56話 スタンピード(12)
戦場に静寂が広がる中、シルバーファングのメンバーたちは、目の前で起こった信じられない光景に言葉を失っていた。ネメシスキマイラが消えた瞬間から、彼らの口々に驚きの声が漏れ始める。
「な、何が起こったんだ?」ガルスが呟く。その声には、戸惑いと驚愕が混じっていた。
マルガは眉をひそめ、分析的な目で遥斗を見つめながら言った。
「あの少年が...ネメシスキマイラを消した? しかし、どのような魔法を使ったというのだ?」
リリーは震える声で言う。
「信じられないです...あんな強大な魔物が、一瞬で...です」
レインは無言のまま、遥斗を凝視していた。彼の鋭い目には、驚きと共に、何か別の感情が宿っているようだった。
しかし、彼らの驚きはそれだけに留まらなかった。遥斗の佇まいが、明らかに変化していたのだ。その姿は、もはや彼らが知っていた少年のものではなかった。
アリアは、息を呑んだ。彼女は以前、この遥斗の姿を見たことがあったからだ。
その時の記憶が、鮮明に蘇ってくる。遥斗の目...かつての茶色がかった瞳が、今や深い漆黒に染まっていた。その瞳には、もはや感情らしきものが見て取れない。まるで、遥斗の感情が闇に飲み込まれてしまったかのようだった。
アリアは、思わず身震いした。
「遥斗...お前...」
彼女の言葉が終わらないうちに、遥斗は無言で加速のポーションを飲み干した。その動作には、いつもの遥斗らしい躊躇いや迷いが全く感じられない。まるで、完全に別人のようだった。
突如として、ヴォイドイーターが動き出した。その巨大な拳が、遥斗めがけて振り下ろされる。シルバーファングのメンバーたちが、思わず目を背けそうになる中、信じられない光景が広がった。
遥斗の体が、まるで蜃気楼のように揺らぎ、ヴォイドイーターの攻撃をいとも簡単に躱したのだ。その速度は、人間の動きとは思えないほどだった。
「な...何てスピードだ!」ガルスが驚きの声を上げる。
しかし、遥斗の動きはそれだけに留まらなかった。彼は躱しざまに魔力銃をリロードし、瞬時に4発の弾丸を放った。
バン!バン!バン!バン!
4発の弾丸が、ヴォイドイーターの体にめり込む。その瞬間、ヴォイドイーターの体の一部が剥がれ落ち、光となって消えていった。
「やはり駄目か...」マルガが目を伏せる。
遥斗は、まるで機械のように正確に次のリロードを行い、再び4発の弾丸を放つ。そして、また同じ現象が起こる。
この一連の動作を、遥斗は何度も何度も繰り返す。その姿は、まるで感情を失った人形のようだった。魔力銃を構え、撃ち、リロードし、また撃つ。その動作に無駄は一切なく、完璧な効率で行われていた。
しかし、その姿を見つめるシルバーファングのメンバーたちの表情には、次第に失望の色が浮かび始めていた。
ガルスが眉をひそめ、低い声で呟いた。
「おい...あいつ、ずっと同じことを繰り返してないか?」
「そう...まるで機械のようじゃな。この状況をどう打開するかを考えるのではなく、ただ同じ行動を繰り返しておる」
マルガはため息交じりに話す。
「遥斗くん...大丈夫なのです?」
リリーは不安そうな表情で言った。
レインは無言で遥斗を見つめていたが、その目には明らかな不信感が浮かんでいた。
アリアは拳を握り締めた。
「遥斗は...あんなもんじゃねぇ!あんなもんじゃ...」
しかし、彼らの失望とは裏腹に、遥斗の表情には焦りの色は一切見られなかった。むしろ、その漆黒の瞳には高度な知性の光が宿っているように見える。
遥斗は、まるで実験でデータを取っているかのように、淡々と行動を続ける。魔力銃を撃ち、ヴォイドイーターの体の一部が剥がれ落ちる様子を観察し、そしてまた撃つ。その一連の流れは、予め計算されたシミュレーションのようだった。
シルバーファングのメンバーたちには、ただ無意味に同じ行動を繰り返す少年の姿しか映っていなかった。
しかし、遥斗の中では、全ての行動が明確な目的を持って行われていた。ヴォイドイーターの構造、その弱点、そして最も効率的な倒し方。全てのデータが、彼の頭の中で精密に計算され、分析されていく。
「うん、やっぱり小さくなってる」
遥斗が呟く。その声は、どこか冷たく響いた。
「ただの集合体だったんだね」
アリアの目が見開かれる。
「集合体...?」
遥斗は、まるで独り言のように説明を続ける。
「こいつは、何百という魔物が集まって一つの魔物のようになっているだけなんだ。小魚の群れが集まり1匹の大きな魚に見せかけるように」
シルバーファングのメンバーたちは、その言葉に息を呑んだ。
「そういうことじゃったか...」マルガが呟く。
「攻撃するたびに剥がれ落ちるのは、死んだ魔物が剥離しているからなのか」
「ネメシスキマイラも...生み出されたのではなく、元々いたのを分離しただけです...?」
リリーが言葉を継ぐ。
遥斗は無表情のまま、攻撃を続ける。
「結局、王都にこいつを送り込めば、勝ちが確定する戦いだったんだ。移動する本隊だからね」
その言葉に、アリアは背筋が凍るのを感じた。ここまで冷徹に状況を分析し、行動する遥斗の姿に、彼女は恐怖すら覚えた。
遥斗の攻撃は、終わりのない作業のように続く。ヴォイドイーターの攻撃を軽々と躱し、魔力銃で撃ちまくる。その姿は、もはや人間のものとは思えなかった。
しかし、突如として遥斗の動きが止まる。魔力銃から、弾丸が発射されない。
アリアは、ハッとした。彼女は、ルシウスが話していた魔力銃の耐久値の話を思い出した。
「まさか...限界が来たのか?」
ここに来る道程でも、遥斗をレベルアップさせるために幾度も魔力銃を使っていたのを思い出した。
アリアに後悔の念が滲む。銃の使用を控えさせるか、予備の魔力銃をエレナかトムからもらっておけばと。
焦りのあまり、彼女が遥斗を助けに行こうとした瞬間、遥斗の声が響く。
「ポップ」
アリアの目の前で、信じられない光景が広がる。遥斗は、壊れた魔力銃を素材に、新たな魔力銃を生成してしまったのだ。壊れた魔力銃は消え、新たに握られたその銃は新品同様だった。
「そうか...」アリアの声が震える。
「魔力銃も...アイテムだから...」
遥斗は、それが当然であるかの如く攻撃を再開する。その姿を、アリアは呆然と見つめていた。
戦場に、再び銃声が響き渡る。ヴォイドイーターの体が、僅かずつだが確実に小さくなっていく。しかし、アリアの心の中では、別の恐怖が大きくなっていった。
(遥斗...お前は一体、何になってしまったんだ...?)
彼女の問いかけに、答える者はいなかった。ただ、遥斗の漆黒の瞳だけが、冷たく光っていた。




