497話 虚無への進軍
エレノア・シルヴァーンと100名程の魔導士が、整列していた。
彼らが見据える先は——世界の果て、「闇」。
結局、彼らは一睡もすることが出来ず、出発の刻限を迎えていた。
この部隊は、ソフィア共和国が誇る精鋭中の精鋭。
それぞれが高度な空間魔法を習得し、さらに浮遊魔法、攻撃魔法を持つ、世界でもトップクラスの魔法使い達だ。
それらが、異様な装備を身に着けている。
ノヴァテラ連邦から提供された、漆黒のマジックアイテム。
強化、といえば聞こえはいい。
だが実態は、呪いのアイテムに近い。
術者の生命力を吸い上げ、強制的に魔力を増幅させる代物なのだから。
さらに——
「恐れよ!戒めの光に寄りて泡沫と化せ!汝の心、汝の魂、鋼の意思と共に!ブレイクフィアー!」
エレノアが、魔法を唱えた。
広範囲精神魔法。
恐怖を感じなくさせる、戦闘用魔法の極致であり、禁呪に近い。
術を受けた魔導士たちの瞳から、動揺や迷いが消え失せる。
ただ命令に従い、敵を殲滅するだけの存在。
下手をすれば、殺戮機械と変わりない。
「おはようございます、エレノアさん」
美咲がやって来た。
その後ろには、寝ぼけ眼をこする千夏もいる。
「ふあぁ……寝不足だぁ……ふみゅ」
この極限状況で、それでも千夏は完全に熟睡していたようだ。
並みの神経ではない。
あるいは、涼介への盲信が恐怖を塗りつぶしているのか。
「おはようございます」
軽く挨拶を交わすエレノア。
そして——
最後に現れた涼介を見て、眼を見張った。
(っ……!?)
その目。
その闘志。
立ち昇るオーラ。
先ほどまでの彼とは、桁違いだった。
研ぎ澄まされた刃のような、触れれば切れるほどの冷たく鋭い気迫。
僅か1時間の仮眠の間に、何が起きたのか。
(もし、私自身にブレイクフィアーをかけていなければ……勇者様の覇気にあてられて動けなくなるところでした……)
エレノアは密かに驚嘆しながらも、最終確認を行う。
「では、もう一度作戦の詳細をお伝えします!」
エレノアが懐から、水晶のようなアイテムを取り出した。
「まずは、闇の中は人が生きられない環境であると推測されます。よって、このマジックアイテム『ライブ・フィールド』を使用します」
水晶が淡く輝く。
「これは半径1kmに及ぶフィールドを形成し、内部に空気を閉じ込め、外部の熱や冷気、あらゆる有害なものから守ります。効果時間は半日ほど」
これが生命線だ。
「次に、一人の術者が全員に『エアー・フライ』をかけて高速移動します」
「魔力が尽きたら次の術者へ交代。魔力が尽きた者は空間転移魔法で、ゲートが設置された、この場所に転送し離脱させます」
リレー方式の強行軍。
消耗した者は即座に後方へ送ることで、部隊の進行速度を維持する。
「どこから転移しても、ここを出口とします」
「目標を発見次第、現地にゲートを作成。『ラグナロク』を目標に転移。設置と同時に起爆」
「爆発が確認出来たら空間転移し、ここに戻って来ます」
これが「暁」の全容。
完璧な計画だ。
「準備よろしいですか?では、発動します」
エレノアが水晶を掲げた。
透明な膜のようなものが、部隊全体を包み込む。
ライブ・フィールドが展開された。
「……ん?特になんも感じないけど?」
千夏がきょろきょろする。
エレノアがにっこりと笑った。
「ええ。この『現在の環境』をそのまま中に持ち込むのが目的ですから。変化がないのが成功の証です」
「あ、そっかー!毒ガスとか充満してたら嫌だもんね!あはは!」
「ふふっ、そうですね。呼吸用マジックアイテムは可愛くないですし」
意外に2人は仲が良い。
死地に向かうとは思えない。
傍からみると親子のようだ。
美咲は、少し青ざめた顔で涼介に尋ねた。
「ねえ、涼介くん……どう思う?中には毒ガスとか……あるのかな?」
涼介は、目の前の闇を見据えたまま答えた。
「無いだろうな」
「え?」
「逆に、ない。毒ガスどころか……空気すらあるかは怪しい」
美咲は息を呑んだ。
彼女の目にも、そう見えた。
何かがある、のではない。
何もない。
色も、音も、命も拒絶する、完全なる虚無。
その光景にぞっとする。
あそこへ飛び込むのか。
「……時間はありません。行きますよ」
エレノアが合図を送る。
術者の一人が『エアー・フライ』を唱えた。
フワッ。
100人程の決死隊の体が、一斉に浮き上がる。
周りの兵士たちが、敬礼を持って見送りをした。
彼らの目は決意に満ちている。
「エレノア様!勇者様!ご武運を!」
「何があっても『ラグナロク』だけは守ってください!頼みましたよ!」
エレノアが兵士たちに嘆願する。
「はっ!命に代えても守り抜きます!」
残された兵士たちは、この森で防衛線を死守すると誓った。
「行くぞ」
涼介の号令。
次の瞬間——
ヒュンッ!!
涼介たちは、弾丸のような高速で移動を開始した。
闇の中へと、落ちるように、吸い込まれるように。
消えていく。
それは——
遥斗たちが到着する、実に3時間も前の出来事だった。
本来ならば、闇から溢れる魔物の襲撃を想定し、その迎撃に時間を割くはずだった。
しかし、全く襲撃が無かったのだ。
不気味なほどの静寂。
それゆえ、彼らは計画を前倒しにして出発していた。
完全に、誤算だった。
遥斗たちの到着を待つことなく、勇者パーティは修羅の道へと踏み込んでいた。




