グラスの初めて(1)
ドグスが何やら叫んでいた。
「あの小僧をつぶすんや! つぶしてウチに前に連れてこい!」
観客席を警備していた守備兵たちが、一気にステージの上へとなだれ込む。
その様子に会場内はざわめいた。
トラブルなのか?
いやいや、これはなにかの演出なのだろう。
だって、あの巨体の執行人が簡単に吹っ飛ぶわけないやろ!
しかもデブ二人同時って、殺陣でもない限り絶対無理だって!
そう、剣を突き出すヒイロの前では、二人の執行人が無様に尻餅をついていた。
駆けつけた衛兵たちが、ヒイロを襲う。
それをパイズリアーが受け流す。
さながらステージの上は、チャンバラ状態。
しかしこの状況、どちらが悪者かよく分からない。
観客は、金属の潜水帽をかぶった変な男を応援すべきか、ドグスの衛兵たちを応援すべきか真剣に悩んでいた。
しかし、意外に潜水帽の男は強い。
大漁旗のマントが翻るたびに、衛兵たちが面白いように吹き飛んでステージの上から落ちていくのだ。
まぁ、ヒーローショーを見ている時の定番は、大体、強い方を応援していれば当たりなのである。
観客席からパイズリアーが振りぬかれるたびに拍手喝さいが起きはじめた。
だが、衛兵たちは、次から次へと湧いてくる。
ステージの上へとつながる狭い階段は、その兵士隊によって大渋滞。
一人昇ると一人が動く。
遅々と進まぬその行軍に、しびれを切らす後詰達。
「ホラよ!」
昇った先からヒイロに叩き落されていく衛兵たち。
ところがどっこい、ステージの袖からも衛兵が流れ込んできた。
どうやら、階段を登ることをあきらめた兵士たちが、ぐるりと迂回してきたようなのだ。
ついに挟まれるヒイロ。
しかし、その顔はまだまだ余裕の様子。
だって、これでもヒイロは騎士養成学校元中等部主席の男です!
って、それは三年前の話ですけどね!
だが、そんなヒイロの目が焦りの色に変わった。
というのも、明らかに違う動きの衛兵たちの姿を見て捕らえたのだ。
なぜかヒイロに背を向ける5人の衛兵。
――なぜ、俺に襲ってこない……
その衛兵たちの先には、オバラの鎖をほどこうと必死になって何やらやっているアリエーヌの姿。
――まさか……あいつらの目的はアリエーヌか……
だが、今のアリエーヌはJ.C.ポゼッションで朱雀のコスチュームを身にまとっている。
朱雀のスピードがあれば、少々の事ではやられないはず。
と思ったら、アリエーヌの奴……鎖に噛みついているではないか。
――お前……一応……姫様だろ……
オバラの鎖の鍵が外れないからと言って、口で噛み千切ろうと必死に歯を立てているようなのだ。
ガルルルル
まるでトラ……というより、ネコ?
――そんなことで鎖が千切れるか!
ヒイロは、突っ込んだ。
なんだか懐かしい感覚……アリエーヌたちと旅をして以来、忘れていた感覚である。
だが、そのアリエーヌの様子を見たヒイロは確信した。
――アイツ……絶対周りが見えてない……
ヒイロは咄嗟に、自分の周囲に衛兵をなぎ倒す。
――あれほど、戦闘時は周りをよく観察しろと言ったのに……
ヒイロは唱える。
「クイック!」
瞬間走る激痛に、ヒイロの顔が再び歪んだ。
瞬時に動くヒイロの体が、衛兵たちの隙間を潜り抜け、アリエーヌを狙う刺客の前に立ちふさがった。
と同時に、瞬時に5人の刺客を薙ぎ払う。
そして、背にするアリエーヌを怒鳴りつけた。
「お前は何をしているんだ!」
――にゃっ?
鎖に噛みついていたアリエーヌは、まるでいたずらが見つかった猫のようにピタリと動きを止めた。
――はて、この声は……どこかで聞いたことがあるような気がするのじゃ。
それは、自分の背後の金属の潜水帽から響いていた。
「国民を守るのがお前の使命だろうが! 国民の命をおもちゃにするな!」
その言葉に、はっと振り返るアリエーヌ。
潜水帽を見上げるも薄暗く中の様子がよく見えない。
でも、この叱られ方、なんだか懐かしい。
――まるでワラワの事をずーっと見守ってくれていたあの頃のマーカスのようじゃ……
先ほどまでおどおどとしていたアリエーヌの表情が凛とした輝きを取り戻す。
「キサラ王国第七王女アリエーヌ=ヘンダーゾンの名のもとに、この私刑の執行は今すぐ中止なのじゃ!」
大きく叫ぶ。
「この者たちの身柄はワラワが預かるのじゃ!」




