474話 不安定
エルミュレイナスは、シルバーファングと戯れる。
アリアの剣が、風より速く奔った。
ガルスのハンマーが、大地を打ち砕く。
レインの矢が、影を纏いて飛翔する。
マルガの魔法が、炎で空間を歪める。
彼らは、確かに強い。
特に人族最強クラスのアリア。
その攻撃には、一縷の期待を抱いていた。
しかし——
(この程度では……)
数万人の兵士たちが生み出す魔力には、到底匹敵するものではない。
エリュシオンに届くためには。
こんなものでは話にならない。
まるで大海に雫を落とすようなもの。
必要なのは、奔流だ。
圧倒的な魔力の消費、世界を削り取るほどの力。
(せめて……エリアナの引き金を引ける者がいれば……)
帝国皇帝の血——その力には期待している。
しかし、レベルと練度が低すぎる。
幼い身体に宿る力は、まだ未完成だ。
エリアナに届く事はないだろう。
そして——
オリハルコン。
間違いなく強力。
しかし、意味がない。
むしろ、邪魔。
イドに力を送り込まなければならないのに、オリハルコンはイドから力を取り出すアイテム。
真逆。
使えば使うほど、エリュシオンが遠のく。
遥斗の母、加奈が作った伝説の金属が今なお邪魔をする。
(今だ……未来が揺らいでいる……)
先日まではっきりと視えていた、エリュシオンが完成した未来。
神が降臨し、世界が浄化される世界。
全てが平等に始まり、全てが平等に終わる。
それが、明確に揺らぎ始めている。
エリュシオンに続く道が、エリュシオンを閉ざす道でもある。
二つの未来が重なり、干渉し合っている。
(何か……不確定要素があるのだ……それが何なのか……)
エルミュレイナスの視線が、エーデルガッシュに向く。
あの少女か?
いや、違う。
別の何か——
「おい、よそ見してんじゃねーぞ!」
アリアが、吠える。
全身が傷だらけで、息も絶え絶えなのに——それでも。
「烈風剣・空破!」
衝撃波が、エルミュレイナスに襲いかかる。
エルミュレイナスが、片手で振るった衝撃波が相殺する。
「へへっ……そうかよ!ならこれはっ!」
アリアが、さらに踏み込む。
「氷霧剣・絶華!」
凍てつく斬撃。
しかし、薄皮一枚凍らせただけ。
相手にもされない。
「月光剣・幻影!」
無数の剣影が、エルミュレイナスを包み込む。
普通なら、アリアの斬撃が幻に紛れ、虚実一体の攻撃となる。
今回は違う。
ガルスのハンマーが、頭上から振り下ろされる。
レインの矢が、死角から飛ぶ。
マルガの魔法が、足元から吹き上がる。
完璧な連携。
しかし——
エルミュレイナスは、無傷だった。
全ての攻撃は、膨大な魔力の壁で届きもしない。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
アリアの絶叫が響く。
「くらえ!!これがシルバーファングの魂だ!!」
全身から、魔力が溢れ出す。
「氷霧剣・絶華繚乱!!!」
無数の斬撃が、あらゆるものを凍てつかせる。
十、二十、百を優に超える結晶の刃が、エルミュレイナスに襲いかかった。
さらに
「月光剣・天衣無法!!!」
ドゴォォォン!
爆発。
土煙が上がる。
「やった……か……?」
ガルスが、呟く。
しかし——
煙が晴れた時。
エルミュレイナスは、変わらず立っていた。
服が、少し汚れている。
それだけ。
「……そんなものだろうな」
エルミュレイナスが、静かに告げる。
魔力消費は知れている。
無いよりマシ、という程度。
(やはり……神獣を利用するか……)
その時——
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
絶叫が、戦場に響き渡った。
エリアナの、悲鳴。
***
エリアナは、絶叫していた。
腕が壊され、激痛に耐えかねたわけではない。
むしろ、痛みなど皆無。
神に与えられた体が——
汚されたのが——
許せないのだ。
エリアナの目が、狂気に染まる。
神を愚弄する行為。
それは——死すら生ぬるい。
彼女の精神は恐ろしく不安定だった。
制御を失っている。
狂気だけが溢れ出している。
エリアナの姿が、遥斗たちの前から消えた。
超高速で飛び立っていた。
向かう先は——
大輔とさくら。
「お前は」
エリアナが大輔を見下ろす。
その目は、冷たい。
「勇者様の仲間ではないのか?こんな所で何をぼーっとしている?少しは役に立つ気はないのか!涼介様がここにいたならば!」
もはや、姫の面影はない。
悪魔だ。
その声には、人としての感情が一切感じられなかった。
「エリアナ……姫……?」
大輔が、呻く。
次の瞬間。
エリアナの表情が、一変した。
「あぁ……涼介様……」
うっとりと、恍惚の表情。
夢見るような、甘い声。
「初めてお会いした時から……運命を感じておりました……」
エリアナが、胸に手を当てる。
「あなたこそが……神に選ばれた者……」
その目には、狂気的な愛が宿っていた。
「涼介様と二人で……この世界を変えるのです……新しい世界を……神の国を……」
完全に、正気を失っている。
そして——
また、表情が変わる。
「下僕の貴様らが!身を呈さないでどうする!勇者の名を汚す気か!下等な生き物が!」
鬼のような、怒号。
不安定すぎる。
人格が、目まぐるしく変わる。
大輔は、一言も言い返せなかった。
恐怖で凍りついている。
その時——
「ウオォォォォォ!」
るなが、唸り声を上げた。
さくらを守るために、エリアナに襲いかかる。
鋭い牙が、エリアナの残った右腕に噛みつく。
しかし——
エリアナは、痛がる様子もない。
当然だ。
傷一つついていないのだから。
「あら?じゃれてるのかしら?」
不思議そうに、首を傾げる。
そして、腕が伸びた。
鞭のように、るなの胴体を巻きつく。
「るな!!」
さくらが、悲鳴を上げる。
エリアナが腕に力を込め、ギリギリギリと神獣を締め上げていく。
るなが、苦しそうに鳴く。
「やめなさい!!るなを離さないと!!」
さくらがエリアナに食ってかかると、にっこりと微笑んだ。
「あら、さくら様」
優雅な声。
「そのように大きな声を上げるのは……涼介様の品格を落としてしまいますわ。気を付けていただきませんと」
話が、通じない。
完全に、狂っている。
「クロスフォード流奥義!ヤタガラス!」
エーデルガッシュの叫び。
八つの光がエリアナに襲いかかる。
即座にるなを締め上げていた腕を解放し、攻撃を防ぐ。
その衝撃は、周りの建物すら吹き飛ばす勢いだった。
魔力がぶつかり合い、空気が震え、大地が唸る。
エルミュレイナスは、その戦いを見て笑った。
(これだ……これこそ、理想……!)
魔力の激突。
世界を削り取る、圧倒的な力。
「るな!セレスティアル・ムーンライト!」
さくらが、叫ぶ。
るなの全身から、月の幻影が浮かぶ。
月の光が溢れ出した。
それは神々しく、清らかで、全てを浄化する光。
三つの魔力が——
ぶつかり合った。
ドゴォォォォォォォォォォォン!!!
大爆発。
光が、戦場を飲み込んだ。




