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キメラ(3)

 それでも、オバラは歯を食いしばる。

「今までヒイロがアタイたちを守ってくれていたんだよ! そんなヒイロを追い出したのはアタイたちだろ!」

 今のオバラにとってできることはテコイを説得すること。

 いや、説得できなくとも、ヒイロが逃げる時間が少しでもできればよかった。

 ヒイロに謝って、これできれいさっぱりこの世とお別れしようと思っていた。

 だが、断頭台に両手をかけられ自分の胸が斧で切り落とされそうとした瞬間、その死が簡単には来ないとを悟ったのである。

 恐怖が襲う。拷問の恐怖が。

 ドグスとマーカスの笑顔は、まるで面白がって虫をいたぶる子供のように無邪気である。

 この二人によるお遊びは、それは長く長く続くのだろう。

 そんなうすら寒い恐怖がオバラの背筋を凍らせた。

 震えるオバラの口からは自分の意思とは反して言葉がこぼれる。

 ……誰か助けて……

 そんな時である。

 潜水帽をかぶった上半身裸の男が、斧を振り上げる執行人を弾き飛ばしたのである。

 どこの誰だかわからない。

 だが、潜水帽の中からは聞き覚えのある声が……

 ――この声は……もしかして、ヒイロ?

 オバラは思う。

 ――アタイは、また……ヒイロに助けられたのかい……こんなアタイをまた助けてくれたのかい……

 アリエーヌに肩を抱かれ断頭台から外されたオバラは、自分の無力さを痛感していた。

 ――アタイは、ヒイロにまだ何も返せていないのに……また……あの子は……

 力なくステージにうずくまるオバラ。

 そんな時にテコイが怒鳴るのだ。

「ただでは殺さん!」と。

 はっと顔を上げたオバラの目の前で、ゴン! という音と共に転がるヒイロ。

 金属帽を揺すりながら何とか立ち上がった。

 だが、瞬間現れたテコイのボディブローがヒイロの腹に入る。

 それはテコイによる一方的な攻撃。

 ヒイロはよけることすら、いや、反応することすらできていない。

 ――このままではヒイロが殺される……

 オバラは、反射的にテコイの足にしがみついていた。


 激しさをますテコイの拳が、オバラの頭をどつきまくる。

「お前は、もう女として賞味期限切れなんだよ! オバラ!」

 ギュッと髪の毛を引っ張られたオバラの顔が反り返る。

「臭えんだよ! 腐ったような臭いを隠すためのつけた香水が鼻につくんだよ!」 

 力任せに引き抜かれるテコイの腕。

 ブチブチという音共に一掴みの髪がオバラの頭に別れを告げた。

「ギイヤァァァ」

 悲鳴を上げるオバラの額に、数本の赤き線が垂れおちる。

 だがそれでもオバラは食い下がった。

 ――逃げておくれ! ヒイロ! 逃げておくれよ……


「オイ! ゴキブリ! お前の方が臭いんだよ!」

「なんだと!」

 声がした方向を見たオバラは絶望した。

 ――何で……逃げてくれないんだよ……

 そこには金属の潜水帽をかぶった男がテコイを指さしていた。

 残る手は腰に当て偉そうに。

 ――今のアタイがアンタしてやれることは、これぐらいしかないんだよ……


 テコイもまたオバラを殴るのをやめ、声のした方向を見た。

 ――ヒイロ君……あなたは、どうするというのですか?

 テコイはうすら笑いを浮かべていた。

 そう、よくよく見ると目の前のヒイロは丸腰ではないか。

 両の手には何の武器も持っていない。

 その状態で、偉そうにテコイにケンカを吹っ掛けているのだ。

 ――ならば! さっさと片付けましょう!

 テコイが思いっきりオバラの髪ををつかみ取ると、力任せに引きはがす。

 床に転がるオバラの体。


 瞬間、テコイの体が消えた。

 いや、消えたのではない。

 正確には、いきなり加速したのだ。

 コンマ何秒の世界で、一気にトップスピードへと登り切る。

 ゴキブリの瞬発力は最速クラス!

 1秒間で自分の体の50倍もの距離が移動できるのだ。

 まして、人間大のゴキブリテコイ。

 そのトップスピードは時速300キロ!

 まさに新幹線並み!

 ほんのわずかな時間で、その最速へと到達するのだ。

 そりゃ、消えたように見えて当然!

 巻き起こる風圧が、転がるオバラを吹き飛ばした。

 ――ヒイロ!



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