481話 終焉の血戦(6)
炎が——
街を、埋め尽くす。
天から降り注ぐ、無数の火炎。
ドラゴンのブレスが、シルバーミスト全域を焼き払う。
スライムが燃える。
蒸発していく、エリアナの分身たち。
「助かった……のか……?」
大輔が、呆然と呟く。
エレナも、信じられないという表情で空を見上げた。
「竜の群れなんて……」
マーガスは、地面に座り込む。
「ほっ……本物のドラゴンだ……初めて見たぜ……」
この世界にあっても、ドラゴンの存在は特別なものだ。
実物を見られる者の方が珍しい。
エーデルガッシュも、剣を下ろした。
「まさか……竜の国が動いたというのか」
絶望の淵から一条の光。
ドラゴンたちは街中に散らばり、スライムを駆逐していく。
圧倒的な、殲滅力。
最強種と謳われる竜族だけある。
遥斗はずっとこれを待っていた。
一時は間に合わないと、覚悟もした。
それでも来てくれた。
エルミュレイナスは苦々しい表情で、その光景を見つめる。
炎に包まれる街。
焼かれていく、エリアナ・スライム。
「また……か……また、あの時が繰り返されるというのか」
呟きが、唇から零れる。
その目には、怒りではなく——
諦念に似た何かがあった。
500年前。
密かに行ったエリュシオン。
あの時もこうして、竜族に邪魔をされた。
そして、神の光臨を異世界人の女に壊された。
同じ光景。
同じ展開。
全く同じ——
「……だが」
エルミュレイナスの口元が歪んだ。
「今回は違うぞ……500年……500年かけて準備を整えたのだ」
「お前たちの邪魔など……もはや意味はない!」
そして三つの人影が、遥斗たちの前に降り立った。
一つ目は——
巨大な翼を持つ、ドラゴンを思わせる亜人。
竜の特徴を持ちながら、人の姿をしている。
竜人族。
その存在感は圧巻だった。
威厳。
風格。
力。
全てが、他種族とは次元が違う。
二つ目は——
美しいエルフの女性。
どこかアマテラスに似ている。
アマテラスの金に対しての銀。
まさに月の女神。
三つ目は——
幼い少女。
人間とエルフのハーフ。
エルフ族にはない黒き髪。
アマテラスの面影を色濃く残している。
竜人族が、アマテラスに声をかけた。
「久しいな……シューテュディ、いやアマテラスよ。少々遅れたか?」
その声は、低く、重い。
そして、圧倒的な威厳が満ちていた。
アマテラスが満面の笑みで答える。
「いいえ!よくぞ来てくれました……バハムス殿!」
竜王バハムス。
希少種竜族の中でも、僅かしかいない上位種ドラゴンロード。
竜の国を治める、絶対的な存在。
そして——
アマテラスの父、オルミレイアスの親友。
銀髪のエルフが、アマテラスに駆け寄った。
「兄さん!」
「ツクヨミ……!」
アマテラスの妹。
ツクヨミ・ファシグデューン
エルフ国ルナリアの女王。
「全ての戦況は……ハルカのミヅチネットワークで把握していたわ……だからバハムス様に助力をお願いしたの」
見た目は幼い少女が、アマテラスの元へと走った。
「お父様!」
「ハルカ……」
アマテラスが愛おしそうに娘を抱きしめた。
「よく……よく間に合ってくれた……」
クロノス教団メシア・ハルカ。
アマテラスの娘。
遥斗たちが、その光景を見守る。
感動の再会。
家族の絆。
それは、この戦場において奇跡をもたらす光。
バハムスがエルミュレイナスに、視線を向けた。
「貴様……エルミュレイナスだな?」
「竜王……バハムス……」
二人は——
面識があった。
なぜなら、エルミュレイナスがルナリアの王であった時代、いや、それ以前からずっと親交があったからだ。
エルフ族とドラゴン族は共に不干渉ながら、友好関係を続けていた。
バハムスはオルミレイアスの父、そのまた父と交流があったと聞く。
そして500年前。
意図せず、エルミュレイナスの計画を打ち砕いたのがバハムス。
エルミュレイナスは悟った。
これが未来視を揺らがせていた原因だと。
