表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
490/514

490話 終焉の血戦(15)

 

 全てが、終わった。


 空を覆っていた分厚い雲が晴れ、血のように紅かった夕日が、ゆっくりと地平線の彼方へ沈んでいく。

 戦場の熱気は急速に冷え、代わって訪れるのは夜の静寂。


 アマテラスが、巨体の竜王に向かって恭しく頭を下げた。


「感謝する、竜王バハムスよ。貴殿の助力がなければ、我らは敗北していたであろう」


 その横には、ツクヨミとハルカも控えていた。

 空には生き残ったドラゴンたちが舞い、雄たけびを上げて勝利を称えている。

 それは、世界最強の生物たちが、新たな時代を祝うファンファーレのようだった。


 バハムスは、彼らを見下ろしながら、腹の底に響く低い声で尋ねる。


「アマテラスよ、お前は……この世界をどう思う?」


 唐突な問いに言葉が詰まった。

 質問の意図を、計りかねたからだ。


 バハムスは、遠くを見つめる。

 その視線の先には、ボロボロになったシルバーミスト、いやエルフの国全体が広がっている。


「我は、この世界は終わるべき時が来た……と思っていた」

「……」

「人はあまりにも愚かすぎる。救う価値などない。共に滅ぶのも致し方なし、とな」


 アマテラスは答えられない。

 否定できなかったからだ。


 ツクヨミも。

 ハルカも。


 彼らもまた、人に絶望していた。

 利己的で、争いを好み、世界を食いつぶす寄生虫。

 だからこそ、全てを消し去り、加奈と世界を救う、という誓いを立てていたのだ。


 それは、全てを画策していた、エルミュレイナスの存在の有無など関係ない。

 彼に唆されるまでもなく、人々は自らの欲望で世界を、世界を支える加奈を苦しめていたのだから。


 スタンピードが起こっていたのも、その為なのだろう。

 人族が増え続ければ、いずれは世界がその形を保てなくなる。


 世界を維持するためには、


 間引きが必要。


「しかし——」


 バハムスの鋭い瞳が、地上の一点に向けられる。

 泥だらけになり、ボロボロになりながら、仲間たちと笑い合う少年の姿へ。


「どうやら、最期まで足掻く者たちがいるようだ」

 その言葉には、微かな温かみが含まれていた。

「人の魂の輝きを見た……今一度、信じたくなった」


 アマテラス達は、沈黙をもってそれに同意した。




 遥斗は、すぐには動けなかった。

 大の字に寝転がったまま、空を見上げている。

 夕闇の中に、一番星が光り始めていた。


 ただ、それを眺めていた。


 生きている。

 その実感を、星の頼りない光に重ねて。


「遥斗……勝ったんだな」


 視界に、顔が割り込んでくる。

 大輔と、さくらだった。

 小さくなった、るなを抱えて。


   二人とも煤け、服は破れているが、その表情は明るい。


「……うん」


 遥斗は何とか立ちあがろうと、体に力を入れる。

 しかし、膝が笑って力が入らない。

 極限まで張り詰めていた糸が切れ、肉体が悲鳴を上げていた。


 思わずよろめいてしまった。


「おっと!危ねえ!」


 大輔が慌てて支える。


 が——


 ドサッ!


