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499話 強行突破

「……お兄様、もうそろそろ着きます」


 後部座席で目を閉じていたハルカが、静かに告げた。

 彼女は、金属でできた虫のような使役アイテム「ミヅチ」を先行させ、上空からの映像を脳内で受信していた。


「状況はどうだ?数はわかるか?」

 隣に座るアマテラスが問う。


「……かなりの数の兵士がいます。森の中なので正確な数は把握できませんが、2~3万人はいるのではないでしょうか?」


 ハルカの言葉に、機内に緊張が走る。

 2万を超える軍勢。

 中都市の人口にも匹敵する数だ。


 それが、一つの森に集結している。


「勇者らしき姿はある?」

 大輔が身を乗り出して食い下がる。

「あいつだけでも見つけられれば……!」


「いえ……数が多すぎて……個人の特定は不可能です。ただ……」


 ハルカが念じ、四方に飛ばしていたミヅチに意識を集中させる。


 森の中央、不自然に開けた場所に、異質な輝きを見つけた。


「妙なものがあります。軍の中央、紫色の水晶のような物体が大量に」

「それだ!間違いない、それが『ラグナロク』だ!」


 大輔が叫ぶ。

 闇を滅するために開発された魔力爆弾。


「そこなら、エレノアか涼介、もしくは軍幹部がいるはずだ」

「でも、ここら一体は深い森の中だよ。VTOLじゃ着陸できない」


 遥斗がモニターを見ながら渋い顔をする。

 垂直離着陸機とはいえ、着陸にはある程度の開けたスペースが必要だ。

 敵軍ど真ん中、しかも障害物だらけの森。

 降りようとホバリングした瞬間に、一斉魔法攻撃の餌食になって蜂の巣だろう。


「強引に着陸して、白虎のシールドで耐える、のはどうかな?」

 エレナが提案するが、遥斗は首を振った。


「無理かな。四方を囲まれた集中砲火じゃ、いくら白虎でも防ぎきれない。白虎は無事でも機体が持たないよ」


「ならバハムス殿を待つか?」

 マーガスも提案する。


「バハムスさんたちが到着するのは、およそ1時間後。それじゃ遅すぎる。もし涼介たちに出発されたら交渉は出来ない」


 到着まであと5分。

 考える余裕はない。

 沈黙が落ちる機内。


 遥斗が、意を決したように顔を上げた。


「……一か八かだ」

「おいおい遥斗君?嫌な予感しかしないんだが?」

 マーガスが顔を引きつらせる。


「ラグナロク上空を、魔法攻撃を掻い潜りながら高速で通過する。そのまま僕たちは『闇』の中に突入して待機」

「通過って……通過してどうすんだよ?説得は?」


 大輔の問いに、遥斗は視線を合わせた。

 その目は真剣そのもの。


「大輔とさくらさんは『るな』に乗って……ラグナロク上空を通過した瞬間に、飛び降りて」


「はぁ!?」


 機内に、さくらの素っ頓狂な声が響き渡った。


「ちょっと待って!飛び降りるって、どれだけスピード出てると思ってるの!?」

「マッハ2……かな?」

「マッ……死ぬ!パラシュートもない!」

「神獣がいる。るなの能力なら、着地できる……はず」


 遥斗は冷静に返す。


「軍の幹部なら、俺達の顔は分かるはずだ。いきなり攻撃されることもない。話を聞いてもらえる可能性が一番高いのは、俺達二人だ」

「いきあたりばったり過ぎ!作戦じゃない!特攻!」

 さくらが頭を抱える。

「じゃあ他に方法あんのかよ?」

「うっ……それは……」

 大輔に真顔で聞かれ、さくらは口ごもった。


 どこか安全な場所に着陸して、徒歩で向かうという方法もある。

 だが、それではどれだけの時間がかかってしまうか。

 厳戒態勢がしかれている今、数万の軍勢を突破して涼介やエレノアに会う事が出来るのか。


 否、だ。


 ハルカがミヅチを通して、バハムスの状況も常に視ている。

 彼らを待っていては遅きに失する。


「……あーもう!わかった!やる!やるしかないんでしょ!」

 さくらは半泣きになりながら、るなを引き寄せた。

「お願い、るな!わたしを守って!大輔はテキトーでいいから」

「きゅん!」

 るなは自信満々に吠えた。


「くくく、とんだ命知らずどもだ。気に入った!生きて戻れたらマテリアルシーカーに加入させてやろう!」

 マーガスがニヤリと笑う。

「そりゃどーも……生きて戻れたら、な」

 あまりのデリカシーの無さに、大輔からため息が漏れた。


「……到着まであと1分!」

 遥斗がコンソールを操作する。


「エレナ、みんなにシートベルトの着用を!風圧に備えて!」

「了解!」

「大輔、さくらさん!準備して!」


「おう!」

「もう知らない!」


「キャノピー、解放!」


 プシュウゥゥゥ……!

