483話 終焉の血戦(8)
バハムスは地面に叩きつけられたエルミュレイナスを見下ろしながら、渾身の一撃を放つ準備をした。
右腕に、ありったけの魔力を込める。
大気が震え、空間が歪む。
とてつもない力。
全てを終わらせる一撃。
バハムスの拳が——
振り下ろされた。
ドゴォォォォォォォォォォォン!!
爆音。
地面が砕け、衝撃波が走り、大地が割れた。
しかし、そこにエルミュレイナスの姿はなかった。
瞬間移動。
違う。
移動させられたのは——
バハムスの方。
神子の力。
対象を瞬時に転送する能力。
「ヒール!」
エルミュレイナスは回復魔法で、ダメージを全快していた。
砕けた腕も、傷一つなく元通り。
「ははは……さすがは竜王、といったところだな。力比べでは勝てぬようだ」
エルミュレイナスの余裕は消えない。
バハムスが、再び近寄っていく。
が、その瞬間——
目の前の景色が変わった。
「ヘル・エクスプロージョン!」
背中に、衝撃。
何かが叩き込まれた。
最上位魔法が、バハムスの背中を直撃していたのだ。
黒き爆炎が、竜王を包み込む。
ゴッド・トランス。
バハムスは——
エルミュレイナスの眼前に、瞬間移動させられていた。
しかも、ご丁寧に背中を向けて。
炎が竜王の身体を焦す。
しかし、バハムスは動じない。
この程度は小石をぶつけられたようなもの。
「温いな……」
振り返りざまに、裏拳を放った。
規格外のパワー。
だが、これは予知していた。
エルミュレイナスが簡単にいなす。
拳に拳をぶつけ、最小限の動きで軌道を逸らした。
バキッ!
いなした腕が、折れた。
触れただけで——
「っ、ヒール!」
即座に回復。
折れた腕が、元に戻る。
どちらも完全に規格外。
バハムスの攻撃は、一撃で全てを終わらせる。
エルミュレイナスの防御は、全てを予知し回避する。
絶対の矛と絶対の盾。
***
一方——
エリアナ・スライムは、ドラゴンたちと戦闘中だった。
ドラゴンブレスが、スライムの巨体を焼く。
反撃。
触手が伸び、ドラゴンを捕らえた。
「グアアアアッ!!」
竜の悲鳴。
巨大なスライムがドラゴンを捕獲する。
そのまま飲み込み、消化。
そして回復。
焼かれたダメージが瞬時に元通り、それ以上に巨大化している。
体に触れても——
触れられても——
終わり。
捕獲された時には、確かに息はある。
しかし、取り込まれれば、即座に消化される。
半端な距離は、あまりに危険すぎる。
遥斗は決断した、ここで切れる手札は全て投入すると。
もう、躊躇している場合ではない。
全力で——
この戦いを、終わらせる。
「エレナ!白虎を使用!」
「了解!」
エレナが、叫ぶ。
「来て!白虎!」
マジックバッグから——
無数のパーツが、飛び出した。
キィィィィィン!
金属音を立てて飛翔し、エレナの身体に装着されていく。
腕。
脚。
胴体。
頭部。
全身が——
白銀の鎧に包まれた。
神のスキルより生まれし全身装甲、白虎。
その輝きは——まさにカガクの力。
異世界の産物。
遥斗は、エーデルガッシュに視線を向ける。
「ユーディ……ブリードさんの剣聖のスキルを使わせてもらいたいんだ。いいかな?」
「構わぬ。存分にやれ。今必要なのは最大戦力だ」
ブリードも、覚悟を決めた顔で頷いた。
「うむ。私の力が役に立つのなら使ってくれ。陛下のお力になれぬのは残念だが……任せるぞ!」
遥斗がフェイトイーターを掲げた。
黄金のチャクラムが、ブリードに向けられる。
「フェイトイーター!」
刃がブリードの前で回転する。
その瞬間——
ブリードの身体から、光が溢れ出す。
職魂。
職業の魂。
それが抽出された。
「剣聖……!」
フェイトイーターが遥斗の元に戻ると、職魂が浮かび上がる。
エレナが即座に動く。
「アルケミック!」
「職魂」と「ポーションだったもの」が溶けて混じりあい、形を成していく。
錬金。
そして——
「剣聖のポーション……完成よ!」
エレナが、小瓶を遥斗に手渡した。
遥斗は即座にアイテム登録。
そして——
ポーションを、飲み干す。
熱い。
力が身体に、満ちていく。
さらに、遥斗はブリードの手を翳した。
「ポップ!」
ブリードの職業そのものを素材とし、剣聖のポーションを生成。
それを二つ。
遥斗が、一本目を飲み干す。
そして——
二本目。
圧倒的な力が遥斗の全身を駆け巡った。
100%の剣聖の職業を得たのだ。
方やブリードは膝をつく。
「ぐっ……」
職業の力が、半分以下になってしまった。
もう、この戦いにはついてこられないだろう。
それは遥斗の、残酷だが必要な判断だった。
戦力集約、この戦いを終わらせるための。
遥斗の身体が光を放つ。
「前衛は……僕とエレナで行く!」
「魔法援護は……アマテラスさん、ツクヨミさん、お願いします!」
アマテラスと、ツクヨミが頷く。
「残りは……」
マーガスが、オリハルコンの大剣を構える。
「俺は……アレと戦う」
剣が震えていた。
共鳴、とでもいうのだろうか。
オリハルコンが鳴いている。
「あれは、ここにあっちゃいけないものだ!だから……俺が行く」
その目は必死だった。
イドから流れ込む情報が、マーガスを突き動かす。
エーデルガッシュも、剣を構えた。
全身から、凄まじい勢いで神気が溢れ出していた。
もはや実体を持つ圧力と化す。
「これは余の使命だ!神など関係ない!民のため、いや世界のために!」
神子の力が解放される。
全員が最終決戦へ向けて覚悟を決めた。
「遥斗殿、これを使ってくれ。もはや今の私には必要ないものだ」
「ブリードさん……」
それはシュトルムバッハーだった。
ヴァルハラ帝国でも数本しかない聖剣。
傷だらけで、いつ朽ちてもおかしくない程のダメージを負っているが。
それでも剣は、戦う事を恐れてはいない。
輝きは増すばかり。
遥斗が——
剣を受け取った。
剣聖の証を。
それを振りかざす。
「行くよ……みんな!」
「おおーーーーー!!!」
そこにいる者は決意した、絶対に勝ってみせると!