未来視とて絶対ではない。
様々な要因で揺らいでいく。
強大な力が介入すればするほど——
未来は、変わる。
(竜王バハムス。こんなバケモノが、最強種のドラゴンを率いて現れたでは……揺らいで当然、か)
しかし——
エルミュレイナスは笑う。
「……この程度は想定済みだ」
その言葉に、全員が息を呑む。
「これも……見えていた未来の一つでしかない。織り込み済み」
エルミュレイナスの目が、遠くを見る。
「500年……500年かけて準備してきたものを見せてやろう!」
拳を、握りしめる。
エルミュレイナスが、スライムに合図を送った。
念を飛ばし、意志を伝える。
すると——
街中に散らばっていたスライムたちが集い始めた。
一斉に。
不気味な音を立てて、蠢きながら。
今や十万人以上の血を啜り、真っ赤に染まったスライムたち。
それが——
一か所に、集まっていく。
「この世界は神の物だ!貴様の思い通りになると思うな!」
エルミュレイナスは笑った。
それは狂気の笑み。
しかし、バハムスは涼しい顔だった。
「ほう……集めてくれるのか?助かるな」
バハムスが空を舞うドラゴンたちに合図を送った。
咆哮。
竜の雄叫びが、大地を震わせた。
無数のドラゴンが、集うスライムに照準を合わせる。
「一斉砲火!」
バハムスの号令が、響いた。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!
まさに火の海。
数百のドラゴンが、一斉にブレスを吐き出す。
その威力は——
想像を絶していた。
空が、赤く染まる。
大気が、沸騰する。
地面が、溶ける。
集ったスライムが燃え、蒸発していく。
圧倒的な力。
これが——
竜族。
ツクヨミがハルカの手を握った。
「ハルカが……バハムス様を動かしてくれたの」
その声は、優しかった。
アマテラスが娘の頭をゆっくり撫でた。
「そうか……よくやってくれた……お前は……真の救世主だ……」
ハルカが、父に抱きつく。
「お父様!生きてて……よかった!」
幼い声が、震えていた。
「もう……会えないかと……」
エーデルガッシュが、ホッと息をついた。
「これで……終わるのか……」
マーガスも、笑った。
「やっとかよ……長かったぜ……」
エレナが、遥斗に寄り添う。
「よかった……本当に……」
大輔とさくらも、安堵の表情。
終わった。
ついに——
終わったのだ。
しかし、遥斗だけは違和感を感じていた。
(おかしい……あまりにも……この展開は誰でも予想できる。なのに、なぜ結集を行った?なぜ余裕でいられる?)
その時——
おい!あれ見ろ、マーガスが叫んだ。
スライムたちは——
燃やされるよりも、集う数の方が圧倒的に多かった。
街中から。
建物の中から。
地下から。
無数の、スライム。
それが——
一点に、集中していく。
どんどん、巨大に。
人よりも大きく。
モンスターよりも大きく。
建物よりも大きく。
山のように。
「な……なんだよ……あれ……」
大輔が、呻いた。
都市中のスライムが、一か所に集まる。
多くの人族とエルフ族の命を啜り、血に塗れ、肥大化したエリアナ。
その大きさは、ドラゴンの群れすら霞むほど。
無数の触手が、空に伸びる。
そして——
空を飛ぶドラゴンを、捕まえた。
「グアアアアアアアッ!!」
ドラゴンの悲鳴。
触手に絡め取られ、巨大なスライムに引き込まれていく。
捕食。
最強種ドラゴンでさえ——
「あ……ああ……」
アマテラスが、呻く。
ツクヨミも、震えていた。
「こんな……こんなの……」
あまりの巨大さ。
醜悪さ。
凶悪さ。
それは——
人の想像を、超えていた。
バハムスでさえ、表情を曇らせる。
エルミュレイナスが高らかに吠えた。
「見たか!これが……エリュシオンだ!お前たちでは止められぬ!神が降臨するぞ!」
巨大なスライムが——
蠢く。
世界の絶叫が聞こえた。




