくらりと進路の話をはぐらかしちゃったんでしょ」

「見てきたみたいに云うね」

 困った様に笑う担任、白髭の姿が思い出される。擦れた教え子にほとほと困り果てた事だろう。心底、同情する。でも、生憎と今の僕に将来の展望なんて描けそうにもなかった。

「まさか、りっ君じゃあるまいし」

「どうだか」

「ごめんね、りっ君」小鷹が詫びた。

「どうして小鷹が謝るのさ」

「お姉ちゃんが生意気な事を云っただろうから」

「むぅ、失礼な妹」

「今回はそれ程でもないよ。僕が先生を困らせてただろってだけ」

 小鷹が吹き出す。「それが見てきたみたいって?」

「ああ、癪な事に」

「お姉ちゃんは何でも解っちゃうんだね」

「霊だって何でも解る訳じゃないよ」

「そぉそ」と穂波が頷く。穂波は僕らが小学生の時、命を落としていた。それ以来、妹に取り憑く様にして現世に留まっている。その姿は、彼女が死んだ時のままだ。背丈は妹より頭一つ分低く、胸は平たいままで、頭の尻尾は妹より長い。

「うん、でもりっ君はお姉ちゃんと同じでしょ? お姉ちゃんと話せるし、同じ物が見える」

「そうだけど、それだけだよ。何でも解る訳じゃない。それに――」

 ――最初から生まれなければよかったんだ。そうすれば、お母さんのお荷物にならずに済んだのに。困らせずに済んだのに。

「知りたくない事や聞きたくない事だって耳に入ってくる」小鷹が引き継いだ。「いつも云ってるもんね。ごめん」

「謝らないでよ」

 それから、他愛ない事を話しながら帰り道を歩いた。奏手市は山を切り開いた街だ。平らな道は余りなく、至る所に坂や階段がある。

「じゃあ」

 別れ道で手を振る。しかし、小鷹はその場に留まったまま、「あのね、これからりっ君の家に寄っちゃダメかな」

「え」

「えっと、違くて、その……そう、勉強会! 勉強会しよ?」

「小鷹はほっといても成績いいでしょ」

「だから、りっ君に教えてあげるの」小鷹は少し誇らしげに云った。「どうせ殆ど勉強してないんでしょ?」

「そうだけど、優等生様の手を煩わせる程の事じゃないと云うか」

 しどろもどろになっていると、小鷹は真剣な面持ちで云った。「私ね、百高に行こうと思ってるの」

「……公立の進学校だっけ」その程度の知識しかない。「いいんじゃないかな。小鷹ならきっと合格すると思う」

「だから、りっ君も一緒に来てほしいの」

「僕も?」

「うん」小鷹は頷いた。「だって……幼馴染、でしょ?」

 不安そうにこちらを見上げてくる。正直、心臓に悪い。背後では穂波が「ひゅーひゅー」なんて冷やかしてくる。

 解ってる。幼馴染なんてのは只の方便だ。だけど生憎と、今の僕に小鷹とどうこうしようという気はなかった。そんな気にはなれなかった。

「ごめん」僕は云った。「進路の事はともかく、勉強会はパス。今日はちょっと都合が悪くてさ」

「なぁに」穂波がにたにたと笑う。「部屋に見られて困る物でもあるの?」

 うるさいな、この霊は。

「えっと」小鷹は少し小声で、「部屋に入る前に外で待つよ?」

 妙な処で息が合う双子だ。

「そうじゃなくて」言葉を探した。「約束があるんだ」

「約束って、もしかして」

「うん、尊君と」

 最近、僕が相談に乗っている霊の名だ。

 地上に留まっている霊は、大抵、何らかの未練を抱いている。僕は彼らの話を聞いてやり、未練を晴らす手伝いをしていた。また、自分ではうまく成仏できない霊を我流の霊媒術で祓う事も。時には悪霊を無理矢理祓う事もあるが、それはあくまで最終手段だ。可能なら、なるべく穏便な方法で彼らを送ってやりたい。自己満足かもしれないが、それが僕の流儀であり、霊媒としての矜持だった。

