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511話 開戦の狼煙

「テメェ……! よくもやってくれたじゃねーか! 無茶苦茶しやがって許さねえぞ!」


 炎上するVTOLを背に、マーガスが吠える。

 しかし、涼介はそれを無視した。

 彼の視線は、マーガスでも、エーデルガッシュでもなく、ただ一点に向けられていた。


「遥斗……これはどういうことだ?」


 涼介の冷ややかな視線が、アマテラスを射抜く。


「そこのエルフ。……見覚えがあるな」


 涼介から放たれた殺気が、物理的な圧力を伴ってアマテラスを襲う。

 ノヴァテラ連邦で対峙したアマテラスが偽物だったことなど、涼介が知る由もない。

 つまり、涼介にとって、アマテラスは明確に敵でしかないのだ。


「くっ……!」


 アマテラスはすでに臨戦態勢をとっていた。

 神剣クサナギを構え、背後にいるハルカを庇うように立つ。

 その額からは、滝のような汗が流れ落ちていた。


(くっバケモノめ……!)


 先ほどのVTOLを両断した斬撃。

 あれは、ただの剣圧ではない。

 咄嗟にクサナギで受け止め、衝撃を逃がさなければ、機体ごと全員真っ二つにされていた。


 加奈が遺した神剣でなければ、剣ごと砕かれていただろう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 大輔が慌てて二人の間に割って入る。


「違うんだ涼介! こいつらは敵じゃねぇ! 状況を説明するために来てもらったんだ!」

「説明?」

「そうだ! さっき話してただろ? 遥斗の母ちゃんと結ばれたのが、このアマテラスさんだ! 後ろにいるのは、遥斗の妹のハルカちゃんだよ!」


 必死の弁明。

 しかし、涼介の目は氷のように冷たいままだった。


「説明、だと? ……隙があれば俺を斬ろうとしていたヤツがか?」

「っ……!?」


 大輔の肩が跳ねた。

 バレている。

 気配を殺し、ミヅチを通して様子を伺っていたはずだ。


 殺気など……微塵も漏らしていないはずなのに。


「……その程度で俺を欺けると思っていたのか?舐められたものだな」

 涼介は吐き捨てるように言った。


「やるっじゃーん遥斗、見直したよ!」


 千夏が、パチパチと手を叩きながら歩み寄ってきた。

 その顔は笑顔だが、目は全く笑っていない。


「涼介の油断を誘ったところに、刺客を用意してるなんてさ。……とぼけたツラして、やる事はやるんだ?」


 ズズズズズ……。

 千夏から立ち上る闘気が膨れ上がり、周囲の空間が陽炎のように歪み始める。


「敵の大将連れてくるなんて、いい感じに腐ってるねー。それともマジで洗脳受けちゃったん? 大輔たちも? ……殺すぞテメーら!!!」


 鬼の形相。

 空気が震えるどころか、呼吸すらできないほどの重圧。


 遥斗は最後の頼みの綱、美咲を見た。


「美咲……さん……!」


 美咲は泣きそうな顔で、首を横に振っていた。


「……嘘、だよね? 遥斗君。涼介君を……殺そうとするなんて」


 信じていた友人からの、絶望の問いかけ。


「ちが、……!」


 遥斗は否定しようとした。

 だが、言葉が出ない。


 アマテラスは確かに、交渉が決裂した際の「最後の手段」として、不意打ちによる勇者殺害を視野に入れていた。

 それを否定することは、嘘になる。

 その一瞬の沈黙が、決定的な答えになった。


 このままでは……。


「勇者殿。お初にお目にかかる」


 凍り付く空気の中、エーデルガッシュが凛と進み出た。

「ヴァルハラ帝国皇帝、エーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラだ」


「……『元』皇帝が、俺に何の用だ?」


 涼介が挑発的に返す。

 ヴァルハラ帝国において、エーデルガッシュはすでに「退位」させられたことになっている。

 しかし、エーデルガッシュ本人は認めていない。


 それを承知の上での侮蔑。

 それは明確な「敵対宣言」だった。


「大輔とさくらに何をした? 答えろ」

 静かな、しかし絶対の拒絶を含んだ問い。


 エーデルガッシュは唇を噛み、それでも引かずに言葉を紡ぐ。


「何もしていない。我々は話をしたいだけだ。……どうか、剣を収めて聞いてもらえぬだろうか」


「美咲!頼む、間に入ってくれ!」

 大輔も叫ぶ。


 その時だった。


 バチュンッ!!