「うわっ!?」

「ぐえっ!」


 支えきれずに、大輔も一緒に転倒してしまった。


 二人して、無様に地面に転がる。

 折り重なるように倒れた男二人。

 絵面は最悪だ。


「しっかりしなさい。遥斗君が怪我でもしたらどうするの……」

 さくらが呆れたように叱責する。


「仕方ないんだって!俺、今『無職』だから!ステータス下がってんだよ!一般人並みなの!」


 大輔が必死に言い訳を叫ぶ。

 竜騎士の職業を失った今の彼は、ただの青年でしかない。


「関係ない……いつも『気合いで乗り越えられる』って言ってた」

「理不尽だなぁおい」


 そのやり取りを見て、周囲から笑いが起こった。

 マーガスたちだ。


「ぷっ……くくく、お前ら意外といい奴じゃん。勇者パーティってのはもっとスカした野郎かと思ってたぜ」

 マーガスが腹を抱えて笑う。


 大輔が、顔を上げた。

「ん?あんた……マーガスだよな?」


 マーガスが、ニヤリと笑う。

 自慢のオリハルコンの大剣を、これ見よがしに背負う。


「おう、俺様を知っているとは光栄だな。やはりダスクブリッジ家の勇名は、諸国にも轟いていると見える」

「いや、他国民じゃなくて異世界人だけど……」

「細かいことは気にするんじゃない!ガハハハ!」


 気を良くして胸を張るマーガス。

 しかし、大輔は真顔で、とんでもないことを口にした。


「いや、訓練所時代に遥斗に意地悪してたから知ってんだよ。あの時のいじめっ子だろ?」

「ぶはっ!!」

 マーガスが吹き出した。

 喉に空気が詰まり、むせ返る。


「い、いつの話をしてやがる!あ、あの時は仕方なかったんだよ!異世界人ってだけで優遇されてたんがから!」

「だから、いじめてたんだろ?陰湿なヤツだ」

「うるせえ!テメーらの装備も、俺達貴族の税で賄ってたんだぞ!高級品身につけやがって!」

「別にお前が働いて収めた税じゃねーだろ?」

「うるさい!うるさい!うるさい!」


 顔を真っ赤にして怒るマーガス。

 戦場の空気が、一気に弛緩した。


「おーい!みんな生きてっかぁ?」


 その時、豪快な女性の声が響き渡った。


「師匠!?どこで油売ってたんですか、この忙しい時に!まさか、酒でも飲んでたんじゃないでしょうね!」


 いきなりマーガスの腹に、強烈な蹴りが入った。

 オリハルコンの大剣ごと、マーガスが吹っ飛ぶ。


「いってぇぇぇ!何するんですか!」

「失礼なこと言ってんじゃねーよ!一時避難してたら突然スライムが湧いて来やがって。気を失ってる奴らを守ってたんだよ!」


 燃えるような赤髪は乱れ、全身の傷跡が激戦を物語っていた。

 最強の冒険者パーティのリーダー、アリア・ブレイディアをもってしても命がけだったのだ。


「それにしても、とんでもない魔力量じゃたのー」

「この世の終わりかと思ったぜ!」

「……こんな依頼は二度と御免こうむる」

「もう休みたいです~」


 後ろにはマルガ、ガルス、レイン、リリーの無事な姿があった。


 そして、アリアは遥斗に向き直った。

「やったな遥斗」

「ありがとうございます。シルバーファングの皆さんも無事で良かった」

「……すまなかったな、助けてやれなくて。私らの力じゃ足手まといにしかなんねーからよ」

「アリアさん……」

 アリアが、少し寂しそうに笑う。

 獰猛な獣のようなアリアが、自信を喪失しているようだ。


「師匠!そんなに落ち込まないでください!シルバーファングは十分に強いと思います!元気出して!」


「……ありがとう……とでも言うと思ってんのか!てめー!コラ!」

「お前はどこの立ち位置からしゃべっとるんじゃ?」

「調子にのんじゃねー!」

「……はぁ、成長が見えんな」

「死ぬといいです~」

 シルバーファングの面々がマーガスがツッコミを入れまくると、再び笑いが起こる。


 そこに——


 ザッ、ザッ、ザッ。


 重い足音が近づいてきた。

 ゴルビン、デミット、バレーン。

 連合軍の重鎮たちだ。


 彼らもまた、シルバーファングの助けもあり、何とか生き延びた。


「……結局、どうなったんだ?

 スキンヘッドの頭を掻きながら、ゴルビンが困惑した顔で尋ねる。

 マーリンの反逆。

 エリアナの暴走。

 そして、スライムの消滅。


 事態が全く飲み込めていない。


 大輔が、真剣な表情に戻って告げた。


「……全部、マーリンの、いや賢者に化けたエルフが元凶だったんだ。俺達は騙されていた」


 重鎮たちが息を呑む。


「全ては嘘で……アマテラス達の言っていた事の方が正しかった。本当に、この世界は崩壊に向かっている」


 沈黙が落ちた。

 信じていた正義が、根底から覆されたのだ。

 今まで自分たちが掲げていた大義が、ただのペテン師の掌の上だったという事実。


 その時——


「じゃあ……『暁』はどうなるんだ!」


 ゴルビンが、大声を張り上げた。

 その言葉に、デミットたちもビクリと肩を震わせる。


 空気が、凍り付いた。


 エーデルガッシュが、前に出る。


「『暁』……とは何だ?まだ何かあるのか?」


 その問いに、ゴルビン達は口を噤み、気まずそうに俯いてしまった。

 何か、後ろめたい事があるだ。


 あるいは—— 口にするのも恐ろしいのか。


 大輔が、割って入る。


「……すまん。今はどうしようもない。みんな疲れているし、混乱している。後で話をしよう」


 その提案に、誰もが頷くしかなかった。

 これ以上の追求は、今の彼らには酷であり、危険でもあった。


 そこに、避難していた兵士たちも集まる。

 バハムスとアマテラス達も、遥斗の元へ集まって来た。


 とにかく、戦いは終わった。

 最大の脅威は去ったのだ。


 しかし、全てが終わった訳ではないのも確か。

 世界は未だ、滅びの淵にある。


 ——「暁」という謎の言葉。


 新たな謎と不安を残しつつ、遥斗たちはひとまずの休息を求め、シルバーミスト王城へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