94話 武器ギルドの主
武器ギルドの建物は、白亜の壁に金箔で施された装飾が施され、まるで小さな宮殿のように街並みの中でひときわ存在感を放っていた。
3階建ての建物は、重厚な赤レンガの土台の上に優美な曲線を描くように建てられ、大きな窓からは陽光が差し込んでいる。
「これが、武器ギルド...」
美咲は思わず息を呑んだ。
玄関を潜ると、そこには予想以上の活気が満ちていた。武器こそ置かれていないものの、書類を抱えた職員たちが忙しく行き交い、商談をする者たち、報告書を作成する者たち、それぞれが慌ただしく動いている。
大理石の床には靴音が響き、天井まで届く窓からの光が明るく室内を照らしていた。
(私たちみたいな、冒険者まがいの人間が来ていい場所なのかしら...)
美咲が躊躇していると、一人の職員が颯爽と近づいてきた。黒と金の制服は門番と同じデザインだが、より優美な装飾が施されている。
「冒険者パーティのお方とお見受けいたします。どういったご用件でしょうか?」
丁寧な物腰に、美咲は少し安堵する。
「この国で1番の武器屋を紹介してもらいたい」
涼介の言葉は率直だった。
職員は三人を上から下まで観察する。その眼差しには軽蔑の色はなく、純粋な観察の意図しか感じられない。
「どなたかの紹介状などお持ちでしょうか?」
美咲は少し不審に思いながらも、エドガー王からの紹介状を取り出した。
「これは...」
アストラリア王国の紋章を見た瞬間、職員の目が大きく見開かれる
慎重に紹介状を確認した職員は、より丁寧な態度で語りかけてきた。
「私では判断いたしかねますので、この国の代表であるギルド長に、この手紙を見ていただいてよろしいでしょうか」
「どうする?」
千夏が涼介に確認するように問いかける。
「構わない、よろしく頼む」
(本当にいいの...?)
美咲は不安を感じたが、より良い方法が思いつかず、言葉を飲み込んだ。
「こちらへどうぞ」
案内された応接室は、落ち着いた雰囲気の部屋だった。深い緑色の壁紙に、重厚な木製の家具。窓からは街の喧騒が遠くに聞こえる。
「ここでお待ちを」
扉が静かに閉められる。
「大丈夫かな?」
美咲が不安げに呟く。
「涼介が決めたことなら大丈夫っしょっ」
千夏は相変わらず楽観的だ。
涼介は既にソファに深々と腰掛け、足を組んでくつろいでいた。その余裕の態度に、美咲は少し呆れる。
緊張を紛らわすように、テーブルに用意された飲み物に手を伸ばす。香り高い蒸し茶のような温かい飲み物だった。一口含むと、甘みのある香りが口の中に広がり、その後に微かな渋みが続く。今まで飲んだことのない、不思議な味わいだった。
(なんて心地よい飲み物...体の芯まで温まるわ)
「美咲、それ美味しい?」
千夏が興味深そうに覗き込む。
「ええ、とても。試してみたら?」
「わぁ!本当に美味しい!」
千夏の声が部屋に響く。
その時、扉がノックされ、先ほどの職員が戻ってきた。
「ゴルビン様の準備が整いました。こちらへ」
3階へと案内された美咲たちの目の前に、広大な会議室が広がっていた。
深い赤の絨毯が敷き詰められた床には、黒檀の円卓が置かれ、その周りには重厚な椅子が並んでいた。壁には世界地図や武具のスケッチ画が飾られ、それぞれに詳細な書き込みがされている。部屋の隅々まで計算された配置は、この場所が重要な商談の場であることを物語っていた。
(これが武器ギルドの会議室...)
