Boys, be ambitious!(4)
だがしかし、その卑劣な提案を確かに今しようとしていた俺である。
目の前の女は、アリエーヌと比べても見劣りしないそのかわいらしさ。
だが、アリエーヌはキサラ王国のお姫様。
しかも、俺がなり替わっていたマッケンテンナ家のマーカスたんと婚約中である。
もう、俺には絶対に届かない存在なのだ。
ならば、どこの誰だかわからないが、手が届きそうな女の方がいいではないか!
なんせ、目の前の女は超かわいいのだから。
ならば卑劣な提案の一つや二つ……いや、五つぐらいしたくなるというのが男の本能というものだろう。
しかし、命は惜しい……
そんな提案をすれば、背後の5匹のペットたちに食い殺される。
「安心してください。僕は誰にも言いません! でも、本当に大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫よ。モヤシ君にそこまで心配してもらえたから、よくなったわ」
わざとらしく女は潤んだ目を手首でこする。
そのしぐさがまた可愛いのである。
だが、俺は少々安心した。
俺の秘密は、この女の秘密をしゃべらない限り安全なのである。
おそらく、女自身もそれは理解しているのだろう。
すなわち、この女が秘密をしゃべろうものなら、俺もこの女の秘密をしゃべればいいのだ。
これこそ、絶対なる秘密の鍵の持ち合いだ。
俺はカバンの中から持ってきていたミネラルウォーターが入った容器の蓋を開けて手渡した。
「これでも飲んでください。というか、これしかないんですけど……ハハハハ」
このミネラルウォーターは、元々住んでいた俺の部屋でテコイとオバラがやる事をやった後、一息入れるためにベッドサイドに必ずおいていたものである。
それを、数本拝借してきたのだ。
当然、買い出しに行っていたのは俺である……しかも、俺の金で……
という事は、そもそも、俺のものじゃないか!
「ありがとう……私、下心なしで男の人に、こんなにやさしくされたの初めてで……」
微笑む女は涙をぬぐうと、ミネラルウォーターを一口飲んだ。
「おいしい……お水が、こんなにおいしいって感じたこと無かったわ、モヤシ君、ありがとう」
女は、時計を確認すると、俺にミネラルウォーターが入った容器を押し付けて、慌てた様子で階段を降りていった。
そして、帰り支度を整えると、俺に一枚の紙を手渡してきた。
「今日の7時、マッケンテンナ家で私コンサートするの、よかったら見にきて!」
そう言い終わるや否や、勝手口から飛び出していった。
おそらく、時間が押しているのだろう。
間に合えばいいのだが……
などと思いながら、俺は女がくれた紙に目を落す。
紙にはこう書かれていた。
『緊急開催決定!
ズッコン! バッコン!
あなたの心を血祭りに!
イーヤ=ミーナによる断頭執行コンサート!
マッケンテンナ家で今夜7時!
観覧無料!
ただし、感染症対策のため入場前に血液検査を行います』
って言うか……イーヤ=ミーナって誰?
というか、マッケンテンナ家で断頭執行コンサートって、オバラやボヤヤン、ムツキの事ですよね……
あの三人のいずれかの首を飛ばすのをショーとして見世物にするという事なんでしょうか。
たしかに、あのマッケンテンナ家のドグスならやりかねない。
という事は、オバラがそのショーで自分の首を差し出すのか……
俺は、そう思うと、少々いても立っても居られない気持なった。
しかし、とはいってもオバラである。
自分を追い出したパーティの女である。
いくら、今日の朝、心を入れ替えたと言っても、信じることはできない。
でも……
頭の中が、ぐるぐると混乱する。
そんな俺の足を誰かが引っ張った。
足に目をやると、レッドスライムがズボンを掴んでいた。
そして、その頭の上には、何かのっている。
おれは、その何かを掴みあげた。
それは、安産祈願のお守り。
一体誰の?
そのお守りは、まだ新しい。
この倉庫を以前使っていた人の物ではないのだろう。
という事は、先ほどの女のものに違いない。
俺は思った。
時間に遅れると思って慌てていたから、きっと誰かにプレゼントするために買っていたものを落していったんだな……
仕方ない、届けてやるか……
俺は、内心、ホッとしていた。
これで、マッケンテンナ家に行く理由ができたのだ。
お守りを届けると言う理由。
決して、オバラの事を思っていくわけではないのだ!
しかし、このお守りを誰に届ければいいのだろうか……
俺は、あの女の名前聞くの忘れていた。
というか……
1,000ゼニーもらうのを忘れていた……
これは一大事!
ということで、マッケンテンナ家のコンサートに行ってやろうではないか!
なんども言うが、決してオバラのためではないぞ!
そして、あの女の忘れ物を届けるわけではないぞ!
俺は、倉庫を貸した代金を回収しに行くだけだ!
ただ、それだけだ!
俺は、心を落ち着けるために飲みかけのミネラルウォーターをグイっと飲み干した。
間接キスから生じたものかどうかは分からないが、高揚する俺の心。
レッドスライムたちが白けた目で見ていたことなど知りもしない俺は、代金回収という大きな志を抱いて、倉庫の勝手口を勢い良く開けた。
「さあ! 行こう!」




