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【アニメーションMV有】最弱アイテム士は世界を科学する〜最弱の職業と呼ばれ誰にも期待されなかったけれど、気づけば現代知識で異世界の常識を変え無双していました〜  作者: 東雲 寛則
第2章 ヴァルハラ帝国編

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96話 矜持

挿絵(By みてみん)

 千夏は依然としてゴルビンを睨みつけていた。その目には大粒の涙が溜まり、小さな拳は震えている。

 デミットはその様子を穏やかな表情で観察していた。まるで軍師が、戦いの行く末を見守るが如く。


「いくら用意すればいい?」

 涼介の声が、静かに響いた。図らずも遥斗のことを言い当てられ、冷静さを取り戻したようだった。

 しかし、その瞳の奥には消えない炎が燻っていた。強くなりたいという意思は、曲がらない。いや、曲げられない。


「金って何かわかるか?」

 突如として投げかけられたゴルビンの質問に、部屋の空気が変わる。

 美咲は必死に質問の意図を理解しようと思考を巡らせた。

(命?人生?価値観?社会理念?それとも...)

 しかし、答えは見つからない。


「じゃあ、言い換えよう」

 ゴルビンの声が、暖かみのあるランプの光の中で広がる。


「商人にとって最も大事なものは分かるか?」


 その問いは、美咲をさらなる混乱に陥れた。商人にとって大切なもの。それは利益?野心?

「それが何なんだよ!」

 千夏の怒号が響き渡る。

「結局金なんだろ!いくらだよ!」

 彼女の声は、怒りと焦りで震えていた。


「デミット」

 ゴルビンは、静かに息子に目を向けた。

「分かるか?」

「はい」

 デミットは穏やかに微笑む。

「それは『信用』です」


 その言葉は、まるで雷撃のように美咲の心を貫いた。

(そうか...!)

 お金とは、突き詰めれば国家が保証した通貨に過ぎない。人々がそれに価値があると信じることで初めて成立する、共通の価値。つまりその本質は、信用なのだ。

 そして商取引において、信用は絶対的な存在。安全保障に関わる物を渡すということは、それだけの「信用」を示せということなのだ。


「お前ら」

 ゴルビンの声が低く響く。

「王国にスタンピードが訪れた時ドコにいた?王国が今だ危機に瀕しているというのに、何故ココにいる?」

 その言葉は、まるで刃物のように鋭く突き刺さった。美咲はもはや杖を握りしめ、唇を噛むことしかできない。あれほど威勢のよかった千夏も、涙を溜めながら睨むことしかできなかった。


 しかしー

 涼介だけは違った。

「それで?いくら用意すればいい?」

 その態度は、相変わらず不遜なままだった。


「ぶわっはっはっ!」

 突如として、ゴルビンが大きな声で笑い出す。

「お前その年でその態度、なんなんだ」

 その横では、デミットもクスクスと笑いを漏らしている。

 あまりの展開に、美咲は目を丸くした。


「いいな、お前」

 ゴルビンの声には、明らかな好意が滲んでいた。

「そうだ、商人は自分の信念を殺されても曲げない。戦いに命を懸けるのが戦士なら、商談に命を懸けるのが商人だ」

「いや、お見事です」デミットも嬉しそうに続ける。

「勇者にしておくには惜しいですね」


 美咲は涼介の横顔を、羨望の眼差しで見つめていた。自分は言い負かされることしかできなかったのに、涼介は最後まで互角に戦っていたのだ。

「じゃあ、具体的な話をしよう」

 ゴルビンの声が真剣味を帯びる。

「俺らは優秀な武器が必要だ。モンスターの脅威、闇の侵略、他国からの脅威、これらを敵に回して自治権を獲得するためにはな」


 至極まっとうな論理だった。美咲は真剣に聞き入る。

「つまりその軍事力を落とさない代替案が必要だ。例えばそれ以上の戦力を手に入れるか、後ろ盾となる何か、とかなだな」

「つまり」涼介が静かに言葉を紡ぐ。

「もし俺たちがお前らの武器を手に入れたなら、お前たちのために働け、と」


「そうだ」

 ゴルビンは力強く頷く。

「ずっと居ろ、という訳じゃねぇ。この国の危機には必ず力を貸すということだ。だから信用が必要だ」

 彼は立ち上がり、涼介を真っすぐに見据えた。

「そしてそれが可能である、という力の証明をして見せろ!」


 涼介は、その眼差しをまっすぐに受け止める。

「わかった。数日待て。必ず納得のいく答えを用意してやる」

 そう言い残すと、彼は颯爽と部屋を後にした。

「ちょ、ちょっと待ってよー」

 千夏が慌てて後を追う。


「貴重なお話、ありがとうございました」

 美咲は深々と頭を下げる。

「いや」ゴルビンは満足げに微笑んだ。「久しぶりに面白いものを見た」

 そう言いながら、彼はエドガー王の紹介状を美咲に返す。

「デミット、手伝ってやれ」

「は、お任せを」


「一緒に参りましょう」

 ゴルビンの部屋を出た直後、デミットが自然な流れで寄り添うように歩き出した。

「あ、よろしくお願いします」

 美咲は丁寧に返事をする。重厚な廊下を歩きながら、彼女はデミットの立ち振る舞いの優雅さに目を奪われていた。まるで宮廷で育った貴族のような洗練された佇まいだ。

 石造りの階段を降りていくと、1階の玄関ホールで涼介と千夏が待っていた。大理石の床に、二人の影が長く伸びている。


「遅いぞ美咲」

 涼介の声には、いつもの調子が戻っていた。

「ごめんなさい」


「あれ?さっきの人じゃん。付いてきたの?」

 千夏は好奇心旺盛な子猫のように、デミットの周りをクルクルと回りながら話しかける。その仕草は、先ほどまでの緊張感がカケラも無かった。


「はい、皆様をお手伝いするようにと、父から仰せつかっておりますので」

 デミットは相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

「超いらねー」

 千夏の言葉があまりにも無遠慮で、美咲は思わず額に手を当てた。

「千夏!失礼じゃない」


 夜の街の喧騒が、ガラス窓越しに漏れ聞こえてくる。

「それでどうするの涼介?」

 美咲が尋ねる。今のところ、彼らには具体的な方針が見えていない。


「その男が何か知っているんだろう」

 涼介は、まっすぐにデミットを見据えながら言った。

 デミットは終始笑みを絶やさないものの、その表情からは真意を読み取ることができない。まるで能面のような、完璧な笑顔。

「ええ、少々私に考えがございます」

 その言葉には、何か含みがありそうだった。


「では仲間と先に合流させていただいてもよろしいでしょうか?」

 美咲が提案する。時刻はかなり遅くなっていた。約束の時間をとうに過ぎている。大輔とさくらは、待ち合わせ場所で心配しているに違いない。

「勿論ですとも」

 デミットは優雅に頷く。

「こちらもその方が都合がよろしいので」

 軽くお辞儀をする姿は、無駄のない動きで洗練されている。


「では行くぞ」

 涼介の声を合図に、一行は玄関を出た。

 アルマグラードの夜は、まるでお祭りのような活気に満ちていた。

 通りには無数のランプが灯され、まるで星空のように輝いている。商人たちは昼と変わらぬ熱気で商談を続け、行き交う人々の喧噪が街を埋め尽くしている。

 美咲たちは、その中を足早に歩き去るのだった。

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