477話 終焉の血戦(2)
スライムと化したエリアナが去った後、エーデルガッシュの元に遥斗達が集った。
遥斗以外に、エレナ、ブリード、アマテラス、大輔、さくら、マーガス。
これで全員。
あれだけいた戦士たちも、戦えるのは今やこれだけ。
それでも、立っている。
戦える者たちは、ここにいる。
エーデルガッシュが、一歩前に出た。
幼い身体。
しかし、その姿には全てを背負う意志があった。
少女皇帝が、エルミュレイナスに向かって問いかける。
「貴様……エリアナ姫に何をしたのだ!今何をさせている!」
その声は、怒りが滲んでいる。
たとえ、敵であったとしても。
あれは、ない。
エルミュレイナスは——
微笑んだ。
心の底から。
「ありがとう」
感謝の言葉。
それが、余計に腹立たしかった。
「君たちのおかげで……エリュシオンが完成するのだ」
「エリュシオンとは何なのだ!答えろ!」
エーデルガッシュが、叫ぶ。
エルミュレイナスが、不思議そうに首を傾げた。
「お前は……何故、神子なのに聞こえないのだ?神の声が。おそらく、それも神のご意思なのだろうが……」
本心から、不思議そうに。
「……お前の……役目はなんだ?エリアナを導く事ではないのか?エリュシオンのために」
「ふざけるな!余が受けた宣託は、貴様らを止めること!いや、神の意思を捻じ曲げる者全てを!」
エルミュレイナスが、一息ついて語り始めた。
「エリュシオンとは……神の光臨の儀」
その言葉に、全員が息を呑む。
「ずっと……ずっと聞こえる……何百年も。神の声が……」
エルミュレイナスの目が、遠くを見ていた。
まるで、別の次元の何かを見ているように。
「『全ての命の光を、供物と捧げよ』……と」
静寂。
誰も、言葉を発せない。
「嘘だ!神は……そんな事を望んでいない!」
エーデルガッシュが、懸命に反論する。
「神は命を慈しんでおられた!世界を憂いておられた!」
それを聞いて、エルミュレイナスは冷たく笑った。
「愚かなり……お前は、命を輝かせるための道具に過ぎん」
その言葉に、エーデルガッシュの拳が震える。
「命の輝きを捧ぐ時……力を得て……神は顕現するのだ!」
「それこそが……エリュシオン!」
絶対の確信。
この男は——
本気で信じている。
「……あのエルフの言うことは……正しいかもしれんぞ」
マーガスが口を開いた。
その言葉に、全員が振り向く。
「オリハルコンから……伝わる情報も……断片的だが……ほぼ同じことを言っている」
マーガスの顔は、蒼白だった。
オリハルコンが、今も叫び続けている。
無数の死者たちの、声。
「イドに……繋がっている……死者の魂が……神の光臨を伝えてくるんだ」
マーガスが、あまりにも恐ろしい真実を呻く。
「そうか!……そういうことか!」
遥斗だった。
今までの情報を元に、状況分析を行う。
「意図的に魔力消費を起こし……物質を、エネルギー化させてイドに送り込む……それが狙い」
遥斗の目が、エルミュレイナスを見据える。
「ずっと不思議だったんだ。そんな事をしても世界が消滅するだけ。何の得があるんだろうって……」
「もしかしたら、崩壊させること自体が目的かも知れない、と思ってた。つまり破滅願望。でも違ってた?」
質問ではない。
確認だ。
「イドに……送り込まれたエネルギーで何かを企んでいるんだ」
遥斗が、続ける。
「それが、あなたの言う『神の顕現』、それがエリュシオン」
それを聞いて、アマテラスが呟いた。
「……クロノス」
その言葉に、全員が振り向く。
「加奈が……イドに繋がった時、最後に言った言葉だ。『クロノス』……と」
「クロノス……神の名前……ギリシャ神話の……時を司る神」
さくらがだった。
異世界から来た彼女だからこそ、知っている知識。
「イドには……本当に神がいる?そして……力を得て……この世界に現れようとしてるの?」
その言葉に、全員が凍りつく。
「それが本当に神かどうかは置いておいて、何かが物質化してこの世界に現れようとしている。想像を絶するエネルギーを糧に」
遥斗が分析を進める。
