494話 選抜
簡易な軍事会議は、迅速かつ重々しい空気の中で幕を閉じた。
決定事項は大きく分けて三つ。
一つ。
連合軍の軍事最高責任者はソラリオンの王アマテラス、副責任者はノヴァテラ連邦のゴルビンとする。
かつての敵同士がトップに並ぶ、異例の体制だ。
二つ。
現在闇への侵攻軍、その指揮官である「紅蓮の魔導士」エレノア・シルヴァーンへの対処。
彼女の説得には、バレーン、ゴルビン、デミット、そして竜王バハムスが向かう。
竜の国の軍事力を背景に、強制的に対話のテーブルに着かせる算段だ。
武力衝突になれば、ドラゴンと精鋭部隊が激突し、互いに壊滅的な被害が出る。
最悪、そこにいる全員が死ぬ。
だからこそ、「対話」という選択肢を無理やりにでも選ばせる。
三つ。
主力軍の移動。
ツクヨミとブリードは、残ったエルフ・人族連合軍を率いて、転移魔法陣を使いアストラリア王国へ向かう。
使用するのは、クロノス教団、ヴァルハラ帝国、アストラリア王国が保有する「極秘転移陣」。
本来ならば国の存亡に関わる最高機密ルートだが、不可侵条約を結んだ今、迷っている時間はない。
それでも、全軍の到着にはどんなに急いでも一週間はかかる。
そして——
最も重要な任務。
「暁」作戦の中心、勇者涼介への直談判。
遥斗は、VTOLに乗るメンバーを選出するため、別室に仲間たちを集めた。
多くの者が集まった会議室だが、空気は張り詰めている。
部屋の奥に、アマテラスとバハムスが陣取っていたからだ。
神と竜王。
その威圧感は半端ではない。
遥斗は軽く咳払いをして、切り出した。
「えっと……VTOLに乗れるのは、操縦する僕を含めて8人ほどです」
定員は決まっている。
目的は戦闘ではない。
最奥にいるであろう勇者涼介に追いつき、説得すること。
少数精鋭である必要がある。
「僕と、大輔は確定です」
これは議論の余地がない。
涼介を止められる可能性があるのは、友人である大輔と遥斗を含む異世界人だけだ。
「……私も行く」
「きゅぅ!」
さくらと、その腕の中のるなが手を挙げる。
勇者パーティの一員であり、クラスメート。
これも誰も口を挟めない。
「余は行かせてもらおう。反対の者はいるか?」
エーデルガッシュが名乗り出る。
ヴァルハラ帝国皇帝であり、神子。
戦闘力、政治力、カリスマ性。
こんなに頼れる人材は他にない。
「……我も行こう」
アマテラスが手を挙げた。
会議室がざわめく。
「アマテラスさん……ですが、相手にとってあなたは敵の首領です。猜疑心を呼び起こす可能性もありますし、総攻撃の的になるのでは?」
「承知している。だが、相手は勇者だ。万が一戦闘になった場合、抑えられる戦力が必要であろう」
確かに、相手は最強の勇者。
戦闘になった際、太陽王の力は不可欠だ。
遥斗は頷いた。
「私も……行きます!」
ハルカも手を挙げた。
「私は相手の心が読めます。それに、ヤタの鏡で直接心を繋げられれば、説得の助けになるはずです」
「確かに。ハルカの力は欲しい」
これで6枠が埋まった。
残り2人。
「あたしが行くぜ!戦闘なら任せな!」
「きっと私もお役に立てるはずです!」
アリアとヘスティアが名乗りを上げる。
しかし、それを制して前に出たのは、魔法使いの帽子を被った少女だった。
「ちょっと待つっす!師匠!私が行くっす!マテリアルシーカーのメンバーとして、師匠の弟子として、行く資格があるはずっす!」
シエルだ。
その表情は真剣そのもの。
「シエルちゃん、止めとこーよ。危ないって……」
横にいたグランディスがシエルの袖を引く。
「何言ってんすか!むしろあんたも来るっすよ!」
「えぇー……いや、俺はパスで……」
及び腰のグランディスと、やる気満々のシエル。
その間に、割って入る影があった。
