48話 スタンピード(4)
王立学院の図書館。大きな窓から街の様子が一望できる。遥斗、エレナ、トムの3人は、その窓際に立ち、息を呑んで外の光景を見つめていた。
街は炎に包まれ、至る所で建物が崩れ落ちている。遠くから悲鳴が聞こえてくる。
「これは...」遥斗の声が震える。
「ひどすぎる...」
エレナが小さく息を呑む。
トムは言葉を失ったように、ただ黙って外を見つめている。
その時、背後から優しい声が聞こえた。
「大丈夫よ、みんな」
振り返ると、エステリアが立っていた。彼女の手は小刻みに震えているが、それでも笑顔を保とうとしている。
「きっと...大丈夫」
その姿に、遥斗は美咲を重ねた。いつも皆を気遣う美咲。今、彼女はどこで何をしているのだろう。
突然、エレナが声を上げた。
「あれは...マーガス?」
遥斗とトムも目を凝らす。確かに、校門から飛び出す人影がある。
「まさか...一人で戦いに行くつもり?」
トムが驚いた声を上げる。
エステリアの表情が一変する。
「だめ!危険すぎる!」
彼女は慌てて走り出す。
「エステリアさん!」遥斗が声を上げる。
「危ないです!戻ってください!」エレナも叫ぶ。
しかし、エステリアの足は止まらない。彼女の姿が、図書館の扉の向こうに消えていく。
「くっ...」遥斗が歯を噛みしめる。
「どうする?」トムが遥斗を見る。
遥斗は一瞬考え、決意を固めた。
「放っておけない」
彼はマジックバッグから魔力銃を取り出し、チェックを始める。
「二人を連れ戻してくる。君たちはここで待っていて」
しかし、エレナとトムも既に銃のチェックを始めていた。
「行くなら3人で」エレナが真剣な眼差しで言う。
遥斗は苦笑する。
「分かった。じゃあ...行こう」
3人は足早に図書館を後にした。
街に出た瞬間、彼らは言葉を失った。
目の前に広がるのは、まさに戦場だった。建物は崩れ、道路は割れ、至る所で火災が発生している。
「これが...王都...?」
トムの声が震える。
その時だった。
重い足音と共に、一つの影が現れた。
「あれは...」エレナの声が上ずる。
シャドウストーカー。その禍々しい姿が、3人の前に立ちはだかった。
「く...」遥斗が銃を構える。
エレナとトムも、震える手で銃を向ける。
「落ち着いて...」遥斗が小さく呟く。
シャドウストーカーが一歩前に出る。
「今だ!」
「ファイア!」
3人の声が重なる。銃口から鉄の弾丸が放たれ、シャドウストーカーに直撃する。
しかし──。
「効いてない...?」
トムが絶望的な声を上げた。
シャドウストーカーは、まるで何事もなかったかのように歩み寄ってきた。
その殺気と禍々しい黒いオーラに、3人は押し潰されそうになる。
「みんな落ち着いて!もう1回!」遥斗が叫ぶ。
再び3人は銃を構える。
「ファイア!」
今度は、シャドウストーカーが少し後ずさった。
「効いてる!」エレナが声を上げる。
「もう一度!」遥斗が叫ぶ。
3度目の「ファイア」の掛け声。
シャドウストーカーが断末魔を上げ、光となって消えた。
その瞬間、3人の体が赤い光に包まれる。
「これは...」トムが驚いた声を上げる。
「レベルアップ...」エレナが小さく呟く。
しかし、遥斗の表情は明るくない。
「リロード!」
彼の声に、エレナとトムは我に返った。
「そうだった...」トムが呟く。
遥斗は焦りを隠せない。たった今の魔物を倒すのに、9発もの弾丸を使った。魔力銃は4発しか装填できない。つまり一人で戦えば必ずリロードが必要になる。
遥斗は背筋が凍る思いだった。1対1なら、間違いなく殺される。
(HPが高い相手には、僕の『生成』能力もあまり役に立たない)
改めて魔物の恐ろしさを痛感した瞬間だった。
「どうする?」エレナが不安そうに尋ねる。
遥斗は深く息を吸い、決意を固める。
「行こう。エステリアさんとマーガスを見つけないと」
3人は、互いに不安な表情を交わしながらも、前に進み始めた。
街は地獄絵図と化していた。至る所で建物が崩れ、火災がし、人々の悲鳴が聞こえる。
(エステリアさん、マーガス...無事でいてくれ)
彼らの足音が、瓦礫の上で響く。未知の危険が潜む街の中を、3人は慎重に進んでいく。
突然、遠くで戦闘をしている音が聞こえた。
「あっち!」エレナが叫ぶ。
3人は走り出す。心臓が高鳴り、恐怖と不安が入り混じる。
(間に合え...!)
遥斗の心の中で、祈りにも似た思いが渦巻いていた。
そして、3人はその光景を目にした。
マーガスが3匹のシェイドハウンドと激しく戦っている。
「マーガス!」
エレナが思わず声を上げる。
しかし、その声はマーガスの耳には届かない。彼は全神経を戦いに注いでいた。
銀色に輝く剣が、空気を切り裂く。その動きは流麗で、まるで舞踊のようだ。
(あれは...アリアさんの剣術?)
遥斗は驚きを隠せない。
シェイドハウンドの1匹が前に出る。しかし囮だ。その隙に他の2匹が左右から同時に襲いかかる。
マーガスは素早く身をひねり、1匹の攻撃を避ける。しかし、もう1匹が迫ってくる。
(まずい!)
遥斗の心臓が高鳴る。
その時、マーガスの声が響いた。
「アルケミック!」
目にも止まらぬ速さで、銀の剣が形を変える。そこには銀の盾が。
「シールドバッシュ!」
盾が衝撃を発しシェイドハウンドを弾き飛ばす。
「すごい...」トムが呟く。しかし、マーガスの動きは止まらない。
「アルケミック!」
今度は銀の弓矢が現れる。
「チャージショット!」
オーラを纏った矢が先ほど弾き飛ばしたシェイドハウンドに放たれる。しかし、シェイドハウンドをわずかに掠めただけでそれを躱した。
「くそっ!」マーガスの苛立ちの声が響く。
「あれは...」エレナが驚きの声を上げる。
「白銀操術戦士...!」
遥斗とトムが振り返る。
「白銀操術戦士?」
エレナは勤めて冷静に説明を始める。
「錬金術を使って金属を自在に操る、超レアな職業よ。武器を瞬時に変化させて戦うの」
その言葉に、遥斗は心底驚いた。
マーガスがそれ程の才能を秘めていた事に。
そういえばかつて遥斗たちがシェイドハウンドに襲われた時、最初マーガスたちの方に向かっていった事を思い出した。
その後遥斗たちが倒したが、マーガスたちは無事だった。それは彼がシェイドハウンドを追い払ったんだと、遥斗はこの瞬間、納得出来たのだった。