「それこそ、この星を使って同じ質量規模なら……どんな大きさになるんだろう?大陸クラス?いや、比重が極めて重いのかもしれないけど。とても意思のある生命体とは思えない」
「神とは、人にスキルや魔法、職業を与える存在……確実に自我を持っている。何百年も、何千年も……繰り返されてきた。それは人の尺度では計りしれぬ。そして、その力も。余の神子の能力だけでもこのあり様だ」
エーデルガッシュが、灰燼と帰したシルバーミストを見渡した。
神子の力でこれならば、神自身はどれ程の事が出来るのか見当も付かない。
そして、それは、どれだけのエネルギーを、いや質量を持つのか。
「エリュシオンが……完成してしまえば終わりなの?ねぇユーディ!神の声は何か言ってこない?打開策とか!」
必死の形相でエレナがエーデルガッシュに詰め寄る。
しかし、エーデルガッシュは俯くのみ。
「すまん。宣託は……一度あったきり……だ。アヤツの様に、常に神の声が聞こえる訳ではない」
「余は……利用されていたのか……」
遥斗の目が、エルミュレイナスを見る。
パチパチパチと拍手が聞こえる。
「素晴らしい……素晴らしい理解力だ……皆の者よ」
エルミュレイナスが、天を仰ぐ。
「神は……悠久の昔から……人々にスキルを与え……魔法を与え……職を与え……戦わせてきた。モンスターという成長起爆剤も用意して」
その声は、恍惚としていた。
「人の欲は果てしない。より強く、より多く、より幸福に……行きつく先は、自分達の終焉だというのに。愚かで、愛おしい。全ては……この日のために……」
「神が……降臨される……」
狂気。
その目には、狂信的な信仰があった。
「世界は平等に終わる……私はその為に選ばれた導き手!ははははははは!素晴らしいではないか!」
エルミュレイナスが、笑った。
「ふざけんな!そんなの……認められるか!」
大輔が、叫んだ。
それは烈火のような叫び。
人を騙して嗤うなど、あっていいはずがない。
「俺たちは……何のために異世界に呼ばれた!何をさせる気だったんだ!」
「お前たちも運命の一部。最後のピース。光栄に思うのだな」
「は?俺がお前の思い通りになるとでも?馬鹿にすんじゃねえよ!」
「『ついで』が良く喋る。ここまで無知蒙昧だと、憐れを通り越して呆れるな。用済みの神子と共に、神の供物となり果てよ」
「な……んだと!」
ブリードも、シュトルムバッハーを構えた。
「陛下を……愚弄するなどと……絶対に許さんぞ!」
アマテラスも拳を構える。
「エルミュレイナス!貴様はだけは!ここで倒す!」
全員が——
エルミュレイナスに、向き合った。
怯むものなど一人もいない。
それでもエルミュレイナスは、笑っていた。
「無駄だ。お前たちでは私に勝てぬ。勝てたところで意味はない。エリアナは……もう止まらない。無限に増え続けるのだ」
その声は、愉悦に満ちていた。
エルミュレイナスが街を見渡す。
そこでは——
無数のスライムが、人もエルフも飲み込んでいた。
「あれが止まらぬ限り……エリュシオンは完成する」
「……さあ!お前たちは、どうにか出来るのか?」
挑発。
いや——
確信だ。
この男は、知っている。
もう、誰にも止められないと。
だとしても、エーデルガッシュは吠える。
「余は諦めぬ!神が相手でも戦って見せてやる!まずは貴様からだ!」
幼い身体に、宿る皇帝の魂。
それは連綿と受け継いで来たヴァルハラ帝国の誇り。
炎が噴き出る様な闘志。
彼女が折れぬ限り、誰も諦めないだろう。
「一人になろうとも……命を賭して……」
その言葉に遥斗が被せた。
「大丈夫だよユーディ……君は一人じゃない。僕たちマテリアルシーカーが一緒だよ」
エレナも、頷く。
「そうよ……私たちパーティでしょ?頼りなさい」
マーガスも青い顔で大剣を構えた。
「リーダーは俺だっつーの!パーティメンバーは下がってろ!ひとりでやんじゃねー!」
大輔も、さくらも、アマテラスも、ブリードも——
全員が、頷いた。
ここで——
止める。
神の降臨を。
エリュシオンを。
世界の終わりを。
止めてみせる。
エルミュレイナスが、静かに告げた。
「覚悟は良いのだな?……では……お前たちも供物となれ」
その声は——
冷たかった。




