485話 終焉の血戦(10)
『ハルカ、エリアナ姫の意識は……まだ見つからないの?』
遥斗の声がハルカの頭に響いた。
思念。
言葉ではない、心の声。
『あの大きさですよ?そんな簡単には無理です!』
ハルカが、答える。
二人はヤタの鏡で、繋がっていた。
心と心を結ぶ神器。
それを使って、遥斗とハルカは秘密裏に連絡を取り合っていた。
最初はハルカの興味本位な行動から始まった。
バハムスを見た遥斗の心理状態を見たかったのだ。
どんなに強がっていたとしても子供。
竜王の姿を目の当たりにして、慌てふためいているに違いない、と踏んでいた。
ハルカは、母親に誰よりも愛されながら無頓着で、自分だけ不幸であるかの様な遥斗の振る舞いに我慢が出来なかった。
加奈が犠牲になったのは、遥斗を守るためだったのに。
自分から母親を取り上げた原因のくせに。
感謝の念すら持たず。
遥斗が萎縮する様を見て留飲を下げたかった。
『僕を見ているんだろ?話があるんだ……心で話したい』
ハルカは驚いた。
余程特殊な能力でもない限り、ハルカの読心術に気が付くはずがないから。
遥斗は気が付いたのではない。
予測。
ハルカの表情から推測をしたのだ。
恐るべき観察力。
『な……何なのですか?』
ヤタの鏡を使って念話を試みる。
『このままでは、僕たちは負ける』
『何を言うのですか!竜王バハムスが来てくれたのですよ?あなたは竜王の力を知らないから……』
『それでも負ける』
『じゃあどうするのですか!誰が勝てるというのですか!』
『君だ。ハルカ、君の力を借りたい』
『は?私にバハムス様以上の力があるとでも……』
『ある!君だけの力が!』
遥斗の狙いはスライムの中に隠された、エリアナの核を探すこと。
かつて王国で戦ったヴォイドイーター。
あの時、遥斗は学んだ。
スライム状のモンスターには核がある可能性を。
魂を宿した中心点。
それを破壊すれば——
倒せるかもしれない。
逆に、そうでなければ、あの巨大なスライムを消滅させる事など不可能。
たとえ、目の前の竜人がどんなに強大な力を持っていようとも。
だから——
遥斗は、攻撃を繰り返していた。
倒すのではない。
エリアナの反応を探るため。
攻撃を加え、どこに意識が集中するか。
それを——
ハルカに、探らせていた。
他の誰にも知られることなく。
エルミュレイナスに察知されたら終わりなのだから。
『もう少し……右上……そこを攻撃してみてください』
ハルカの指示が届く。
「右上に移動して!」
遥斗が、るなに指示を出す。
そして——
「ポップ!」
エリクサーを生成。
スライムの一部から、HPを吸い取る。
ハルカが意識の流れを、感じ取る。
『……違う、もっと左……』
スライムの中にエリアナの魂がある事は間違いない。
一点に意識があるのも確実。
しかし——
魂を探すのは、困難を極めていた。
意識が非常に曖昧なのだ。
そして最大の疑問。
場所を特定できたとして、遥斗はどうする気だろう。
精神が繋がったとしても、意思疎通ができる気がしない。
ハルカではどうしようもない。
こんなに曖昧で、はっきりとした意識に触れたことはなかった。
モンスターの方が、まだ生き物っぽい心がある。
もし、自然現象に心があればこんな感じなのだろうか。
ハルカは、目が見えない。
しかし、心を視る能力がある。
数えきれない心に触れて来た。
人の心。
エルフの心。
モンスターの心。
様々な、感情。
喜び、悲しみ、怒り、恐怖。
それらを感じ取ってきた。
だが——
エリアナの心は、異質だった。
本当に異質としか言いようがない。
遥斗がエリクサーを生成した際に痛みの感情はある。
それはあくまで反射。
それでどうする、とか、どうしたい、とか。
何も、ないのだ。
ただ——
痛みに、反応する。
それだけ。
意思が何も感じられない。
それでも、意識には流れがある。
遥斗が様々な方向から痛みを与えている。
その度に、微かな反応。
それらを手繰っていく。
そして——
『見つけた……!』
ハルカの声が、響いた。
それは形を成している訳ではなかった。
そこに、あっただけ。
アマテラスが突き刺した——
クサナギと、共に。
神剣。
まるでアマテラスの意思が宿っているかのように、エリアナの魂に食い込んでいた。
『お兄様……魂を見つけました……クサナギと一緒にあります!』
ハルカが、位置を伝える。
しかし、伝えたからといって、どうにかなるのだろうか。
山のように、大きな体。
対して核は、透明で小さい。
外部から、攻撃が届くとは、とても思えない。
遥斗の思考は巡る。
(核の位置は分かった……でも、どうやって攻撃する……?)
この大きさだ。
表面から核まで、どれだけの距離があるか。
そして——どうやって致命傷を与えるのか。
不可能だ、普通なら。
しかし、奇跡はすでに、そこにあった。
「エレナ!マーガス!ユーディ!少し時間を稼いで!」
「遥斗くん!どうするの?」
エレナが、驚く。
「すぐ戻る!お願い!」
遥斗がるなを駆って、アマテラスの元へ向かった。
今も魔法援護を続けているアマテラス。
その隣には、ツクヨミ。
「アマテラスさん!」
遥斗が、降り立つ。
「遥斗?どうした?」
「前線を離れて……大丈夫なの?」
二人が、心配そうに問う。
「アマテラスさん……お願いがあります」
その目は真剣そのものだった。
「護符を……アマテラスの護符を……借り受けたいんです」
アマテラスが息を呑んだ。
護符。
それはアマテラスの力の源。
レベルを引き上げ、全ての能力を底上げする。
強力なアイテムだが、すぐに遥斗に恩恵があるわけでもない。
「必要なんです……勝つために……お願いします!」
アマテラスが遥斗を、見つめる。
沈黙。
そして——
「……分かった。持って行くがいい」
アマテラスが、懐にしまってある護符に手をかけた。
「元々はお前の母がくれた物だ。お前には持って行く資格がある」
護符が手渡された。
「ありがとうございます……必ず……勝ちます!」
その瞬間、護符が遥斗を新たな使用者として認めた。
強く、強く光を放つ。
加奈の遺志が遥斗に受け継がれたのだ。




