495話 鋼鉄の翼と、託された力
出発前。
王城の離れにある倉庫前は、異様な熱気に包まれていた。
格納されていた「鉄の塊」——VTOLが引き出され、出発の準備が整えられつつある。
その横で、大輔が自分の掌を握ったり開いたりしながら、嘆息していた。
「くそっ……やっぱ力が戻ってねーな」
昨日、遥斗に「竜騎士」の職業を素材とされた影響だ。
徐々に戻って来てはいるものの、感覚としてまだ7割程度。
日常生活に不自由はないが、全開のステータスには程遠い。
戦力としては心許ない。
「ごめんね、大輔。元に戻るには数日かかると思う」
「いや、気にすんな。どうせ俺の役目はの説得だからな。口さえ動けばなんとかなるさ」
大輔は強がって見せたが、その表情には焦りが見えた。
(いざとなったら力づくで……は無理だなこりゃ。話し合いで決着つけばいいけど)
倉庫の外には、バハムス率いるドラゴンたちが待機している。
その傍には、遥斗たちを見送る為に多くの人が集う。
その中に、シエルの姿。
彼女は今回、先行部隊には入らず、ツクヨミと共に後発隊として参加する選択肢を取っていた。
それには理由があった。
「師匠!」
シエルが遥斗に駆け寄る。
「お願いがあるっす。……自分の『魔術師』の職業、全部持って行って欲しいっす」
「えっ?でも、それじゃシエルは……」
「私が師匠について行けない分、師匠の力になってもらうっす。移動にも戦闘にも、風属性は便利っすから」
自分が遥斗のために出来る精一杯。
それは、「魔術師(風)のポーション」を渡す事。
職業の力を素材に使われれば、当分シエルは魔法が使えなくなる。
戦力外になるからこそ、回復しながら後発組と行く決断をしたのだ。
「……ありがとう、シエル。本当に助かるよ。遠慮なく使わせてもらうね」
遥斗にとっては願ってもない提案だった。
早速、シエルに手をかざす。
「ポップ!ポップ!ポップ!」
光と共に、シエルの体から力が抜ける。
遥斗の手元に、緑色に輝く「魔術師(風)」のポーションが複数生成された。
「ふにゃぁ……」
力を奪われ、シエルがその場にしゃがみこんでしまう。
「シエルちゃん!大丈夫!」
そんなシエルを、グランディスが慌てて支える。
「やっぱり心配だ!俺っちもシエルちゃんと一緒に残るぜ!」
グランディスが鼻息荒く意気込むが——
ドカッ!
「あ痛っ!?」
シエルの足が、グランディスの脛を蹴りぬいた。
「何言ってんすか!あんたはドラゴンに乗って先に行くっす!戦力外の私と一緒にいてどうすんすか!」
「ひどい!愛ゆえに!愛ゆえの行動なのに!」
「要らんす!勇敢に戦って散れっす!愛ゆえに!」
「ぴえん。しょんにゃ……」
漫才のようなやり取りに、少しだけ空気が和む。
マリエラが苦笑しながら頭を下げた。
「ホントにうちの子がすみません~」
「とんでもないです。マリエラさんも来てくれると聞いて心強いですよ」
遥斗は笑顔で礼を言った。
こんな柔らかな雰囲気でも、マリエラは豪傑と呼ぶに相応しい戦士。
その一撃は竜さえも圧倒する。
彼女だけではない。
ヘスティア、アイラ、サラ、アレクス、マルガ、ガルス、レイン、リリー……
皆、ドラゴンと共に先行してくれる。
そんな中、重い足を引きずりながらブリードもやって来た。
彼はエーデルガッシュの前に跪いて挨拶すると、すっくと立ちあがり遥斗に向き直った。
「遥斗殿……何卒……何卒陛下を頼む」
「はい、必ずお守りします」
弱っているとはいえ、ブリードの獅子の様な目を真正面から見据える。
今や、遥斗にはそれが出来るのだ。
その強き瞳を見て、ブリードは決意した。
「私の『剣聖』の力も……持って行って欲しい」
遥斗は目を見開いた。
ブリードは前回の戦いで力を提供したばかり。
まだ回復しきっていないはずだ。
「でも、ブリードさんの体が……」
「構わん。どうせ私もすぐには参戦出来ない身。剣聖の力だけでも連れて行ってくれ」
騎士の覚悟。
遥斗は敬意を表し、頷いた。
「ポップ!ポップ!」
再び、剣聖のポーションが生成される。
さすがは帝国の英雄ブリード。
力を奪われても膝をつくことなく、気丈に立っていた。
ドンッ!
「おい、これも持っていきな!」
最後に現れたのはアリアだ。
彼女は大きな麻袋を、遥斗の前に放り投げた。
袋の口が開くと、中には各種回復ポーションが山のように入っていた。
「必要だろ?」
「す、すごい量……これ、どうしたんですか?」
「廃墟になったシルバーミスト中からかき集めて来たのさ。瓦礫の下に埋もれさせとくには勿体ねぇからな」
ニっと笑うアリア。
さすがは冒険者、強かである。
この物資は、何よりも有難い援軍だ。
エレナと手分けして、マジックバックにしまい込む。
準備は整った。
「さぁ、行こう!」
遥斗たち8人は、VTOLに乗り込んだ。
操縦席に遥斗。
後部座席にエレナ、大輔、さくらとるな、エーデルガッシュ、アマテラス、ハルカ、そしてマーガスが座る。
遥斗がコンソールを操作する。
「魔導エンジン、始動!」
キイィィィン……!
独特の駆動音が響き、機体が微振動を始める。
魔力をエネルギーに変換し、推力を生むカガクの翼。
「テイクオフ!」
VTOLが垂直に浮き上がった。
見送りの人々から、ワッと歓声が上がる。
ディスプレイにマップが表示された。
「目的地設定……」
かつて母が訪れた場所のログ。
その中に、一つだけ異質な座標があった。
——『闇』。
加奈が500年前に到達し、ユグドラシルとなった場所。
「座標確認。……オートパイロット、エンゲージ!」
高度を確保すると遥斗はエンジンのノズルを水平方向に傾けた。
ズドォォォォン!!
VTOLが弾丸のように飛び出した。
凄まじい加速Gが乗員を襲う。
「うおおおおっ!来やがったァァァァ!」
マーガスが叫ぶ。
以前と同じ、いや以前よりも格段に速い。
それを見て、バハムスも大地を蹴った。
「我らも行くぞ!遅れるな!」
バサァッ!!
巨大な翼が広げられ、ドラゴンたちが一斉に飛び立つ。
それぞれの背には、人族や冒険者、エルフ族の精鋭たち、それぞれが5人ずつ分乗している。
総勢200騎余。
たったこれだけ。
それでも1国を亡ぼすには余りある程の力を秘めている。
先頭を行くバハムスの背には——
交渉役であるゴルビン、デミット、バレーンの姿があった。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
「た、高いぃぃぃぃ!落ちるぅぅぅぅぅ!」
ドラゴンの飛翔速度もまた、常軌を逸している。
VTOLに追随するほどの猛スピードだ。
背中に乗っている者たちは、風圧で振り落とされないようにしがみつくので必死だ。
とくに、体力にあまり自信がないデミットとバレーンは、情けない悲鳴を上げっぱなし。
力自慢のゴルビンさえも、鱗にしがみつきながら顔をひきつらせていた。
「まさか……竜王の背に乗る日が来るとは……長生きはするもんじゃねぇな……!」
カガクの翼と、最強の竜種。
異色の混成部隊が、夜の空を切り裂いていく。




