59話 決着
ヴォイドイーターが元の形に戻った後、その巨体は何かを探すように辺りを見回していた。突如、背後から冷淡な声が響く。
「プラナリアってさ、半分ずつに切っても元に戻って分裂するよね?」
振り返ると、そこには遥斗が立っていた。彼の左腕は肘から下が無く、血が滴り落ちている。しかし、その表情には痛みの色は見られず、むしろ興味深そうに自身の腕を観察している。
「僕も半分になっても、死ぬ前に回復したら2人に分裂するのかな?」
遥斗は特に感情を込めることもなく、まるで天気の話でもするかのように淡々と語りかける。
ヴォイドイーターは、その予想外の光景に一瞬の戸惑いを見せる。
遥斗はマジックバッグから「最上級HP回復ポーション」を取り出し、一気に飲み干す。
すると、失われていた左腕が光に包まれ、見る見るうちに再生していく。
「問題なさそうだね」遥斗は再生した左腕を軽く動かし、確認する。
ヴォイドイーターに飲み込まれる直前、遥斗は自身の左腕を魔力銃で撃ち、シェイドハウンドにかまれていた部分を切り離して回避していたのだ。
その冷静な判断と、自らの肉体を躊躇なく切り捨てる決断力は、もはや人間の領域を超えていた。
ヴォイドイーターが動き出す。その巨体から伸びる腕が空を舞うシャドウタロンに向かい、両手で鷲掴みにする。シャドウタロンは悲鳴を上げながら、ヴォイドイーターの体内に取り込まれていく。
「ああ、なるほど」遥斗は冷静に観察する。
「君の目的は僕への攻撃よりも、自分の回復のために魔物を呼び寄せていたんだね」
ヴォイドイーターの体は、シャドウタロンを吸収したことで一回り大きくなっていた。シルバーファングと遥斗の攻撃で少しずつ小さくなっていた体が、最初に見た時よりも巨大化している。
突然、ヴォイドイーターの両の掌が裂け、口のような器官が露出する。元々あった口と合わせて、3つの口から同時に虚無の吐息が放たれる。
轟音と共に、周囲の建物が次々と消し飛んでいく。その破壊の波は、遥斗の元へ向かうシルバーファングのメンバーたちにまで及ぶ。
アリアは、遥斗の身を案じながらも、もはや近づくことすらできない状況に歯噛みする。
「くそっ...遥斗...!」
遥斗は、3方向からの虚無の吐息を避けるのに精一杯だ。その動きは、人間離れしているものの、明らかに追い詰められている。
しかし、その表情には焦りの色は見えない。
徐々に追い詰められ、気づけば背後に壁を背負っていた。ヴォイドイーターは闇雲に攻撃しているように見せかけ、実は冷静に遥斗を追い込んでいたのだ。
ヴォイドイーターは、左右の腕から虚無の吐息を吐き出し、遥斗の横への逃げ道を塞ぐ。
そこへ、すかさず麻痺の視線が放たれる。シャドウタロンを取り込んだことで、そのスキルまで使えるようになっていたのだ。
遥斗の体が硬直する。しかし、その瞬間——
「ポップ」
遥斗は自身の麻痺状態を素材に「麻痺のポーション」を生成。それを生成することで、麻痺状態を即座に解除する。
しかし、この一瞬のスキをヴォイドイーターは狙っていた。その巨体が再び泥状に変化し、辺り一帯に覆いかぶさる。もはや逃げ道はない——かに見えた。
「この瞬間を待っていたよ」
遥斗は静かに呟く。
驚くべきことに、遥斗はヴォイドイーターから逃げるのではなく、真正面からその泥の海に向かっていく。
彼が目指す一点には、他の魔物とは明らかに異なる、赤く巨大な目玉型の魔物が浮かんでいた。
「君が本体だよね?さっき見えてたよ?」遥斗は柔らかく微笑む。
その表情には、勝利を確信した冷酷さが宿っていた。
「ポップ」
遥斗は、目玉型の魔物のHPを素材に「最上級HP回復ポーション」を生成する。
「ギィィィヤァァァァァァ!」
その瞬間、目玉型の魔物はものすごい断末魔を上げた。
その光景は、まるで悪夢の具現化のようだった。
巨大な赤い目玉が、激しく痙攣し表面に無数の血管のような筋が浮かび上がる。
まるで内側から何かが這い出そうとしているかのようだった。
魔物の断末魐が、夜空を引き裂くように響き渡る。
目玉の中心にある黒い瞳孔が急速に拡大し始め、まるでブラックホールのように、周囲の光さえも飲み込んでいくかのようだった。
パキッバキバキバキ
目玉の表面に、無数の亀裂が走る。その隙間から、眩い光が漏れ出す。
ドグシャァァァ!
ついに、目玉が内側から爆発するように砕け散る。破片が四方八方に飛び散り、光の粒子となって闇に消える。
ヴォイドイーターの体を形作っていた無数の魔物たちが、もはや形を保つことが出来ず、泥のような姿のまま広がっていった。
その時、シルバーファングのメンバーたちが現場に到着する。
「遥斗!」アリアの声が響く。
彼らの目の前に広がっていたのは、信じられない光景だった。
ヴォイドイーターの残骸が次々と光となって消えていく様と、中心に立つ遥斗。
彼の体は赤い光に包まれ、レベルアップを繰り返している。
ガルスが驚きの声を上げる。
「お、おい...あいつ、一体何をしたんだ?」
マルガは、杖を握りしめながら呟く。
「ま、まさか...あの巨大な魔物を、たった一人で...」
レインは無言のまま、遥斗を見つめている。
リリーは両手を胸の前で組み、祈るような仕草をしながら言う。
「神様...これが奇跡というものなのでしょうか...」
アリアは遥斗に近づいて声をかけようとするが、上手く言葉が出てこない。
「遥斗...」
遥斗は、ゆっくりとシルバーファングのメンバーたちの方を向く。
その瞳は、いつもの茶色がかったものに戻っていた。
「終わったみたいですね。皆さん、ご無事で良かったです」
遥斗はにっこり微笑みながら言う
そこには先ほどの冷酷な雰囲気はなく、いつものあどけない少年の姿があった。




