71話 激闘!レイジング・ブル
エリアナ姫一行の前に、突如として現れた巨大な影。
エレナ、トム、マーガスの目の前に姿を現したのは、体長4メートルはあろうかという、4本の角が特徴的なレイジング・ブルだった。その巨体から放たれる野性の匂いが、一行の鼻孔をつく。
エレナは息を呑んだ。彼女の緑の瞳が恐怖で見開かれる。
「な、なんてこと...こんな所にレイジング・ブルが...しかも3体も!」
トムは顔を青ざめさせ、震える手で額の汗を拭った。彼の声は掠れていた。
「こ、こんな所に出てくるモンスターじゃないよ!平均レベルも60を超えてるんだよ?」
マーガスは眉をひそめ、唇を噛んだ。
「ちっ、厄介な相手だな。奴らは攻撃的で凶暴な性格だ。視界に入った者には容赦なく突進してくる、気を付けろ!」
レイジング・ブルは獰猛な目つきで一行を睨みつけ、地面を蹴る音が響き渡る。
その巨体の強靭な筋肉が盛り上がり、頭の4本の角は鈍く光っていた。それらは攻撃と防御を兼ね備えた恐ろしい武器だった。
地面を蹴る度に、小石が舞い上がり、一行の足元に降り注いだ。
緊張が頂点に達したその時、マーガスが一歩前に出た
「アルケミック!」
その瞬間、彼の両腕の銀製ガントレットがドロリと溶け、美しい剣を形作った。その様は、まるで液体金属が意思を持って動いているかのようだった。マーガスの魔力を受けて、剣身が青白く輝く。
マーガスは金属を錬金術で自在に操り戦う「白銀操術戦士」だった。
一方、エレナとトムは素早くマジックバックから魔力銃を取り出した。その動作には幾度となく訓練した跡が窺えた。
魔力銃はルシウスが異世界技術を転用して作った武器で、僅かな魔力で鉄の弾丸を打ち出し、その威力は中級魔術に匹敵するものだ。
さらに、ガイラス、ナッシュ、オルティガが重剣―バスターソード―を構える。
その姿は王国軍の精鋭の威厳に満ちていた。彼らの鎧は傷だらけだったが、それは数々の戦いを潜り抜けてきた証でもあった。
ガイラスが厳しい声で叫ぶ。
「下がっていろ小僧ども!こいつらは我々が相手をする!」
そして、ガイラス隊の3人がそれぞれ1体ずつのレイジング・ブルに斬りかかった。
激しい金属音と獣の咆哮が森に響き渡る。
レイジング・ブルは4本の角で器用にバスターソードを受け止めたり、突進で反撃したりと、まさに互角の戦いを繰り広げていた。
その動きは巨体からは想像もつかないほど俊敏で、地面を蹴る度に土煙が立ち上った。
エレナは目を見張る。
「すごい...さすが王国でも手練れと呼ばれる人たちだわ」
トムが付け加える。
「ほんとそうだね。さすがスタンピードを生き残った猛者だ。こんな強敵とも互角に渡り合えるなんて」
マーガスは分析的な目で戦いを見つめていた。
「モンスターには人間のように装備補正がないかわりに、種族ごとに補正がかかるんだ。レイジング・ブルは体力、力量、俊敏性に高い補正値がついている。そんな相手にここまで戦えるなんて」
彼の声には感心の色が滲んでいた。
戦いは熾烈を極める。ガイラスがレイジング・ブルの突進を真正面からバスターソードで受け止める。
地面が震え、衝撃波が周囲に広がる。通常の人間であれば、剣はへし折れ、胴は鎧ごと貫かれるか、20メートルは吹き飛ばされるだろう。
そんな相手と、ガイラス隊は10分以上も互角に渡り合っていた。彼らの額には汗が滲み、呼吸は荒くなっていたが、それでも気を緩めることはなかった。
しかし、突如として状況が一変する。
ナッシュの後ろにいたエレナたちを、1体のレイジング・ブルが見つけてしまったのだ。その獣の目が赤く光り、鼻から熱い息を吐き出す。
「くそっ!逃げろ!」ナッシュが叫ぶ。その声には焦りと後悔が混じっていた。
重剣士は防御、攻撃には優れるがスピードは遅い。一度抜かれてしまえば追いかける術はない。
エレナたちの目に「死」の二文字が浮かぶ。
その瞬間、エレナの声が響く。
「ファイア!」
レイジング・ブルの胴体に命中するが、獣は止まらない。弾丸は獣の肉にめり込み、確実にダメージは与えているにも関わらず。
「まだ!」エレナは叫ぶ。彼女の声には諦めない意志が込められていた。
「ファイア!」
今度は肩に命中。レイジング・ブルが痛みで一瞬足を止める。
「チャンスよ!」エレナの声が鋭く響く。
「ファイア!」
トムも負けじと叫ぶ。彼の手は震えていたが、それでも狙いを定める。
「ファイア!」
2人の叫びが重なる。
立て続けに8発の弾丸がレイジング・ブルに降り注いだ。獣の体から血しぶきが上がり、痛みに悶える咆哮が森に響き渡る。
「リロード!」エレナが叫ぶ。
彼女の動きは素早く、無駄がなかった。トムは冷や汗を流しながらも、冷静に弾丸を込める。
その隙を狙って、レイジング・ブルが再び突進を開始した。地面を蹴る音が、まるで死神の足音のように聞こえる。
「だめっ、間に合わない!」エレナが叫ぶ。
「アルケミック!」
その時、マーガスの声が響いた。
銀の剣が瞬時に弓矢へと姿を変える。
「チャージショット!」
オーラを込めた銀の矢が、レイジング・ブルの足に刺さる。獣が痛みに悶える。
「ファイア!」
リロードが終わった2人、獣が一瞬よろめいた瞬間に再び弾丸の雨が降り注がせる。
もだえ苦しむレイジング・ブル。
「とどめだ!」マーガスが叫ぶ。
「アルケミック!」
今度は銀の弓が一瞬で槍へと変化する。その槍先は朝日を受けて鋭く光っていた。
「スピアスラスト!」
高速で突き出された槍が、レイジング・ブルの心臓を貫く。槍が獣の体を貫通する音が、不気味に響く。巨獣が轟音を立てて倒れた。地面が震え、土煙が立ちあがった。




