表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
509/513

509話 天秤に掛けるもの

 張り詰めた空気の中、遥斗は涼介の瞳を真っ直ぐに見返していた。

 遥斗は信じていた。

 涼介はぶっきらぼうで、言葉足らずで、誤解されやすい男だ。


 けれど、今、誰よりも真剣に遥斗の話を聞こうとしてくれている。


(……昔から、そうだった)


 元の世界にいた頃から、地味で目立たない自分のことを、涼介だけはいつも気にかけてくれていた。

 彼が誰よりも正しく、誰よりも優しいことを、遥斗は知っていた。


 かつて、遥斗を置いて旅立って行った時もそうだ。

 あれは「足手まといだから捨てた」のではない。

「危険な旅に連れて行けない」という、彼なりの最大限の配慮だったことも、当然理解できていた。


 でも。

 それでも、「役に立たない」と烙印を押された気がして辛かった。

 必要とされないのは辛かった。

 ただ守られるだけの存在であることが、何よりも惨めだった。


 たとえそれが、優しさゆえの決断だったとしても。


(あの時の優しさを否定しておきながら……今はその優しさに縋ろうとしているなんて、皮肉だな)


 遥斗は自嘲しつつも、覚悟を決めた。

 涼介は、仲間の頼みなら無碍にはしない。

 現に、こうして対話のテーブルについてくれているのだから。


 涼介が、静かに口を開いた。


「まず、あの樹がお前の母親だという話だ。……計算がおかしい。お前の母親が失踪したのは十数年前だぞ? 500年前の伝説の存在と、時間が噛み合わない」

「それは……時間の流れが違うからだよ。『ウラシマ効果』みたいなものだと思う」


 遥斗は、憶測を交えて説明する。


「次元の狭間や、異なる世界間では時間の流れる速度が違う。母さんが転移したあと、僕たちよりずっと速く時間が進んだんだ」

「……なるほど。では、なぜ人間が樹になる? 魔物を生む?」

「進化だよ」


 遥斗は即答した。


「この世界の『職業』や『スキル』は、生物としての進化を加速させるシステムに感じるんだ。……普通は『こうなりたい』『こうありたい』という強い意志が、世代を重ねることで形になる。でも、この世界の進化はもっと具体的なんだ。母さんはドラゴン族の秘宝の力を借りて……世界を支えるために、その形を選択したんだ。この世界はそれが可能なんだ。」


 世界を守る何かになりたい。

 その自己犠牲の精神が、彼女をユグドラシルへと導いたのだ。


「……分かった。次の質問だ」


 涼介は淡々と続ける。


「エルミュレイナス……マーリンは、なぜ世界を破壊しようとしている? 狂人の戯言で片づけるには、計画が緻密すぎる」

「……心当たりはあるよ。彼はずっと『神を顕現させる』と言っていた。……世界が消滅することと、神がこの地に降りたつことはイコールなんだと思う。実際、ヴァルハラ帝国皇帝も神託を受けていた。僕達の思う神様と同一かは不明だけど『神』はいる」

「……『神』などいるはずがない」

「うん。でも、彼らにとっての『神』はいるし、少なくとも、それを信じている」


 涼介は小さく頷き、そして核心を突く質問を投げかけた。


「次だ。……それでは、なぜユグドラシルは、スタンピードを起こす? お前の母は、なぜ人を殺す?」


 空気が凍り付く。

 それは、避けては通れない質問。


「……ユグドラシルは、世界を回復させようとしている。でも、人はレベルアップを続け、強力なスキルや魔法を使い続けている。……それが世界を削り取っているにも関わらず」

 遥斗は苦しげに答える。

「どこかで抑制しなければ、世界の終わりが加速してしまう。特にそれを主導していたのがマーリンであり、アストラリアだった。だから……母さんは、世界を守るために、人を減らす必要があったんだと思う」


「ならば」

 涼介の声が鋭くなる。

「人を殺したこと自体は、否定しないのだな?」


「……そうだ、ね。でも!」

 遥斗は必死に食い下がる。

「人が職業を捨て、過度な力の使用を止めれば、世界は救えるはずなんだ! 共存できるはずなんだよ!」


「職業を捨てる、だと?」

 涼介は呆れたように鼻を鳴らした。

「そんなことをすれば、人はどうなる? この世界にはモンスターが溢れているんだぞ。スキルや魔法なしで、どうやって身を守る? 人族は犠牲になれと言うのか?」


「……方法は……ある!」


 遥斗は、一つの可能性を提示した。


「『イド』のエネルギーを使うんだ。母さんがやっていることを研究し、実用化できれば……魔法を使わずに、モンスターに対抗する力も、生活するエネルギーも得られる」

「……で?それは、いつ完成する?」

「えっ?」

「いつだ、と聞いている。明日か? 一年後か? 百年後か?」


 遥斗は言葉に詰まった。

 まだアイデアの段階だ。

 実用化には長い年月と、世界中の協力が必要になる。


「……いつかは、分からない。でも、みんなで協力すれば道は拓けるはずだ!」


「……ふっ」

 涼介は、深く、重いため息をついた。

 それは失望の色を帯びていた。


「悪いな、遥斗。……俺の正義は、そこにはない」


「……え?」


 遥斗は耳を疑った。


「どういう、意味……?」

「俺が『闇』を討伐すると決めたのは、この世界を救うためじゃない」


 涼介は、冷徹な事実を告げた。


「あの『闇』は拡大を続けている。いずれこの世界を飲み込み……そして次元を超えて、俺達のいた世界にまで侵食する可能性がある。そう聞いた。だから戦った」


「なっ……」


「俺にとって、この異世界がどうなろうと知ったことじゃないんだよ」


 その言葉に、大輔も、美咲も、さくらも息を呑んだ。

 勇者の動機。

 それは慈愛ではなく、徹底的な「防衛本能」だった。


 自分の世界を守る。

 それが涼介の正義。


「つまり、だ。ユグドラシルを倒して闇が終われば、それでよし。……逆に、この世界が『暁』で消滅し、闇ごと消え去ってくれれば、俺たちの世界への脅威もなくなる。それでもよし」


 涼介は両手を広げた。


「どちらに転んでも、俺にとっては『利』しかない。……不確定な未来のために、確実な脅威を放置するリスクは冒せない」


 遥斗は唖然とした。

 確かに、涼介の言う通りだ。

 こちらの世界の責任は、この世界の住人が負うべきで、異世界人である自分たちが命を懸けて守る義理はない。

 涼介の思考の天秤は、すでに傾いていたのだ。


 論理的には完璧。


 だが、この世界で多くの人と出会い、大事なものができた遥斗には、到底承服できなかった。


「……それには、大問題があるよ」


 遥斗は震える声で反論した。


「この世界が無くなったら……僕たちは元の世界に戻れないじゃないか!」

「……」

「僕達をこの世界に召喚したのはマーリンだ。ゲートを開けるのは彼だけだった。……でも、彼はもう死んでしまったんだよ!?」


 世界を消滅させてしまえば、帰還の手掛かりすら失われる。

 自分たちも虚無の空間に放り出され、死ぬだけだ。

 それこそ、「利」などと言っていられないはず。


 しかし。


「ふ、くくく……」


 涼介は、肩を震わせて笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