 背後のユグドラシルから、不気味な破裂音が響いた。

 見上げれば、黒く脈動していた巨大な実の一つが弾け、中から何かが飛び出してきた。


 ドスンッ!!


 それは次々とアマテラスたちの背後に降り立つ。


 禍々しい角、漆黒の翼、全身から溢れ出る瘴気。


「……デーモン!?」


 皆が総毛立つ。

 今までの魔物とは格が違う。

 高位の悪魔を模した魔物だ。


 完全に不意を突かれたアマテラスたちは反応できない。

 しかも、一番近くにいたのは、不幸にもハルカだった。


「ハルカ!!」


 対処が間に合わない。

 せめてハルカを守ろうと、アマテラスが覆いかぶさり、覚悟を決める。


 デーモンの爪が振り下ろされ——


 なかった。


「え?」


 デーモンたちは、一番近くにいるはずの遥斗やアマテラスたちに見向きもせず、一直線に涼介へ襲い掛かったのだ。


「グルァァァァァァッ!!」


 殺到する悪魔の群れ。

 しかし——


「邪魔だ!フォトンエッジ!」


 ザシュッ! 涼介の剣が煌めく。

 一閃。

 先頭のデーモンが霧のように消滅する。


「エクスプロージョン!」

 美咲の無詠唱魔法が炸裂し、空間ごと爆殺する。


「砕岩撃!」

 千夏のオーラを乗せた拳が直撃すると、デーモンが粉々に砕け散った。


 たった一瞬の攻防。

 それだけでデーモンたちは全滅した。


 残ったのは最悪の「事実」だけだった。


「……」


 遥斗には何が起こったのか分からなかった。

 なぜ自分達だけ襲われなかったのか。

 母が守ろうとしてくれたのだろうか?


 だが、客観的に見れば、「遥斗と魔物が結託して勇者を襲った」図にしか見えない。


 これで疑惑は、確信に変わった。


 遥斗も、アマテラスも、ユグドラシルも全て繋がっている。

 そして、明確に勇者の命を狙っている、と。


「……信じたかったのに」


 美咲が、悲しげに顔を背けた。

 その拒絶が、遥斗の心をえぐる。


「ちがう! 違うんだ美咲さん! 聞いて!!」


 叫びは、もう届かない。


「さいっっっしょから怪しいと思ってたんだよねー」


 千夏がポキポキと指を鳴らす。

 その瞳には、嗜虐的な光が宿っている。


「もうやっちゃうけど、いいよね? 涼介」

「……ああ。そうだな」


 その許可が下りた瞬間。


 バンッ!


 千夏が爆ぜた。

 いや、そう見えるほどの爆発的な加速。

 格闘家スキル『縮地』。


「まずは、偉そうなチビから!!」


 標的はエーデルガッシュ。

 間合いなど存在しないかのような速度で、千夏の拳が眼前に迫る。


「っ!!」


 ゴッドアイの未来視で辛うじて反応したエーデルガッシュが、サンクチュアリで攻撃を受け止める。


 だが。


 ドォォォォォォォン!!


「がはっ……!?」


 防御の上から、強烈な衝撃が突き抜けた。

 エーデルガッシュの小さな体が、ゴム鞠のように吹き飛ばされる。


「ユーディーー!!」


 遥斗が叫ぶ。

 交渉の余地など……ない。


 ついに、最悪の戦いの火蓋が切って落とされた。

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