「待て待て待てぇーい!」
今度はマーガス。
オリハルコンの大剣をガシャガシャと言わせながら、仁王立ちする。
非常に邪魔だ。
「マテリアルシーカーのメンバーが行くと言うなら、リーダーであるこの俺様を差し置いてどうする!」
「お前の出る幕じゃねーよ、すっこんでろ馬鹿!」
「セリフが馬鹿の一つ覚えだ!馬鹿!」
「誰かつける薬探してこい!この馬鹿の!」
非難轟々。
即座に周りから総ツッコミが入るが、今回のマーガスは引かない。
床を猛烈な勢いで転がり出した。
「うるせーうるせー!行くったら行くんだ!そもそも、闇があるのは『ダスクブリッジ領内』だぞ?現当主はこの俺様だ。俺を連れて行かねーと、領地に入る許可証、出してやんねー!!」
「なっ……!この非常時に何言ってんだ、このクソ貴族が!」
「何とでも言え!これは政治的判断だ!」
子供のような駄々のコネ方だ。
しかし、その心意気は本物だった。
遥斗は深くため息をついて、
「……はぁ。分かったよ、分かりました。マーガス、頼むよ」
「おう!任せておけ!大船に乗ったつもりでな!」
マーガスが高笑いが木霊する。
これで7人。
あと一人。
喧騒の中、エレナだけが下を向いていた。
部屋の隅で、唇を噛みしめている。
「……どうした?お前は行かんのか?」
バハムスだ。
エレナはハッとして顔を上げる。
「バハムス様……」
「他の者に遠慮しているのか?それとも怖いか?」
違う。
エレナのアーマードスーツ「白虎」は、先ほどの戦いでエネルギーを使い果たし、自己修復も完全ではない。
今のままでは、エレナはただのお荷物。
遥斗の足手まといにはなりたくない。
「……白虎が動かなければ、私は……」
俯くエレナに、バハムスは意地悪く問うた。
「お前は、あの異世界人の少年と……『番』ではなかったのか?」
「へっ……?」
番。
つがい。
つまり、夫婦や恋人という意味。
エレナは一瞬意味が分からず、きょとんとしたが——
次の瞬間、顔が爆発したように真っ赤になった。
「つ、つつ、つがい!?ち、違います!まだそんな!あ、いや、違くはないですけど!でも番って!」
否定しようとするが、言葉が出てこない。
口がパクパクと動く。
そして、最後に出てきたのは——
「……い、行きたい……です。一緒に行きたい!彼の力になってあげたい!」
本音だった。
バハムスは満足げに頷いた。
「ならば後悔せぬように、な」
「はい!」
エレナは覚悟を決め、遥斗に向かって手を挙げた。
「遥斗くん!私も……私も行く!」
遥斗は、その言葉を待っていたかのように、満面の笑みを向けた。
「うん!エレナが来てくれると助かるよ!エレナの正確な錬金がないと困るんだ!」
「遥斗くん……」
それは遥斗の嘘だった。
その気になれば、エレナの能力をコピーすればいいだけ。
遥斗も、待っていたのだ。
エレナは涙で視界が滲んだ。
「あの、でも白虎が……」
「フン、魔素が足りんのであろう?その程度、造作もない。出してみろ」
バハムスが白虎のコア部分に指を触れた。
魔素は魔力の結晶。
膨大な魔力が、奔流となって注ぎ込まれる。
キュイィィィィン!!
白虎が、力強い輝きを取り戻した。
完全充填。
いや、それ以上だ。
「竜王の魔力だ。少し出力が上がり過ぎるかもしれんが、使いこなしてみせよ」
「あ、ありがとうございます!」
これで、全てのメンバーが決まった。
「よし……」
遥斗は全員を見渡した。
「VTOL特攻隊は、僕、エレナ、大輔、さくらさん(と、るな)、ユーディ、アマテラスさん、ハルカ、そしてマーガスの8人!」
最強にして、最高の布陣。
「行くよ!夜が明ける前に!」
遥斗の号令と共に、彼らは動き出した。
世界の終わりを止めるための、最後の戦いへ。