美咲は息を呑む。数十人が一度に会議できるその空間は、権力と富が凝縮されたような雰囲気を漂わせていた。
そして、円卓の一角に一人の男が座っていた。
「まあ、座れよ、遠い世界からきた友人たちよ」
低く響くような声音。美咲は思わずその存在感に圧倒される。
スキンヘッドに口髭を蓄えた大柄な男は、浅黒い肌に深い皺を刻んでいた。
その体格は商人というより歴戦の戦士で、上質な衣服の下からでも筋肉の隆起が窺える。しかし、その眼差しには商人特有の鋭さがあった。
(この人が...ノヴァテラ連邦の代表...)
ゴルビン・ラスコーリ。その佇まいからは、純粋な商人以上のものを感じる。商人であり戦士であり、そして指導者でもある、不思議な存在感だった。
机の上には先ほどの紹介状が広げられており、ゴルビンの大きな手がその上に置かれていた。彼の口元には、何か面白いものでも見つけたかのような笑みが浮かんでいる。
美咲たちは緊張と期待が入り混じった感情を抱きながら、示された席に着いた。
涼介は椅子に深く腰掛けると、ゴルビンを見据えて言った。
「俺たちの事は理解してもらっているようだな」
「ああ」
ゴルビンは手紙を軽く掲げ、
「手紙に書いてあった」
美咲は以前から気になっていた事を、尋ねずにはいられなかった。
「失礼ですが、その手紙には何と書いてあるのですか?」
ゴルビンの眉が不機嫌そうに動く。その一瞬の表情の変化に、美咲は思わず身を縮めた。
「おい、なんだ知らねぇのか?」
「は、はい...すみません」
ゴルビンの威圧的な態度に、美咲は椅子に深く座り直しながら、謝罪の言葉を絞り出す。その姿は、まるで小動物のようだった。
「父上、勇者様方に失礼ですよ」
突然、優しい声が響いた。
美咲が顔を上げると、そこには一人の若い男性が立っていた。
浅黒い肌は同じだが、その表情には柔和な温かみがある。整った顔立ちは、どこか異国の王子を思わせるような気品を漂わせていた。
「私はデミット・ラスコーリ。ゴルビン・ラスコーリの長男でございます」
朗らかな声音と穏やかな笑顔に、部屋の緊張が少しほぐれる。デミットは手紙を手に取ると、丁寧な口調で説明を始めた。
「こちらの手紙にはこう書かれていました」
彼は一度深く息を吸い、厳かな様子で読み上げる。
『この手紙を持ちし者、異世界から召喚されし勇者なり。闇を打ち払うため修練の旅をしている。この手紙を見たものはエドガー・ファーンウッド・ルミナス三世の名において助力を乞う。この者達に最大限の配慮を。対価が必要ならアストラリア王国に申し出る事を許可する。ここに在るのは世界を救う光なり』
その言葉を聞いて、美咲は胸が熱くなるのを感じた。王は私たちをそこまで信頼してくれていたのか。その思いに、目頭が熱くなる。
「で、お前さんらは俺に何して欲しいんだぃ」
ゴルビンが机に肘をつきながら、不遜な態度で続けた。
「まぁ王国とは同盟を結んでるからなぁ。出来る限り聞いてやる」
その上から目線の物言いに、涼介の表情が険しくなる。
「そんなに大した事じゃない。この国で1番良い武器を手に入れたいだけだ」
彼もまた、挑戦的な口調で返す。高圧的な態度には自動的に反発するのが涼介だった。
(もう、涼介ったら...)
美咲は心の中でため息をつく。一方の千夏は、権力に屈しない涼介の姿に目をハートマークにして見つめていた。
「なるほどね、通りで俺が呼ばれる訳だ」
ゴルビンは腕を組み、さらに挑発的な態度を強める。涼介の言葉にデミットも困ったような表情を浮かべる。
美咲には分からなかった。何故、目の前の2人がこうも勿体付けるのかを。
「そりゃ無理だな」
ゴルビンの言葉が、更に挑発的に投げかけられる。
会議室の空気が、一気に張り詰めた。




