501話 六芒結界陣
大地を揺るがす轟音と共に、巨大な影が舞い降りた。
竜王バハムス。
彼は上空から急降下し、ラグナロクが設置された拠点から少し離れた荒野に、強引に着陸した。
砂塵が晴れると、その背中からボロ雑巾のようになった三人の男たちが転がり落ちる。
「お、ごぇ……し、死ぬかと……」
「地面だ……愛しの地面……」
ノヴァテラ連邦のデミットと、ソフィア共和国のバレーンだ。
二人は頬ずりせんばかりの勢いで倒れ込み、大地に有難さを噛みしめている。
一方で、ゴルビンだけは、逞しい足で仁王立ち。
「ふんっ、だらしねぇな!それでも各国の代表か!」
「あ、あんたが……頑丈すぎるだけ……!こちらは魔術師なんだ」
竜王の超音速飛行に生身で耐えたのだ。
それだけでも十分に凄い。
バサァッ!バサァッ!
遅れて、空を覆うほどのドラゴンたちが次々に降り立った。
彼らもまた、肩で息をしている。
「ゼェ……ゼェ……速すぎるぞ、あの鉄の鳥……」
「我らを……ここまで酷使させるとは……」
VTOLを追う為に全速力で飛翔して来た。
隊列は乱れ、さすがのドラゴン族にも疲労の色が濃い。
涼しい顔をしているのは、バハムスだけ。
「情けないぞ、貴様ら。それでも誇り高き竜族か!」
「王よ……無茶を言わないでください……」
ドラゴンたちは苦笑しながら、光に包まれて人の姿へと変身した。
ポーションによる回復は、傷を癒せても消耗した体力までは即座に戻せない。
これでは、万全の状態で戦闘に入る事は無理だろう。
「やれやれ……ならば仕方あるまい」
バハムスは懐から豪奢な刺繍の入った小袋を取り出すと、中から紅く輝く小さな玉を取り出した。
「近くに寄れ。受け取るがいいぞ」
彼はそれを部下のドラゴンたち、そしてへばっているデミットたちに順に放り投げた。
「これは……?」
「『竜丸』だ。一粒飲むだけで、活力が増大する。人間には効きすぎてどうなるか知らんがな」
ドラゴンの秘薬。
恐る恐る口に含むと、デミットたちの顔色が瞬く間に良くなり、体の奥底から力が湧いてくるのが分かった。
「す、すごい……!疲れが吹き飛んだ!」
「ありがたき幸せ!」
キィィィィィィン!!
そこに、先行したはずのVTOLが戻って来た。
轟音と共に着陸し、ハッチが開く。
そして、遥斗たちが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「バハムスさん!」
「ふむ……あまり良い知らせではない、という顔だな」
「はい……決死隊は、すでに出発していました」
「なんだと!?」
遥斗は悔し気に唇を噛み、頷いた。
ゴルビンとバレーンが同時に声を上げる。
作戦開始予定時刻よりも、遥かに早い。
「……僕たちが到着した時にはすでに……」
「馬鹿な……!決行は夜明けを待って行うはずだ!なぜそんなに早く!」
ゴルビンが頭を抱える中、デミットだけが、冷静に分析した。
「……順調に事が運んだのでしょう。襲撃がなければ、時間を繰り上げる方が最善。敵に時間を与える意味はないですから」
「どうすんだよ!落ち着いてる場合か!」
ゴルビンが詰め寄るが、デミットは平然としている。
「慌てても事態は変わりません。それに……決死隊がいかに早く出発しようが、『ラグナロク』をここで押さえてしまえばいいのです。……つまり、今からが本番です」
確かに。
デミットの指摘は的確だ。
爆弾本体がここにある以上、それを転送させなければいいだけの話。
「言われてみりゃその通りだ。こっちにはソフィア共和国魔術総監バレーンがいる。魔術総監様の説得となれば、現場の指揮官も耳を貸す以外にないだろうぜ!」
ゴルビンが希望を見出す。
しかし、指名されたバレーンは浮かない顔をしていた。
「……いえ、そう簡単には行かないのではないでしょうか?」
「なぜだ?」
「現場で陣頭指揮を執っている人物……配置変更がなければ、セリカ・ヴォーンクライです」
バレーンが苦々しく告げる。
「あの人は……『命令を聞くこと』に命を懸けている軍人の鑑のような女性です。上官であるエレノア様の命令が絶対。たとえ天地がひっくり返ろうが、この世界が終ろうが、与えられた職務を全うするでしょう」
融通が利かない、忠義の塊。
今の状況で最も厄介な相手だ。
「おそらく、問答無用で全面衝突になります。彼女を止めるには『力』ではなく『命令』が必要なのです」
「ならば皆殺しか?」
バハムスが殺気を放つ。
力づくでの排除は、ドラゴン軍団もやぶさかでない。
しかし、バレーンは首を横に振った。
「それも不可能かと。もし自分が彼女の立場なら……間違いなく『六芒結界陣』を発動させます」
「六芒結界陣……ですか?」
遥斗が聞きなれない言葉に反応する。
「ソフィアの秘奥義です。高位魔導士数名が対象物を中心に六か所に移動し、そこから魔力を共鳴させる。すると対象地点の『位相』がずれて、現世から隔離された絶対領域となるのです」
「位相をずらす……?」
「ええ。そこにあるのに、そこにはない状態。あらゆる物理攻撃、魔法攻撃はすり抜けます。実体がないのですから」
完全なる無敵結界。
時間稼ぎにはこれ以上ない戦術だ。
「これを解除するためには、森の中に潜んでいる六か所の魔導士を排除する必要がある。しかし、場所は特定できないよう隠蔽されているはず」
バハムスが舌打ちをした。
「チッ、小賢しい真似を」
力でねじ伏せようにも、相手が別次元に逃げてしまっては手が出せない。
結局は、粘り強く説得をして、結界を解かせるしかないのだ。
「……遥斗よ」
バハムスが遥斗を見た。
「お前たちは、そのまま追いかけろ」
「えっ?」
「我らはここでラグナロクを封じ込める。だが、勇者が先に転送を終えてしまえば手遅れ。……お前たちの速度でなら、追いつけるやも知れぬ」
二段構えの作戦。
バハムスたちがここで「爆弾」を止め、遥斗たちが「勇者」を止める。
遥斗は拳を握りしめた。
責任は重大だ。
だが、やるしかない。
「……分かりました。行きます!」
その時、デミットが遥斗の前に進み出た。
「佐倉遥斗殿……」
彼は深々と頭を下げた。
「私たちも、ここで全力を尽くしてみます。どうか……勇者を、涼介様を止めてください。お願いします」
その声は震えていた。
デミットは参謀として、この事態を招いた自分を恥じていた。
策士策に溺れる。
自分の浅知恵が、世界を滅ぼしかけているのだ。
「任せてください。……こちらは、お願いします」
遥斗がにっこりと笑うと、デミットは顔を上げ、涙ぐみながら遥斗の手を強く握りしめた。
「ご武運を……!」
「行くぜ!気合入れろよ!」
マーガスが叫び、全員がVTOLへと戻る。
バハムスがニヤリと笑って見送った。
「見せてみろ、人の力の底をな」
轟音と共に、VTOLが再浮上する。
目指すは、目の前に広がる巨大な——「闇」。
遥斗はスロットルを全開にした。
「今度は全開で突っ切るよ!衝撃に備えて!!」
銀色の翼が、世界を拒絶する黒い壁へと突入する。




