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487話 終焉の血戦(12)

 遥斗は落ちていく

 エリアナ・スライムの核に向かって落ちていく。


 周囲は仄かに輝き、薄暗く、絶望を称える。


 肉の壁。


 その中をひとり——


 いや、遥斗を守る為、エレナのビットが高速で追っていた。

 白銀の機体が、先行し飛翔する。



 スライムは、どんどんと傷口を塞いでいった。


 マーガスとエレナが開けた穴が——

 希望の路が閉じていく。

 ズルズルと、不気味な音を立てながら。


 遥斗も、当然飲み込まれる。

 触れられれば終わりの絶死領域に。


 粘液が侵食する。

 サンクチュアリの結界はもう届かない。


 アブソリュート・ドミニオンの剣聖スキルは発動したまま。

 粘液を、かろうじて弾き耐えている。

 それでも、身動きは取れなくなってしまう。


 四方八方から圧力がかかる。



 一緒に飲み込まれたビットが、防衛機能を発揮する。


 キィィィィン!


 フィールドを展開。

 光の壁がスライムを押し返し、再び道ができる。


 僅かながら、前方に空間を生成。


「シュトルムバッハー!トルナード!」

 遥斗が剣を振るった。

 噴き出す暴風を推進力として、遥斗は前に進む。


 まるで浮上装置もないのに、深海底に挑む気分だ。


 死への片道切符。

 圧力と暗闇。

 究極の死の恐怖。


 普通なら発狂する。


 しかし、遥斗は冷静だった。

 ただひたすらに目的に向かう。


 進めなくなれば終わり。

 何かを間違えても終わり。


 遥斗は全ての感情を押し込め、冷静さを保つ。

 深淵の底に全てを沈める。



『お兄様……あと100メートルほど先です……頑張ってください!』


 ハルカの声が頭に響いた。


 励まし。


 遥斗は、少し可笑しかった。

(あんなに……いがみ合っていたのに……)


 今は自分の心配をしてくれている。

 それが不思議な感覚だった。


『お兄様……その……本当に……ごめんなさい。私、お兄様に嫉妬していたんです』


 遥斗は、その言葉に聞き入る。


『お母様が……本当に愛していたのは……お兄様だけだと……思っていました』

『お兄様のために……あんなことになったお母様の話を聞いても……平然としている様にも、正直腹が立ちました』


 隠していた、感情が溢れ出す。


『でも……お父様たちを命がけで助けてくれる姿を見て……分からなくなったんです』

『自分に関係ない者のためにここまでするなんて、普通は出来ません……ツクヨミも感心していました』

『そして、今も……命を投げ出して私たちを救おうとしている……その姿は……お母様そっくりです』



 遥斗は——


 心の中で、答えた。


『母さんのこと……正直、よく知らないんだ』

『でも……父は……家族の事は嫌いだった……と思う』


 本音。

 誰にも言えなかった、封印してきた、感情。


『違うかな?嫌いとかでもない……どうでも良かった』

『世界から孤立している自分も……どうでも良かった』

『世界そのものすら……どうでも良かった』


 全てが無価値だった。


 自分も。


 他人も。


 世界も。



 その時——


 ビットが——


 壊れた。


 粘液に溶かされたのだ。

 遥斗が進むべき道を造っていたフィールドが消える。


 スライムが一斉に押し寄せてくる。


「くっ……!」


 遥斗は剣聖のスキルだけで、体をねじ込んでいく。


 アブソリュート・ドミニオンが最期の頼み。


 しかし、相手はあまりにも膨大な量を誇る。

 全てを消滅させ、防ぎきる事など不可能に近い。


 ついに、スキルが一部突破された。


 粘液が——


 遥斗の身体に、触れた。


 ジュウゥゥゥ……


 肌が溶ける。


 激痛。


 それでも——


 遥斗は、進む。



『……この世界は……』


 遥斗の声が響いた。


『こんな僕にも……本気で……ぶつかってくれた!』


 その声は——


 力強かった。


『僕の存在を……見てくれた!』

『僕と……関わってくれた!』


 ジュウゥゥゥ……


 音を立てながら——


 遥斗は、進む。


 肉体が——


 少しずつ、溶けていく。


 それでも——


 止まらない。


『母さんが遺してくれた……この世界は……僕を必要としてくれた!』


 遥斗の叫びが——


 心に、響く。


『だから!』



 その叫びに——


 マーガスと、エレナは心打たれる。


「遥斗……!」

「遥斗くん……!」



『お兄様!死なないで!』


 ハルカが、叫んだ。


 ついに——


 パリィィィン!


 酷使され続けたシュトルムバッハーが砕け散った!


 聖剣が破壊され、推進力が失われる。


 しかし——


 遥斗は、諦めない。

 マジックバックからエリクサーを取り出し飲み干した。


 傷も、失われた魔力も回復する。


 遥斗は、泳いだ。


 スライムの中を——


 泳いで、進む。


 体を、溶かされては進み。


 進んでは、溶かされ。



 エレナが崩れ落ちた。


「どうしよう……遥斗くんが……溶けちゃう……」


 恐怖で体が竦む。

 それを黙って見逃すほど、エリアナ・スライムは心優しくない。


 触手が、エレナを襲う。


「させるかよ!オーラブレード・クリムゾン!」


 間一髪、マーガスがエレナを救った。

 オリハルコンの剣で、触手をぶった斬る。


「諦めるな!あいつは必ずやる!なぁ!そうだろ!遥斗!」


 マーガスが戦場で吠えた。



 遥斗が諦めていないのに、自分が先に諦める訳にはいかない。


 エレナも立ち上がった。


「遥斗くん!頑張って!絶対に!絶対に!絶対に!……負けないで!信じてるから!!」


 必死の、エール。


 その声が、辛うじて遥斗の意識を繋ぎ留める。



 痛みは封印してきた。

 それでも、気を失いそうになる。

 酸素すら無く、呼吸もままならないのだから。


 心理状態とは関係ない、身体の生理的現象。


 それすらも、アイテムを使用する事で無理やり克服する。



 計算。


 残りのエリクサーの数。

 進む、速度。


 それだけを考える。


 感情は邪魔になるだけ。



 絶望的な状況、死と隣り合わせ。


 しかし——


 遥斗は、笑った。


「勝った……」


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