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504話 勇者の秘密

 漆黒の闇の中を、銀翼が滑るように進んでいく。

 機体は無事。

 あれだけの弾幕、数千の魔法による飽和攻撃を受けたにも関わらず、直撃どころか掠り傷ひとつ付いていなかった。


「……ふぅ」


 遥斗は操縦桿を軽く握り直すと、小さく息を吐いた。

 汗すらかいていない。

 隣のエレナが、信じられないものを見る目で遥斗を見つめている。


「遥斗くん……よく無事に抜けられね。もう何回も駄目だと思ったけど……」

「え? そうかな。……普通だと思ったけど」

「すごいよ。この機械があんなにグルグル飛べるなんて……知らなかった……」


 エレナは青い顔をしているが、遥斗にとっては拍子抜けですらあった。

 彼が元の世界で、唯一自由を感じられた時間。

 それはゲームをしている瞬間。


 特に時間を使っていた物に、フライトシミュレーションゲームがあった。


 ただのゲームではない。

 AIがプレイヤーの癖を学習し、日々攻撃パターンを進化させてくる極悪難易度のシミュレーターだ。

 それに比べれば、魔法の弾道は素直すぎた。

 予測線すら見える気がする。


(それに……この機体)


 遥斗はコンソールを愛おしそうに撫でる。

 VTOLの挙動は、自分の神経が機体の隅々まで繋がっているかのように滑らかだった。

 人機一体。

 まさに手足のように動く。


「この空間に入っちゃえばこっちのものだね。もう攻撃は届かないと思う」


 少し余裕ができた遥斗は、シートベルトを緩めて振り返った。


「みんな、大丈夫……?」


 そこには、死屍累々の光景が広がっていた。


「お、ごぇぇ……」

「目が……目が回るぅ……」

「わ、我としたことが……気分が……」


 大輔、さくら、そしてマーガスまでもが白目を剥いてぐったりしている。

 おまけにアマテラスとエーデルガッシュですらも、青い顔をして口元を押さえていた。


「あー……ごめんね」


 AI相手の機動を、生身の人間を乗せてやってしまった。

 Gの制御はおろか、視覚的、感覚的な配慮まで気が回らなかった。


「きゅ……きゅ~」

 神獣であるはずのるなも床でへばっている。


「休憩させてあげたいけど……そうもいかないんだ」


 遥斗は表情を引き締めた。

 涼介たちがいつ出発したのか分からない。

 移動速度も分からない。

 この広大で何もない空間で、彼らを捕捉しなくてはならないのだ。


「ハルカ、前方の状況を知りたいんだけど行ける?」

「はい、お兄様。ミヅチ、先行させます」


 そういうと外に待機させていた、ミズチを高速で射出した。

 VTOLよりも遥かに高速で、瞬く間に闇の中に吸い込まれていく。



 その時、コンソールに次々とデータが表示された。

 どうやら外部の環境データだ。

 どこから送られてきているかは謎だが、観測データを受信している。


『大気組成、酸素濃度は極めて希薄。気圧は地上の十分の一以下。重力も0.2G』


  「……ほとんど宇宙空間だね。ここは惑星内部の空洞……日の光も届かない、抉られた世界だ」


 窓に映るのは、どこまでも続く虚無。

 上下の感覚すら曖昧になりそうな闇だ。


「中心部への到着予想時刻は、現在の速度で約4時間後……か」


 まだ距離はある。

 遥斗が思考を巡らせていると、ハルカが声を上げた。


「お兄様、これを。ミヅチからの映像をヤタの鏡に映します!」


 鏡の表面に、映像が浮かび上がる。

 それを見た瞬間、全員の身が引き締まった。


「……なっ」


 マーガスは絶句する。

 そこには、無数の魔物の残骸が横たわっていた。

「シャドウタロン」や「ネメシスキマイラ」といった、この領域特有の強力な魔物たちだ。

 その全てが、一撃で絶命していた。


   一刀両断。

   抵抗できた形跡すらない。


「これは……涼介たちの通った跡だな」

 大輔が呻くように言う。


 アマテラスが身を乗り出し、その断面を凝視して、小さく震えた。


「……これは、勝てる、勝てぬの話ではないな」

「アマテラスさん?」

「あの剣技……いや、剣圧か。ただ振るっただけで、魔物を断ち切っている。我が剣技でもこうはならん」


 エルフ最強であるアマテラスをして「戦慄」させる力。


「なぁ、おい大輔」

 マーガスが冷や汗を拭いながら尋ねた。

「勇者ってのは……あんなに強かったか?話聞くたびにデタラメになってねぇか?」


 大輔は重々しく首を振った。

「強かった、じゃねえよ。強くなってんだ、今この瞬間も」

「あ? どういうことだ?」

「遥斗、お前は知ってるのか? 勇者のスキルの特性」


 話を振られた遥斗は、かつて勇者の事が書かれた書物を思い出した。


「……『信頼』と『力』の循環」

「そうだ」


 大輔は思わず、前方の黒い空間に想いを馳せる。


「勇者は仲間に力を分け与える。そして、その見返りに仲間や人々から『信頼』を得る。その信頼が、勇者自身のステータスを底上げする」


 マーガスはいまいちピンと来ていない。


「今、涼介は『世界の希望』を背負ってる。国を挙げて、世界中が『勇者頑張れ』って応援してるんだ。その想いの総量が、全部あいつの力に変換されてる……わかるか?」

「なっ……」

「信頼する力が強ければ強いほど、力が増す。力が増せば、さらに信頼される。……加速度的に強くなるんだよ。レベルとか関係なしに、今も強くなり続けてんだ!」


 無限の上昇スパイラル。

 天井知らずの強さ。


「……正真正銘、化け物、だな」

 エーデルガッシュがぽつりと呟いた。

 その言葉を否定できる者は、ここにはいない。


「……美咲と千夏も、きっと強くなってる」

 さくらが不安そうに口を開いた。

「彼女たちも、涼介君のスキルの恩恵を受けてるはずだから。……逆に、もし涼介君に『敵だ』って認識されたら、私たちの力はどうなっちゃうのかな」


 勇者の加護を受けていたパーティメンバー。

 その縁が切られた時、何が起こるのか。


 重苦しい沈黙が流れる。


 物理的な戦闘力では、勝ち目がないことが明白だった。


「上手く説得するしかねーな。アホみたいに力を上げてやがるしよ」

 大輔が自嘲気味に笑う。


「……最悪、問答無用でスサノオで葬ろうと思ったが」

 アマテラスが剣の柄に手をかけた。

「外せば終わり。無理な博打は最後で良かろう」


「つまり、説得が失敗に終われば、分の悪いギャンブルをするしかないってことか」

 マーガスが機体の天井を仰ぐ。。


 絶望的な状況。

 だが、遥斗だけは穏やかな顔をしていた。


「そんな事にはなりませんよ」


 操縦桿を握りながら、遥斗は前を見据えて笑った。


「どうして?」

 エレナが不思議そうに聞く。


「涼介は……いい奴なんだ」


 根拠のない言葉。

 けれど、遥斗の声には確信があった。


「それに、美咲さんがいる」

「美咲?美咲がどうしたの?」

「うん。彼女が涼介の傍にいる限り、絶対に大丈夫だと思えるんだ」


 かつての友人。

 涼介を誰よりも想い、支えてきた少女。

 彼女がいる限り、涼介は完全に人の心を失ったりはしない。


 遥斗はそう信じていた。

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