憧れと好きは違うってマジですか?
俺は名刺をテーブルに1枚1枚並べていくユキちゃんを冷や汗を流しながら見ていた。
「えーっと、これにはちゃんとした理由があって」
「ふーん、風俗に行くちゃんとした理由」
いや、そりゃそうなるよね!風俗行くのに正当な理由なんて存在しません!
「信じてもらえないかもしれないけど、これは魔王の領域の結界を破るのに必要な事で……」
嘘みたいな本当の話。信じてくれないだろうな。
「ふーん。信じます」
「へっ?」
信じた?本当に?
「タクト先輩がそんなくだらない嘘をつくはずないので、信じます」
「そ、そっか、それならいいんだけど」
予想以上に簡単に修羅場回避できたぞ。あとはしばらくここでかくまってもらえば……
「お、女の人と、そう言うことをたくさんしなきゃいけないってことですか?」
ユキちゃん、答えにくいこと聞いてきますね。
「た、たぶん。そうですね」
「ふーん……じゃ、じゃあ私もしょーがないので協力しますよ」
「協力?協力って?」
風俗に行く協力?なんでしょうそれは?
「わ、私も……タクト先輩の彼女になってあげます……」
ユキちゃんは顔を真っ赤にしている。
ユキちゃんが?
それめちゃくちゃ嬉しい申し出じゃん!
でも、駄目だ!この申し出を受け入れたら、俺は本当に最低な男になってしまう!
それに、ユキちゃんは間違っている。
「ユキちゃん。気持ちは嬉しいけど、好きでもない人にそんな事言っちゃ駄目だよ」
ユキちゃんは俺のその言葉を聞き、ふくれっつらになる。
「……好きです」
「えっ?」
「ずっと前から私、タクト先輩の事が好きです!彼女にしてください!」
俺は深く思考する。
ユキちゃんの事が好きか。うん、大好きだ。考えるまでもない。
そして俺は、ユキちゃんに好きと言ってもらえる様な人間なのかと考えた。
うん、駄目だ!俺なんかとユキちゃんは付き合うべきじゃない!
「ユキちゃん、実は俺お付き合いしている人が他にいるんだ、だから」
「知ってます!それでも好きです!」
「それでも!?お、俺にはすでに妻もいる!」
「それは知りませんでした!でも好きです!」
ユキちゃん、駄目男に捕まるタイプ?
「ユキちゃんにはもっと自分を大切にしてほしい。きっとユキちゃんは仕事で先輩だった俺に憧れみたいな感情を抱いてるんだと思う。それは恋愛感情じゃ……」
「確かに、最初はそうでした。仕事ができるタクト先輩を見て、かっこいいなって思っていました。でも違うんです。私がタクト先輩を好きになったのは違うんです。私って実はエルフでは落ちこぼれなんですよ。エルフって女性は全員風魔法のユニークスキル、男性は弓のユニークスキルを授かるんです。だけど私は何故か風の魔法が苦手で。だから必死で勉強して回復魔法を覚えて、エルフの里から逃げる様にして鷹の爪に就職したんです」
エルフってユニークスキル固定なのか。
そしてユキちゃんにそんな過去があったとは。
「でも鷹の爪に勤めてからも私は失敗ばかり49支部に左遷されてきました。せっかく勉強していた回復魔法も、『そんな教科書通りの回復術式じゃ本部では役に立たない』って言われて、私は自信を失っていました。そんな時にタクト先輩と出会ったんです」
ユキちゃんが49支部に来たのにはそんな理由があったのか。
頑張り屋のユキちゃんを手放すなんて、本部も見る目がないな。
「タクト先輩が回復の窓口に来て私に言ってくれた言葉、今でも覚えています。『新しく回復魔法に入ったユキさんだよね?回復魔法の術式、基本に忠実で綺麗だね!増幅の魔法陣組みやすくて凄くいいよ!今時の子は基本を疎かにしちゃうからな、基本をしっかりやってるあなたは伸びるよ!』そう言って褒めてくれたんです」
「ああ、ユキちゃんが来てすぐの時だ。今もそうだけど、ユキちゃんくらい綺麗に術式書く子はそういないよ」
「タクト先輩の言う通り、私の回復魔法は成長しました。私の欠点だと思ってた所を、タクト先輩が長所に変えてくれたんです」
「そんな、大袈裟だよ。俺は思ったことを言っただけで……」
「あと、私の体って、ぽっちゃりですよね?」
いきなり体の話!?確かに痩せてはいない、ユキちゃんは。
「う、うん。まぁ、ちょーっとだけね。本当にちょーっとだけぽっちゃり」
「実はこれもコンプレックスだったんです」
「えっ!ご、ごめんなさい」
そう言うとユキちゃんは謝る俺を見て、クスクスと笑い話を続ける。
「エルフって皆細いから、どうしても自分の体型気にしちゃうんですよ。私ってコンプレックスいっぱいあるんです。エルフなのにタレ目な所、ドジなところ、すぐ泣く所、自分なんて大嫌いでした」
ユキちゃんのコンプレックスを聞いていると、俺は鷹の爪に勤めていた時のある出来事を自然と思い出してしまった。
数年前、仕事中の俺にドンさんが近寄りちょっかいをかけてくる所だ。
「おいタクト、お前ユキちゃんの事好きだろ」
俺はユキちゃんが入れてくれたお茶を思わず吹き出してしまう。
「はっ?職場の後輩ですよ?そんな訳ないでしょ」
「じゃあ嫌いなのか?」
「嫌いなはずないでしょ!あんないい子!」
思わず脊髄反射で否定してしまった俺を、ドンさんがさらにからかう。
「ほぉじゃあどこが好きなのか言ってみろ」
……。
……。
「ドンさんとタクト先輩との会話、私聞いちゃったんですよね。その時言ってくれた、私の好きな所……ミスしても頑張るところ、毎日仕事終わりに目に涙を溜めながら次の日の改善点を書いてるところ、それでも次の日は笑顔で出社してくる所、あのタレ目もいいね癒しだ、それと……」
ユキちゃんはそこまで言って顔を赤くした。
「私のこのぽっちゃりした体が好きだって……」
「き、聞いてないと思ったから!ごめん、セクハラだよね!」
失言を聞かれて焦る俺に、ユキちゃんは潤んだ瞳で言う。
「タクト先輩は、私のダメなところを、みんな好きになってくれたんです。……ありがとうございます。ダメな私を好きになってくれて。私、先輩が好きです」
ユキちゃんが一時の迷いで俺を好きだと言っている訳じゃない事は分かった。
ここで真剣に返さないのはそれこそ間違っている!
「お、俺も、ユキちゃんの事……好きだ。でもさっきも言ったように俺は付き合ってる人がいて、妻もいて、その……」
俺がそう言うと、ユキちゃんはベッドに座り頬を赤らめ言った。
「……先輩……先輩が好きな私の体、よーく見てください」
こうして俺はユキちゃんのユニークスキルを手にいれたのだった。
そして……聖槍のスキルレベルがついに上がった。
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