60話 激闘のあと
戦いの余韻が残る中、リリーは興奮した様子で遥斗に駆け寄った。その大きな瞳には、好奇心と尊敬の色が溢れている。
「遥斗くん!すごいです!どうやってあんな巨大な魔物を倒したですか?詳しく教えてくださいです!」リリーは遥斗の腕にしがみつくようにして尋ねる。
遥斗は少し困惑した表情を浮かべながらも、優しく微笑む。
「えっと...そうですね。うまく説明できるかなぁ?」
リリーと遥斗の様子を見て、いつもの遥斗を感じ、アリアはほっと安心した。
彼女はマルガに近づき、小声で話しかける。
「マルガ、遥斗のステータスを鑑定してくれないか?」
マルガは長い髭をなでながら、興味深そうに頷く。
「ほう、わしも大変興味があったところじゃ。ではさっそく...」
「ステータス鑑定」
遥斗に向けて魔法を唱える。マルガの目の前に透明な情報画面が浮かび上がる。
「ほお...これは...」マルガの表情が驚きに満ちていく。
「どうだ?」
アリアが身を乗り出す。
マルガは眉をひそめながら説明を始める。
「レベルは82...そこそこ高いのう。じゃが、ステータスは...」
「どうした?」アリアが問う。
「軒並み低いんじゃ。MPだけはかなり多いが...他は...」
マルガは言葉を詰まらせる。
「他は?」
「常人レベルじゃな。兵士で言えば新卒の方が優秀なくらいかもしれん」
「そうか...あの戦いぶりからは信じられないが...」
アリアは息を呑む。
マルガは深刻な表情で続ける。
「もしヴォイドイーターに一撃でも食らっておれば、即死は免れなかっただろう。よく生き残ったものじゃ」
「今仮に、私が軽くでも遥斗に剣を振るったら...」
「まぁ何も出来ず、一瞬で頭と胴は泣き別れじゃろうなあ...」
「やはりそうか」
アリアは遥斗を見つめ、思わず呟く。
その言葉にアリアは急に我に返り、リリー以外のメンバーを集め小声で話し始める。
「みんな聞いてくれ。遥斗のことは、絶対に口外するな」
「なんでだ?あいつ、英雄だろ?」
ガルスが首を傾げる。
アリアは厳しい表情で答える。
「このことが知られれば、遥斗は狙われる可能性がある。そしてあいつは直接的な戦闘では、手練れに勝てない。命が危ないかもしれん」
レインが冷静に尋ねる。
「では、これをギルドにどう報告する?」
アリアは一瞬考え、
「私たち『シルバーファング』がやったことにしよう」
「おいおい、それはルール違反じゃねえのか?」
ガルスが眉をひそめる。
「ルシウスの時のことを忘れたのか?」
アリアは鋭い目つきでガルスを見る。
その言葉に、ガルスとマルガの顔色が変わる。
「そうだな。わ、わかったよ...」ガルスが渋々同意する。
「確かに...あの時のことを考えれば...」
マルガも頷く。
「しかし」レインが口を開く。
「功労者の遥斗にはだれが説明するんだ?」
アリアは少し考え、にやりと笑う。
「そりゃ、エレナだろ」
「なぜだ?」
ガルスが首を傾げる。
「遥斗の身に何かあるかもしれないとなりゃ、必死になるさ」
アリアはウインクしながら答える。
「やれやれ...」
レインはため息をつく。
「よくわからねえなぁ...」
ガルスはまだ首を傾げたままだ。
「にぶちんじゃのう」
マルガは呆れたように言う。
レインは、まだ遥斗の周りをうろうろしているリリーに声をかける。
「おい、リリー。遊んでないでエステリアのところに報告に行くぞ」
「遊んでないです!」
リリーは少し不満そうな表情を浮かべるが、しぶしぶ遥斗から離れる。
「でも、遥斗くん!また後で話を聞かせてくださいね!」
「は、はい...」
遥斗は照れくさそうに頷く。
アリアは遥斗に近づき、優しく肩に手を置く。
「遥斗、よく頑張ったな。とりあえず一旦学園に戻ろう。エステリアたちが心配だからな」
「そうですね、わかりました、エレナとトムも心配ですし!」
遥斗はそういって、柔らかな笑顔を浮かべた。
この日、王都を救った真の英雄の存在は、永遠に秘密として葬られることとなった。
しかし、それは同時に、遥斗を守るためのアリアの苦渋の決断でもあった。