 コックピットの覆いが開いた瞬間、凄まじい風圧と轟音が機内に雪崩れ込んできた。

 息もろくに出来ない。

 目を開けているのもやっと。


「行くぞ!舌噛むなよ!」

 大輔が叫ぶと同時に、るなが飛び出す。

 その姿は、光に包まれると瞬時に成体へと変化した。


 大輔がるなに跨る。

 さくらも必死に後ろにしがみつき、大輔の腰に腕を回した。




 ここは地上。

 ラグナロクの防衛拠点本部。


 空気を切り裂く轟音が、空の彼方から聞こえてきた。


「敵襲来!!」

「上空!東の方角より、何かが接近中!」


 見張りの絶叫に、森全体がざわめく。

 数千の杖が一斉に空へ向けられ、魔法の詠唱が始まる。

 空気がビリビリと震えるほどの魔力密度。


 ラグナロクを守る陣形の中央に、一人の女性が立っていた。

 氷のように冷たい美貌を持つ魔導士。

 青白い軍服を着こなし、微動だにせず空を見上げている。


 彼女の名は、セリカ・ヴォーンクライ。

 ソフィア共和国、軍務総監にして、エレノアの片腕。


「白銀の守護者」の異名を持ち、エレノアの居ないソフィア軍を全て任せられるほどの信頼を得ている傑物。


「軍務総監!正体不明の飛行物体が接近しております!いかがなさいますか!」

 部下の報告に、セリカは冷徹に答えた。


「迎撃なさい」


 躊躇いなどない。


「えっ……?し、しかし、もし味方や民間人であれば……」

「この空域は封鎖されています。いかなる者も全て敵。暁が成就するまでは、たとえエレノア様であろうがラグナロクには近寄らせません」


 それが、彼女に託された使命であり、絶対の判断。


「総員、対空戦闘用意!……放てェェェェッ!!」


 セリカの号令と共に、一斉に魔法が放たれた。


 ここにいる25000人の兵の7割は、魔術系の兵士だ。

 それも、魔法大国ソフィアが国中から選りすぐった猛者たち。


「フレア・エクスプロージョン!」 「コキュートス・リベリオン!」 「サンダーワールド!」「アルティメットタイフーン!」


 あらゆる種類の高位魔法が、無数に殺到する。

 空を埋め尽くすほどの光の弾幕。

 虫一匹通さない、死の壁。


 しかし——


「なっ……!?」


 捉えられない。

 近づくスピードが、あまりにも……


 高速飛行モンスターは想定していた。

 ワイバーンやグリフォン程度なら、この弾幕で消し炭だ。

 だが、そんな生易しいものではない。


「速すぎる!詠唱が間に合いません!」

「なんだあれは!?」


 セリカの頭の中に「竜」の文字が浮かぶが、即座に疑念を振り払う。

 竜族など、そうそう出会うはずもない。


 ましてや、あの速度は竜王に比肩する。


 飛行物体は魔法の隙間を縫うように、あり得ない機動で接近して来る。


「あれだ!!」


 ようやく、その姿が見えた。

 それは生物ではない。

 月光を反射して輝く、銀色の金属の塊だった。


「モンスターでは……ない?」

 セリカが目を見開く。


 何かを判断する前に——  それは轟音と共に、頭上を飛び去った。


 キィィィィィィィン!!


 衝撃波が森を揺らす。

 まるで音を置き去りにしているようだ。

 速すぎて迎撃が間に合わない。


「総監!あれを!」


 誰かが叫んだ。

 飛び去った金属の塊が、何かを落としていった。

 直上から落下してくる、白い影。


「攻撃か!?防御障壁展開!」

「いえ、違います!あれは……!」


 兵士たちが目を凝らす。


 空飛ぶ白き狐、神獣るな。

 そしてその背に乗る、二人の人影。


「うおああああああああああ!!」

「きゃああああああああああ!!」


 絶叫と共に降ってくる、男女。

 その顔を見て、セリカは息を呑んだ。


「……大輔様!?」


 まさかの人物の強襲に、セリカが凍り付いた。

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