ヒーロー登場!!
ドグスの目は歓喜の表情で、その一瞬を見逃すまいと丸くなる。
執行人の斧を握る手に力がこもる。
それを上目遣いでみるオバラの目は、恐怖に引きつり涙をこぼす。
「だれか……だれか……アタイを助けておくれよ……」
ボヤヤンはオバラから目を背ける。
そして、自分が掴む鎖をギュッと握りしめた。
たとえ自分の足元の床が抜け落ちたとしても、自分は決してこの鎖を離すまいと覚悟を決めたようである。
それでもたかが腕一本しか守れない。
執行人が潰す両胸と、ムツキが持つ鎖の先の腕はなくなるだろう。
何と自分は非力なのだろうか。
もう一度転移魔法を使ってオバラをどこか遠くに飛ばしたい。
だが、クビに巻かれた封魔の首飾りが魔法を阻害する。
いや、それどころか今のボヤヤンの魔法回路はズタボロ。
転移魔法など使える状態ではなかったのである。
――先に行っとるで……オバラはん……
ボヤヤンは強く歯を食いしばった。
「ちょっと待ったぁ! 満を持してヒーロー登場!」
そんな声が、会場の真ん前から響き渡った。
ちょうど観客席の真ん中にまるい地面が覗いているのが見えた。
そのぽつんと空いた空間に一人の男が偉そうに立っている。
「お前らが欲している首はここにあるぜ!」
男は、ゆっくりとステージに向かって歩みを進める。
それに伴い、ヒーローの登場シーンのように周囲の人達がよけていく。
上半身裸の体をマントに包み、光る仮面をかぶる
その姿はまるで特撮ヒーロー。
………
とは、ほど遠かった。
というのも、上半身裸の男は、破れた大漁旗に身を包み、金属製の潜水具をフルフェイスのヘルメットのようにかぶっているだけ。
しかも、そこから漂う魚の腐ったかのような強い刺激臭。
先ほどまで怒鳴り声をあげていた観客たちが、鼻をつまんで逃げ出した。
その男の周囲には誰も近寄ってこない。いや、近寄れない。
そのため、孤高のヒーローのように男はステージのまん前まで進むことができたのであった。
ステージの上からドグスは、そんな男を睨みつけた。
「大体、おまえ! 首を切れと言うといて、その金属製の潜水具は何やねん! 後生大事に首を守っとおいて、偉そうに言いなや!」
バカにするかのように怒鳴り声をあげた。
そして、さらに笑う。
「大体、自分で自分の事をヒーローっていうやつおるか? アホちゃうんか?」
だが、その瞬間、ドグスは何かに気付いたようだ。
ヒーロー?
うん?
ヒイロー?
……
ヒイロ?
「もしかして、お前、ヒイロか!」
だが、いつの間にかステージの上に登っていたヒイロ。
「遅いわ!」
その体は、ドグスが言い終わる前に、矢のように飛び出していた。
そして、唱える。
「疾駆せよ! 我が肉叢の極致の先にまで!
クイック!」
瞬間、ヒイロの顔が痛みに引きつる。
こんな初級魔法でさえも、魔法回路が焼き切れているヒイロの体には負担が大きい。
加速したヒイロの体は、グラマディの背中から大剣をさっと奪い取っていく。
駿足の勢いを込めた剣先が下段から鋭く跳ねあがる。
その白き残影が、執行人の斧を跳ね返していた。
一刹那、引き戻された剣の柄が、もう一つの斧を捉える。
はじけ飛ぶ執行人たち。
咄嗟に後ろを振り向くグラマディ。
「あっ! それは俺のパイズリア―!」
「今のお前がこの剣を振ったら、みんな死んでしまうわ! ボケぇ!」
剣を振りぬく金属製の潜水具の中から聞き覚えのあるような男の声が響く。
グラマディは思う。
――コイツ……何で……そんなことを知っているんだ……
確かに、今のグラマディは、J.C.ポゼッションによって白虎のコスチュームを身にまとっている。
ただでさえ、バカの一つ覚えのように剣を振る脳筋女だ。
そこに、白虎の力が乗算されている。
さらにその上に、パイズリア―はボインジェンヌ家に代々伝わる聖剣ときたもんだ。
単なるそのひと振りで、この会場内の観客たちがひき肉と化すこと間違いなし。