「そっか」小鷹は云った。「でも、自分の時間も大事にしてね」

「大事にしてるよ。僕がやりたくてやってるんだから」

「恰好つけちゃって」穂波が茶化す。一方、小鷹は安心した様な、逆にどこか心配する様な声音で「そう」とだけ呟いた。

 少しだけ胸が痛む。僕は幼馴染に嘘を吐いたのだ。



「ただいま」

 誰にともなく呟く。脱いだ靴を並べ、うがいと手洗いを済ませてから、冷蔵庫のメッセージボードを確認する。スマホを持たない僕にとっては母との重要な連絡手段だ。

『今夜の献立:麻婆豆腐(仮)』

 夕食の支度は僕が担当している。つまり、これは告知ではなく要望だ。母はこういうふざけた書き方をする。

 母は僕にとって唯一の家族だ。父と離婚してから、この市営住宅でお互いに支え合い生きている。父とはもう随分と会っていない。会いたくもない。

 父の実家は古くから続く霊媒一家だった。とはいえ、その栄誉は過去の物だ。現代の限られた霊媒市場に入り込めなかった我が一族は衰退すべくして衰退し、田舎にちょっとした土地を持っている以外、そこらの一般人と変わらない生活を送っていた。

 父もそうした一人だった筈だ。少なくとも、無霊感者の母と結婚し、僕が生まれて暫くはそうだった。傍から見れば、父は真面目な広告マン以外の何物でもなかったろう。

 それが狂い出したのはいつからだったか。

 一族の復興。

 そんな事を父が呟く様になったのは。霊媒師の会合を主催する様になったのは。自分の後継者として僕に「修行」を強いる様になったのは――

 ため息を吐いた。

 夕飯まで時間がある。霊の相談なんて嘘だ。尊君は既に僕の手で祓った。人知れず死んだ少年の霊だった。母親に殺された未戸籍児の霊。

 ――未練? そうだね、僕はきっと僕の死体が見つからないか心配なんだと思う。僕の死体が見つかったら、お母さんが殺人犯になっちゃうから。

 何もできなかった。僕はただ彼の母親が新しい夫と幸せそうに暮らしているのを確認して、彼に伝えただけだ。未戸籍児の遺体なんて誰も探しようがない。年月も経ったし、君のお母さんはきっと大丈夫だ、と。

 ――有難う、お兄ちゃん。僕を見つけてくれて。片付けてくれて。

 神様ならあの子を救えただろうか。彼が命を落とす前に運命に介入する事ができただろうか。或いは――

 ――最初から生まれなければよかったんだ。

 そうなのかもしれない。彼も、或いは僕も。いや、そもそも命なんて物がなければよかったのかもしれない。心なんて物がなければ、苦しむ事なんてなかったのだ。

 そんな事を考えながら、自分の部屋の戸を開く。

 瞬間、何か温かくて柔らかい物がぶつかってきた。思わず、尻餅をつく。


「リク!」


 ぶつかってきた物体――否、霊体が声を発した。僕の体に取りついたまま。頬ずりするようにして。

「ああもう、離せ。離せったら」霊体を引き剥がしながら云う。「あんまりしつこいと祓うぞ」

 霊体は意味を測りかねた様にきょとんと首を傾げる。ああ、そうだ。こいつには言葉が通じないんだ。

「全く、何なんだ、君は」

 僕は昨夜の問いを繰り返した。昨夜、この霊体と出会った時の問いを。螢が舞う竹林で発した問いを。

「?」

 少女――いや、むしろ幼女と云うべき風貌の霊体は再び首を傾げた。

 幼女といっても、言葉が話せない程幼い様には見えない。色素の薄さから、最初は外国の子供かとも思ったが、そもそも言語らしき音声を発する事すらなかった。僕の問いにはただただ首を傾げるばかりで、それなのに、なぜか妙に懐いてくる。引き離そうにも引き離せず、竹林から家までついてきてしまった。

 率直に云って、僕は大分戸惑っていた。

 霊には決まって、生きていた頃の残り香の様な物があった。生前の人生を想起させる何かが。それが目の前の少女にはまるでない。霊に云うのも変な話だが、浮世離れしている。彼女の様な霊にはこれまで会った事がなかった。

 それに――

 思わず、目を逸らす。

 僕が後にホタルと名付ける事になる霊体にはまだ名前がなく、おまけにすっぽんぽんだった。

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