86話 デュラハン・ナイトメア(4)
遥斗はデュラハン・ナイトメアの戦いを見つめながら、頭上の大蝙蝠を睨む。
(グリフォンガードなら、あの大蝙蝠を倒せるかもしれない...)
しかし、その考えは即座に打ち消される。
眼前では凄まじい戦いが繰り広げられていた。
マーガスの剣が閃く。
「はぁっ!」
銀の刃が、デュラハン・ナイトメアの腕を狙う。
だが、レクイエムを逆手に持ち替え、瞬時にガードし弾き返す。
「破っ!」
アディラウスがその隙を突く。無数の斬撃を繰り出すが、ソウルリーヴァーがすべてを受け止め、その攻撃を封じ込める。
「グォォォ!」
グリフォンガードの鋭い爪で引き裂こうとするが、もう1本のレクイエムが完璧に防ぎきる。
さらにEフォートレスを押し付け死角を作り、レクイエムで首を切断しようとするが、間一髪のけぞり斬撃を躱す。
しかし、そのままの勢いで回転し、今度はマーガスの胴を狙う。
マーガスは「加速のポーション」でスピードだけではなく、思考速度や動体視力も上昇している。
何とか太刀筋を見切ることが出来ていたおかげで、銀の剣でその攻撃を受け止めた。
しかし衝撃で後方に吹き飛ばされる。
地面に衝突し一瞬目を閉じてしまったマーガス。空中に舞い上がったデュラハン・ナイトメアのソウルリーヴァーが狙いを定めていた。
いち早く危険を察知したアディラウスが、マーガスを蹴り飛ばし攻撃の範囲から脱出させる。
その勢いを利用して体制を立て直すマーガス。
アディラウスも蹴った反動を利用して、ソウルリーヴァーの射程より外に退避する。
遥斗は息を呑む。
目の前で繰り広げられる戦いは、もはや人智を超えた領域にあった。
マーガスが右上段から斬りかかると同時に、アディラウスが下段から突きを繰り出す。
完璧な連携。しかし、デュラハン・ナイトメアの四本の腕は、それさえも想定内であるかのように対応する。
グリフォンガードの爪が閃くも、それはEフォートレスに阻まれ、即座にソウルリーヴァーの反撃に晒される。
(今の状況は...ギリギリのバランスで保たれている)
遥斗は歯噛みする。
(もしグリフォンガードが抜ければ、一瞬でバランスは崩れる。2人は...生きてはいないだろう)
しかし、遥斗は自分がグリフォンガードの代わりになれないことも痛いほど理解していた。
決意が固まる。
(やっぱり僕がやるしかない!)
魔力銃を構える両手に力が入る。
「ファイア!」
今度は意図的に的を散らして四連射。ランダムショットで大蝙蝠を追い詰めようとする。
しかし、それすらも完璧に回避される。
「くそっ!」
遥斗は再び魔力銃に弾を込める。
(何とか動きを止めないと...!)
左手の握りこぶしを大蝙蝠に向ける。
中指には、遥斗には似つかわしくない装飾品―ルシウスから預かった「ジンの指輪」が輝いていた。
エメラルドの宝石が埋め込まれたその指輪に、遥斗は魔力を注ぎ込む。
赤い光がエメラルドから漏れ出す。
遥斗は空気の流れをイメージする。頭の中で竜巻の形が結ばれていく。
大蝙蝠の周囲の空気が、ゆっくりと回転を始める。
その速度は徐々に上がり、次第に目に見える竜巻となっていく。
「今だ!」
遥斗は魔力銃を連射する。
しかし、大蝙蝠の動きは止まらない。
(そうか...!翼で飛んでいるんじゃない。周囲の空気を魔力で捕まえて噴射している...)
その推進力は、通常の生物とは比べ物にならなかった。
「だめだ、他の方法を...」
遥斗が再び眼前の戦いを見た時、彼の心臓は凍りついた。
血まみれになりながら戦うマーガスとアディラウス。
その動きは既に限界を超え、意識が朦朧としながらも死に物狂いで剣を振るっていた。
グリフォンガードの状態はさらに深刻だった。
両翼を切断されながらも、主人を守ろうと狂ったように戦い続けている。
その光景に、遥斗の心が締め付けられる。
(だめだ!このままじゃ...!)
デュラハン・ナイトメアの放つ斬撃の一撃一撃が、確実に彼らの命を削っていく。
(だめだ!だめだ!だめだ!)
遥斗の心に怒りが渦巻く。目の前で友人たちが血を流し、傷つき、そして命を削られていく。
その光景に、遥斗の理性が揺らぐ。
(させない!させない!させない!)
怒りは、無力な自分自身へと向けられる。
ただ見ているしかできない。ただ助けを求めるしかできない。
そんな自分への憤怒が、心を焦がしていく。
(許さない!許さない!許さない!)
遥斗の怒りは、この不条理な状況そのものに向けられていた。
遥斗の心は静かに、深く、そしてゆっくりと沈んでいった。
茶色がかった遥斗の瞳が、漆黒へと染まっていく。
その瞳には、もはや迷いの色は微塵も残っていなかった。
遥斗は無言で魔力銃に弾を込める。
そして再び、ルシウスから預かった「ジンの指輪」を大蝙蝠に向ける。
「キキキキ」
大蝙蝠が、まるで遥斗の行動を嘲笑うかのように鳴く。
しかし、遥斗の表情は変わらない。
ジンの指輪が魔力を帯び、不気味な光を放つ。
その瞬間―
「キィ!?」
大蝙蝠が突如として、地面へと真っ逆さまに落下を始める。
何が起きたのか状況を把握しようとする大蝙蝠。
しかし、その胴体には既に三つの穴が空いていた。
魔力銃から立ち上る紫煙が、月明かりに照らされて幻想的な光景を作り出す。
大蝙蝠は何が起きたのかを理解する間もなく、光の粒子となって夜風に消えていった。
「真空では飛べないの知らないかな?」
遥斗の呟きが、静かに夜に溶けていく。
彼はジンの指輪で風を操作したのではなかった。
空気そのものを操り、大蝙蝠の直下に真空地帯を作り出したのだ。
飛行不能に陥った瞬間を狙っての、完璧な狙撃だった。
その時、強烈な敵意が込められた視線を感じ、遥斗は振り返る。
「頭が無いのに器用だね」
軽口を叩く遥斗の目の前には、デュラハン・ナイトメアが佇んでいた。
その漆黒の鎧からは、これまでとは比べものにならない殺気が放たれている。
まるで深淵そのものが具現化したかのような、底知れぬ闇の気配。
月光の下、遥斗とデュラハン・ナイトメアが対峙する。
決着の刻は迫っていた。




