85話 デュラハン・ナイトメア(3)
アディラウスの体を包んでいた青白い光が、力を失い消えていく。
ファストアクセルの効果が切れたのだ。
「ファストアクセル!」
試すように詠唱するも、予想通り魔法は発動しない。
「やはりダメか...覚悟を決めねばならんな」
アディラウスの呟きには、重い決意が滲んでいた。
絶望が戦場を支配していく中、遥斗の思考だけは加速を続けていた。
(魔法とスキルは使えない。でも、グリフォンガードの魔力攻撃は?アイテムの使用は?)
遥斗は自身のマジックバックの中身を頭の中で確認する。
(加速のポーションがあと2本...ここで使った方がいいの?でも、もし効果がなかったら...)
デュラハン・ナイトメアが再び剣を構える。
漆黒の鎧から放たれる剣気が、まるで実体を持つかのように膨れ上がっていく。
「この構え...!」
マーガスの声に驚愕が見える。
「ザシュッッッ!」
デュラハン・ナイトメアの放つ斬撃が、音声なき言葉で雄弁に死を語る。
「そんな...スキルが使えるなんて!」
遥斗の驚愕の声が響く。それを認識は出来たが、あまりに遅かった。
閃光が走る。
十字を描く斬撃が、音速にも匹敵する速度で襲いかかってくる。
全員が反射的に回避行動を取る。しかし、その速度は人知を超えていた。
「ぐわっ!」
アディラウスの左腕が、まるで紙を切るように両断される。
「熱っ!」
遥斗の右足も、足首から下が消し飛んでいた。その感覚は痛みというよりも、焼けた鉄を押し付けられたような錯覚を伴うものだった。
(このままじゃまずい...動けなくなる!)
遥斗は咄嗟にマジックバックから上級HP回復ポーションを取り出す。
(頼む、効いてくれ!)
祈るような思いでポーションを飲み干す。
すると、焼けるような感覚が消え失せ、切断された右足が光の粒子となって再生していく。
(やった!アイテムは使える!)
遥斗の目が光る。
(そうか、魔道具もアイテムの一種だから結界の影響を受けないんだ。なら、魔力銃は使えるはず)
同時に不吉な閃きが、遥斗の脳裏を走る。
(やられた...!奴の武器は全て魔道具だ!この状況下で全く戦力が落ちていない)
思考を巡らせながらも、遥斗は即座に次の行動に移る。
上級HP回復ポーションと加速のポーションを手に、アディラウスの元へと駆け出す。
その動きを見逃さず、デュラハン・ナイトメアが遥斗に疾駆する。その姿は、命を刈り取る悪魔の影そのものだった。
しかし―
「グォォォォ!」
轟音と共に、グリフォンガードが立ちはだかる。
鋭い爪が閃くも、それはラージシールドに阻まれる。
「はぁっ!」
グリフォンガードの背後からマーガスの剣が閃く。しかし、その一撃もレクイエムによって易々と弾かれる。
だが、その僅かな時間で遥斗はアディラウスの元に辿り着いていた。
上級HP回復ポーションが光を放ち、切断された左腕が再生される。
「これを!」
遥斗は加速のポーションを差し出す。
「これは?」
「加速のポーションです。マーガスにも渡してください!」
アディラウスは一瞬で遥斗の意図を理解し、静かに頷く。
彼はポーションを受け取ると、一気に飲み干す。
光に包まれたアディラウスは、沸き上がる力を感じていた。
そして躊躇なくデュラハン・ナイトメアへと突進する。
その速度は、先ほどのファストアクセル以上だった。
アディラウスがマーガスとグリフォンガードの戦線に合流する。
その剣筋には、以前にも増して鋭さが宿っていた。
「はぁはぁ...大丈夫ですか!」
激しい息遣いと共にマーガスが声をかける。わずか数十秒の戦いで、既に何度も死線を潜り抜けてきた証だった。
「ああ、遥斗殿のおかげだ!」
アディラウスの返答に、マーガスの胸に温かいものが広がる。
かつては"特別扱いの異世界人"としか見ていなかった遥斗への感情が、確かな信頼へと変化していくのを感じていた。
「マーガス殿!これを」
アディラウスが加速のポーションを差し出す。
「遥斗殿からです!」
その言葉と共に、アディラウスが再びデュラハン・ナイトメアへと斬りかかる。
マーガスは躊躇なくポーションを飲み干す。すると、体中に力が湧き上がってくるのを感じた。
(あのやろう...粋なことを...)
思わず口元が緩む。遥斗の気遣いが、確かに心に響いていた。
アディラウスの攻撃に呼応するように、マーガスも切り込んでいく。
二人の繰り出す剣撃は、もはや目で追えないほどの速さだった。
しかし―
デュラハン・ナイトメアは一歩も動かない。四本の腕が舞い、全ての攻撃を完璧に受け止めていく。
ソウルリーヴァーが輝き、そこから放つ無数の突きが、スコールのように降り注ぐ。
その一撃一撃が、致命傷となりうる威力を秘めていた。
2人を救うために後方からのグリフォンガードが飛び掛かる。が、それもEフォートレスによって易々と防がれる。
(状況はまるで良くなっていない...)
遥斗は冷静に分析する。
(僕達は紙一重で生き延びているに過ぎない)
魔力銃をリロードしながら、遥斗は頭上の大蝙蝠を睨みつける。
(あの鎧のダークレゾナンスを増幅し、拡散しているのはアイツだ。アレさえ打ち落とせれば...!)
かなりの距離があったが、遥斗は迷わず魔力銃を四連射する。
しかし、命中を確信した瞬間、大蝙蝠は優雅に回避していた。
(そうか...蝙蝠は超音波で周囲を把握している。こいつも360度の視界を持っているってことか)
その完璧な防御に、遥斗は一瞬たじろぐ。
しかし、諦める気は毛頭なかった。
目の前で必死に戦う仲間たちの姿が、彼の覚悟を支えていた。
「リロード...」
静かに呟きながら、遥斗は再び弾を込めていく。
その瞳には、決して消えることのない闘志が宿っていた。




