84話 デュラハン・ナイトメア(2)
漆黒の鎧が月光を浴びて不気味な輝きを放つ中、デュラハン・ナイトメアが改めて構えを取る。
「このままじゃ...」
遥斗の声が暗く響く。受けに回れば確実にジリ貧。それは先ほどの一合で、身に染みるほど理解していた。
「一斉に攻撃するしかない!」
アディラウスの怒声が皆を奮い立たせる。
「距離を取って!グリフォンガードと行くぞ!」
「了解!」
「承知!」
遥斗とマーガスが即座に反応する。グリフォンガードも魔力を蓄え始める。
「グォォォ!」
「チャージショット!」
「ファイア!」
三者三様の攻撃が、デュラハン・ナイトメアを包囲するように放たれる。
しかし―
「なっ!」
マーガスの驚愕の声が響く。
重厚なフルプレートアーマーが、信じがたいほど軽やかに宙を舞い、全ての攻撃を避けていく。
そして、異形の騎士は、自らを軸に高速回転しながら遥斗の真上へと舞い降りる。
(来る!)
遥斗の直感が全力で警鐘を鳴らす。
2本の腕が、遠心力を最大限に活かしながら剣を振るう。その軌道は、まさに死神の鎌のように容赦がなかった。
ガキィィン!
轟音と共に火花が散る。
アディラウスとマーガスの剣が、間一髪で致命の一撃を受け止めていた。
(今だ!)
遥斗の目が鋭く光る。
「ポップ!」
デュラハン・ナイトメアの胴に、中級MP回復ポーション生成が直撃する。
首が無いはずの存在から、驚愕の気配が漏れる。不可解なダメージに、猫が水を掛けられたかのように素早く後方へ跳躍した。
「何が起きた?」
アディラウスの声には困惑が滲む。デュラハン・ナイトメアの不審な動きに、意味が読み取れない。
マーガスも同様だ。
「あの化け物が...後退した?」
しかし遥斗の表情は暗かった。
(ダメージは与えられた。でも、全然効いていない...!1、2回の生成じゃダメだ!)
デュラハン・ナイトメアは、自分の状態を確認するかのように、鎧に触れる。そして、何も問題がないことを確認すると、その姿勢が一変した。
(距離を取って...慎重になってる?)
遥斗の観察眼が捉える。
デュラハン・ナイトメアの構えが変わり、漆黒の鎧から放たれる剣気が一気に上昇する。二本の剣に、凶悪な魔力が集中していくのが見えた。
「何か来る!」
遥斗の警告の声が響く。しかし、それは既に遅かった。
デュラハン・ナイトメアの二本の剣が、閃光のように振り下ろされる。
その刀身から放たれた三日月状の魔力は十字を刻み、大気そのものを振るわせながら、遥斗へと襲いかかる。
(僕を...狙っている!?)
遥斗の瞳が見開かれる。デュラハン・ナイトメアは、遥斗に自分への脅威を感じ取っていたのだ。
「アルケミック!」
マーガスの反応は早かった。銀の壁が遥斗の前に出現する。
しかし、その防壁は紙を切るように両断された。
「遥斗殿!」
アディラウスが必死に駆けるも、その加速された速度でも到底間に合わない。
轟音が響く。
遥斗の前に、巨大な影が立ち塞がる。
グリフォンガードだった。
魔力の斬撃が、守護モンスターの体を深く切り裂く。十字の傷から、鮮血が噴き出す。
「グリフォンガード!」アディラウスが悲痛な叫びをあげた。
遥斗は即座にマジックバックから中級HP回復ポーションを三つ取り出し、躊躇なく注ぎかける。
緑色の光が傷を包み込み、深い裂傷が見る見る内に塞がっていく。
「ありがとう...」
遥斗の声は震えていた。
「命を賭けて、守ってくれて...」
グリフォンガードは、わずかに首を傾げる。まるで「当然だ」と言わんばかりの仕草だった。
遥斗の頭の中で、様々な思考が渦を巻いていた。
(デュラハン・ナイトメアもモンスターのはずだ。でも、あの十字斬撃は...マーガスたちの技に似ていた)
(最初から違和感があった。鎧と武器で1つのモンスター?それとも...)
「鑑定!」
遥斗は、先ほど斬撃を放った剣に意識を集中する。
情報が脳裏に浮かび上がる。
「レクイエム:属性 剣:攻撃力 +300 :特殊効果 俊敏性 +100 :特殊スキル クロスリッパ―」
(やはり...!)
遥斗の推測は的中していた。この鎧は、通常のモンスターの概念を完全に覆す存在だった。
武器を"装備"するモンスター。
急いで他の武器も鑑定する。
「ソウルリーヴァー:属性 槍:攻撃力 +200 :特殊効果 全能力+30% :特殊スキル エターナルテンペスト」
「Eフォートレス:属性 盾:防御力 +400 :特殊効果 ダメージ軽減+20% :特殊スキル ダスクダウン」
(なるほど...通りで強いはずだ)
遥斗の分析が進む。
(高レベルの武器と防具で身を固め、それぞれの固有スキルまで使いこなしている。特に俊敏性への補正が凄まじい...)
その時、遥斗の目が光る。
(ならば...速度を落とせば、勝機はある!)
一方、デュラハン・ナイトメアからも、明らかな焦りの気配が漂い始めていた。
いくら攻撃を仕掛けても、この虫けらどもは倒れない。
自分よりも遥かに弱い存在が、まとわりついて離れない。
苛立ちが頂点に達する。
その瞬間、デュラハン・ナイトメアの漆黒のマントが、異様な蠢きを見せ始めた。
「なっ...!」
思わず三人の目が釘付けになる。
マントが変化する。
その姿は、巨大な蝙蝠へと変貌を遂げ、戦場の上空高くへと舞い上がっていった。
そして、デュラハン・ナイトメアの鎧が、蝙蝠と共振するように輝きを放つ。
蝙蝠は大きく羽を広げ、戦場一帯に不気味な力場を形成し始めた。
「これは...!」
マーガスは不吉な予感を感じ取り、即座に行動する。
「アルケミック」
銀の剣を弓に変えようとするが―反応がない。
「アルケミック!」
必死に詠唱を繰り返すマーガス。しかし、銀の剣はピクリとも動かない。
遥斗の背筋が凍る。
(まさか...)
「これはダークレゾナンス!負の結界だ!」
アディラウスの叫び声が、戦場に響き渡る。
「ダークレゾナンス...?」
遥斗が問いかける。
「上位アンデッドが張る結界...」
アディラウスの声が重く響く。
「結界内では、スキルも魔法も使えなくなる」
「そんな...」
マーガスの声が震える。錬金術が使えないということは、彼の戦力は大きく削がれる。
(これが奴の切り札か...!)
遥斗は状況を必死に分析する。
デュラハン・ナイトメアは、この結界の中で純粋な武器による戦いを強要してくる。
しかも、その武器は最高級の品ばかり。
デュラハン・ナイトメアの4本の腕が、より一層の威圧感を放っていた。




