493話 追撃、闇へ
太陽は頂点を過ぎ、やや西へと傾き始めた頃。
シルバーミスト王宮の広間には、世界の命運を握る重要人物たちが集っていた。
エルフ国からは、ソラリオンの王アマテラス、ルナークの女王ツクヨミ。
ヴァルハラ帝国からは皇帝エーデルガッシュ。
ノヴァテラ連邦からは代表議員ゴルビン、ソフィア共和国からは魔術総監バレーン。
竜の国からは竜王バハムス・ドラクロニアス。
勇者パーティ代表として中村大輔。
そして——アストラリア王国からは、なぜか遥斗が選出されていた。
円卓を囲む空気は重い。
人族でありながらエルフ国に味方をした皇帝、ということでエーデルガッシュが場を取り仕切ることになった。
「これより、停戦調停の儀を執り行う。宜しいか?」
幼き声が、凛と響く。
「各国代表は停戦に合意し、互いに賠償や保証などを求めず、復興に協力することをここに誓うものとする」
形式的なものではあるが、非常に重要な調印式だ。
ソラリオン、ルナークに対し、王国、帝国、連邦、共和国が不可侵条約を結ぶ。
そして、その証人として最強の竜王バハムスが名を連ねる。
羊皮紙に似た紙が順番に回され、各国の代表が粛々と羽ペンを走らせる。
歴史的な和解の瞬間。
そして——最後は遥斗の番だ。
遥斗は証紙の前で、立ち上がった。
「あ、あの……なんで僕なんですか!」
その疑問は当然である。
遥斗はアストラリアの国民でもなければ、そもそもこの世界の人間ですらない。
ただの冒険者であり、ただのアイテム士だ。
遥斗のサインに、国家を縛る効力などあるはずがない。
「仕方あるまい」
エーデルガッシュが腕を組む。
「アストラリア王族であるエリアナは死に、主要な重臣もあらかたおらん。一番地位が高いのは公爵家の血を引くエレナだが……あの娘に、今のこの場の責は重すぎる」
確かに、まだ十代の少女に敗戦国の代表としてサインさせるのは酷だ。
「消去法だな。遥斗、お前はこの戦いの最大の功労者であり、実質的なアストラリアの英雄だ。お前がサインすることに異を唱える者は、ここにはおらぬ」
アマテラス、ツクヨミ、バハムスが深く頷く。
当然、敗戦側であるノヴァテラ、ソフィアも承認せざるを得ない。
「で、でも、書類上の不備とか……」
「まぁ、ルシウス殿が上手く帳尻合わせするだろう。あやつは優秀だからな」
気楽に言う皇帝陛下。
遥斗は観念して、しぶしぶサインを行った。
『佐倉遥斗』
完全に場違い。
しかし、これにて調印が終わり、停戦が正式に承諾された。
広間に安堵の空気が流れる——はずだった。
しかし、ゴルビンとバレーンは浮かない顔をしている。
というより、死刑宣告を待つ囚人のようだ。
「……何か言いたい事があるなら、言を発してもらっても結構だぞ?」
エーデルガッシュが怪訝そうに眉を寄せる。
「我らはもう敵では無いはずだ。隠し事はなしにしよう」
ゴルビンが、意を決したように顔を上げた。
脂汗が滝のように流れている。
「……『暁』の事を、話さなきゃならん」
ゴルビンが語り出した内容は、衝撃的なものだった。
連合軍、特にソフィア共和国が中心となった別動隊が、アストラリア王国辺境ダスクブリッジ領内にある「闇」に向かって進行中であること。
そして——
「勇者パーティを中心とする決死隊が突入し、ソフィア共和国が開発した無限連鎖魔力爆弾『ラグナロク』を転移、魔物を殲滅させる作戦だ」
ダンッ!!
「馬鹿な事を!!」
アマテラスが激昂し、円卓を叩き割る勢いで立ちあがった。
灼熱のような怒気が広間を支配する。
「貴様ら!まだ分からんのか!ユグドラシル、いや加奈を殺せば全てが終わりなのだぞ!当然お前たちの命もな!」
ツクヨミが、慌ててアマテラスをなだめつつ、バレーンに尋ねる。
「魔道通信で中止を呼びかけることは出来ないのですか?そちらにも通信の魔道具はあるでしょう?」
しかし、ゴルビンとバレーンは申し訳なさそうに首を振った。
「……無理なのです」
「なぜですか!」
「この作戦は……『中止は絶対にしない』という前提で動いています」
バレーンが、震える声で説明する。
「敵は精神操作を得意とする。いかなる手段で司令部が傀儡にされるかは不明。なので……『中止を要請した場合、それは敵の罠と見做し、作戦を続行』と、最初から厳命されていました」
絶句した。
それは、暴走する機関車と同じ。
一度走り出したら、誰も止めるブレーキを持っていない。
「それでは……調印など……無意味ではないか!」
アマテラスが詰め寄る。
「待て、アマテラス殿」
エーデルガッシュが冷静に指摘する。
「これはあくまで『エルフ国』への不可侵条約だ。作戦目標である『闇』はアストラリア王国内にある。……つまり、条約違反にはならん」
「それは屁理屈だ!世界が崩壊するなら結果は一緒だ!互いに敵対しない、ということは共に世界の存続を願うということ!違うか!」
アマテラスの怒りはもっともだ。
それなら結局は人族を皆殺しにする、という結論にしかならない。
「……今はこの人たちを責めてもしょうがないよ」
大輔が、助け舟を出した。
「すべてエリアナとマリーンの主導で動いていた。巧妙に画策されてたんだ」
ゴルビンもバレーンも、小さくなっている。
彼らに悪意があったわけではない。
ただ、世界のため、生き残るために必死だっただけだ。
「今は原因よりも対策をどうするか、だな」
バハムスの重厚な声が、場を制した。
竜王は至って冷静だ。
「作戦はいつ決行なのだ?」
「……明日の、夜明けと共に」
バレーンが答える。
現在、午後の日差しが傾きかけている。
あと半日と少し、しかない。
「場所はアストラリアの果て……転移陣を駆使しても、ここからでは、どうやっても間に合わん……」
アマテラスが絶望的に呟く。
すでに目的地直前の勇者パーティに、軍事的移動が追いつくことなど不可能だ。
沈黙が落ちる。
世界が終わる秒読みが、静かに聞こえるようだ。
「……僕たちにはVTOLがあります!数名なら……間に合わせられます」
遥斗が、顔を上げた。
全員の視線が、遥斗に集まる。
VTOL型戦闘機。
垂直離着陸が可能な、滑走路を必要としないカガクの翼。
「母さんの創った魔道具なら、空を高速で突っ切れます!」
バハムスが、ニヤリと笑った。
「ほう……アレがまだ現存するか。ならば、我らドラゴン族も力を貸してやろう」
「バハムスさん!」
「大群は無理だが、精鋭数百人ならば背に乗せて運べる。竜の翼で間に合わせてみせよう」
希望の光が見えた。
VTOL。
バハムスを始めとするドラゴン族。
そして、ここにいる最強の戦力。
これだけの戦力があれば、力ずくで「暁」を止められる。
力づくでなくても、直接説得ならば……
可能性はある!
「時間は無い!3時間で準備!準備が整い次第直ちに出発だ!急げ!」
アマテラスが叫ぶ。
停戦会議は、即席の作戦会議へと変わった。
もはや国境も種族も関係ない。
世界を守るための、最後の共同戦線。
遥斗は拳を握りしめた。
涼介を絶対に、止める。




