91話 アンデッド無限増殖術
会合が終わり、エリアナたちが出立の準備を始める中、アディラウスも帰路につこうとしていた。
「あの、アディラウスさん」
遥斗の声が、彼の足を止める。
「ちょっとよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも、遥斗殿」
アディラウスの表情は、にこやかだった。
遥斗は周囲を確認してから、静かに口を開く。
「あの鎧...デュラハン・ナイトメアでしたっけ。なぜあれだけのアンデッドが都市内に侵入できたのでしょうか?結界魔法も張られているはずなのに」
その質問に、アディラウスの表情が曇る。彼の顔には、深い陰が刻まれていた。
「まだ調査中なのですが...侵入した訳ではないようです」
アディラウスの声が静かに響く。
「ま、まさか...」
その意味をとっさに理解し、遥斗の瞳が驚愕の色を帯びる。
「おそらく遥斗殿の推察通り」
アディラウスの声は、さらに重みを増す。
「魔道具として持ち込まれたのではないかと考えております」
彼は言葉を選びながら、慎重に説明を続ける。
「もちろん、いきなりアンデッドが持ち込まれれば誰にでも分かります。しかし、魔力を宿した鎧として魔道具保管施設に運ばれ...」
「周囲の魔道具の魔力で活性化した...」
遥斗が言葉を継ぐ。
「はい。そしてデュラハン・ナイトメアには、2つの特殊能力がありました」
「武器装備と...」
「アンデッドの使役...」
二人の声が重なる。
アディラウスが静かに頷く。
「施設にある魔道具の魔力で力をつけ、施設にある魔道具で自身をパワーアップ。その力でアンデッドを使役する」
彼の声が、さらに沈む。
「使役されたアンデッドは施設に住民を連れ去り、新たなアンデッドを生み出す。こうして都市内でアンデッドが際限なく増えていく...」
遥斗の背筋が凍る。
たった一つの鎧が侵入するだけで、アンデッドが都市内で無限増殖する。
その恐ろしさに、言葉を失う。
しかし、遥斗の表情には別の陰が浮かんでいた。
「いかがしましたか?」
アディラウスの声に、遥斗は一瞬躊躇う。
「いくらなんでも...出来すぎじゃないですか?」
「出来すぎ...とは?」
アディラウスの目が、僅かに細まる。遥斗の頭の中で、様々な思考が巡る。
(誰かの意図を感じる...でも、誰が?)
(ヴァルハラ帝国が被害を受けて得をするのは...アストラリア王国?)
(いや、今の王国にそんな余裕はない。それに帝国だって当然警戒している)
(無理な話だ...)
(アディラウスさんも当然分かっているはず。でも、もしかして、その確認のために...)
「いえ」
遥斗は軽く首を振る。
「考えすぎだったようです」
作り笑いを浮かべる遥斗に、アディラウスも同じように愛想笑いを返す。
その表情の裏で、二人は同じことを考えていた。
誰かが、この2国間の対立を利用しようとしているのではないか。
「それでは、旅のご武運を」
アディラウスの声が、2人の静寂を破る。
「はい、ありがとうございました」
遥斗の返事に、深い意味が込められているのは、2人にしか分からなかった。
こうして帝国騎士は宿屋を後にした。
荷物を馬車に積み込む最中、一組の親子と老婦人がその様子を伺っていた。
「アストラリア王国の騎士様はこちらでしょうか?」
ガイラスが一歩前に出る。
「はい、そうですが...どちらさまかな?」
その声は紳士的だったが、背中の巨大なバスターソードには常に手が届く位置を保っていた。
警戒心を察したのか、小さな少女は父親の後ろに身を隠してしまう。
「昨晩、私どもはダスクブリッジ家の騎士様に命を救っていただいたものです」
老婦人が、ゆっくりと説明を始める。
「マーガスに?」
ガイラスの声には、明らかな驚きが混じっていた。
「これはレディ、このようなむさ苦しいところ、どうされましたか?」
突如として現れたマーガスの声が、芝居がかった調子で響く。
「騎士様!」
少女が父親の後ろから飛び出し、満面の笑みを浮かべる。
「おお!魔道具屋の店員の少女ではないか!」
マーガスの声が明るく響く。
「お父上は息災かな?」
「はい、おかげさまで」
隣に立つ父親が深々と頭を下げる。
その男性はミストレイスに操られ、少女を襲っているところをマーガスに鉄の糸で絡めとられた暴漢だった。
「娘を失わずに済みました。あなた様のおかげです」
「私もどうしても感謝の気持ちを...」
老婦人も同じように頭を下げる。
「どうか頭をお上げください」
マーガスの声が、いつになく意気揚々と響く。
「このアストラリア王国、ダスクブリッジ家次期当主、マーガス・ダスクブリッジ、騎士として当然のことをしたまでですよ」
「なんとご立派な...このような騎士様がおられるとは!」
老婦人の目に、涙が光る。
「騎士様、これを!」
少女が小さな花束を差し出す。
「これは?」
「『金剛花』という錬金で使われる希少な植物です」
父親が説明する。
「この子がどうしてもお礼がしたいと、今朝はやくに採取してきたものです」
「そうか...有難く受け取らせていただこう」
マーガスの声には、珍しく優しさが滲んでいた。
「えへへ」
少女が頬を染める。
「それでは皆様、またお会いできることを楽しみにしております」
マーガスは騎士然とした仕草で馬車に乗り込む。
「態度だけなら王国一の騎士ね」
エレナが、からかうような口調で言う。
「なに、すぐに王国一の騎士になってみせるさ」
白い金剛花の匂いをゆっくりと堪能しながら語る。
マーガスの声には、あり得ない程の自信が込められていた。
エレナとトムは呆れたように首を振る。
帝都に向けて走り出した二台の馬車を、マーガスに救われた親子と老婦人は見送り続ける。
その姿は、まるで昨夜の悪夢が嘘のように穏やかだった。




