表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
462/514

462話 糸と糸

 

 グランディスは戦いを終え、シエルの元へ駆け寄った。


「シエルちゃん!すげーっち!ボルテクス・ファイアドラゴン、めっちゃかっこよかったっち!」


 興奮を隠さない。

 少年のような笑顔で、シエルを賛美する。


「それにしても、相手が思ったより弱くて助かったっち。シエルちゃんも余裕だったっしょ?」


 シエルは呆れた顔で、グランディスを見上げた。


「……あんた、なに勘違いしてるっすか?」

「え?」

「たまたま相性が良かっただけっす。相手は恐ろしく強いっすよ」


 シエルの声が、真剣さを帯びる。


「相手は、たまたま遠距離攻撃持ってなかったっす。大魔力に対抗する手段もなかった、それだけっす」


 言われて、グランディスも思い出した。


 自分もヴァイスを倒したわけではない。

 止めを刺す術がなかった。

 デスペアの呪いで動きを封じただけ。


 近づけば何をされるかわかったものではない。

 だから離れた。


(もし、俺っちがシエルちゃんの相手と戦ってたら……)


 背筋に冷たいものが走る。

 攻撃力が貧弱なグランディスには、レゾに手も足も出なかった可能性は十分にあるだろう。


 そして逆に、シエルがヴァイスと戦っていたら?


 六属性全てを防御できるヴァイスに、魔法攻撃は通じない。

 結果は全く違っていた可能性がある。


「じゃあ……遥斗もやばいんじゃね?助けに行ったほうが——」


 グランディスが焦る。

 しかし、シエルは首を横に振った。


「師匠は、真っ先に一人で戦おうとしたっす」

「それって……」

「他者の介入を避けたかったんだと思うっす」


 シエルの瞳が、遥斗を捉える。

 師匠の背中。

 小さいけれど、頼もしい。


「きっと私たちでは足を引っ張るっす」

「じゃあ……どうするっち?」


 グランディスの問いに、シエルがすっと指を差す。


「もちろん、あっちに加勢っす!」


 その先には当然——


 ミラージュリヴァイアス。


 巨大な白鯨が、地を泳いでいた。


「……やっぱ、そうっすよね」


 グランディスが、肩を落とす。

 深い、深いため息。


「行くっすよ!」

「はいはい……」


 二人は、死地へと向かって行った。



 ***



 遥斗とルドルフが、激闘を繰り広げていた。

 空気が、張り詰めている。


 ルドルフの指先から、黒い糸が伸びる。

 まるで生き物のように、複雑な軌道を描いて。


「貴様も……人形になるがいい!」


 魔力糸が、遥斗を包囲しながら襲いかかる。

 だが遥斗の指先からも、同じ黒い糸が伸びる。


 マリオネイターのポーションの効果により、遥斗はルドルフと同じ職業の力を持つ。


 糸と糸が、空中で絡み合う。

 どちらも、一歩も譲らない。


「くそっ……!」


 ルドルフの顔が、歪む。

 歴史上初のマリオネイター同士の戦い。

 糸の力は拮抗していた。


 これでは決着がつかない。


 しかし、遥斗には別の力があった。


 竜騎士。


 遥斗が、ランスを糸で操る。

 空中を泳ぐように、ランスが動いた。


 糸で操られ、それは自身で意思を持つかのように。


 中距離、ルドルフの間合いの外から、自在に突きを繰り出す。


「っ!」


 ルドルフが、後方に跳ぶ。

 なんとか避けたが、それが精一杯。


 次の瞬間、遥斗自身が接近していた。

 グングニール。

 スキルで作り出した、魔力の槍を突き出した。

 これならば手が塞がる心配はない。


 糸で相手を防御し、ランスで牽制し、そして本体が攻撃する。

 三段構えの戦術。


 ルドルフは、圧倒的に不利だった。

 操れる者がいなければ、何もできない。

 それがマリオネイターの性。

 都市中の兵士は全てオートマタにしているため、こちらに向かわせることもできない。


 この状況は完全に詰んでいる。


 普通ならば。

 しかし、命が要らないなら話は別だ。


「ハハ……ハハハハハ……!」

 ルドルフが、笑い始めた。


 狂気。


 その瞳には、もう正気の光はない。


「いいだろう……ここまで来れば最終手段だ……貴様の苦しむ顔が拝めないのは残念だがな!」


 ルドルフの指が、自分の頭に向けられる。

 黒い糸が自分自身に絡みつく。


「セルフマリオネイト!!」


 自分で自分を操る。

 それは禁忌の所業。

 人間を捨てる行為と同義だった。


 ルドルフの瞳から、知性の光が完全に消えた。

 人形……殺人人形『オートマタ』へと変貌した。



 動きが、変わった。


 速い。


 そして——異質。


 関節が逆に曲がり、首が不自然に回転する。

 まるで壊れた人形のような、グロテスクな動き。


 しかし、その速度は確実に人間を超えていた。


 限界を超えた筋力と反射速度。

 エンチャントによる回復能力。


 これは、越えたのではない、辞めたのだ。


 ルドルフが、遥斗に襲いかかる。

 その攻撃を盾で防ぐ。

 衝撃が、腕に響く。


(重いな……)

 しかし防御は完璧だ。


 遥斗は竜騎士の能力を100%引き出している。

 複数「竜騎士のポーション」を使用したため、全ての力を解放できるのだ。


 右拳が、遥斗の顔面に迫る。

 関節が逆に曲がり、ありえない角度から打ち込まれる一撃。


 また盾で防ぐ。


 そのまま、左のアッパーカット。

 首が百八十度回転し、背後から繰り出される拳。


 遥斗が、横に跳ぶ。


 紙一重。


 ルドルフの体が、ぐにゃりと曲がる。

 脊椎が蛇のようにしなり、追撃の蹴りが遥斗の脇腹を狙う。


 遥斗が、両足を踏ん張り受け止める。


 ——速すぎる攻撃。


 しかし——

 遥斗の瞳が、光る。


 観察。

 冷徹に、動きを分析する。


 オートマタの動きは、どんなに異質で速くともパターンがあった。

 まるで格闘ゲームのキャラクターのように、決まった行動の組み合わせ。


 右フック。

 左アッパー。

 蹴り。


 三つの攻撃を、ランダムに繰り出す。

 しかし、完全なランダムではない。


 攻撃後の硬直。

 次の攻撃までの時間。

 全てに、規則性がある。


(見えた)


 遥斗が、一歩踏み込む。

 ルドルフの右フックを、紙一重で躱す。


「ポップ」

 ルドルフの間合いに入り、スキルを発動。

 マリオネイターの職業を素材にして——ポーションを生成する。


「マリオネイターのポーション」一本目。

 ルドルフが、再び襲いかかる。


 左アッパー。

 盾で受け——


「ポップ」

 二本目。


 蹴り。

 横に避け——


「ポップ」

 三本目。


 パターンを完全に読み切り、接近するたびにポーションを生成していく。

 四本目。


 戦いながら、遥斗は冷静に素材を奪い続けた。

 五本目。


「ポップ」

 スキルの発動が失敗する。

 おそらく素材が枯渇したのだ。

 ルドルフの中にマリオネイターの職業の力が残っていない。


(十分だね)

 遥斗の唇が、僅かに動く。

 これが、欲しかった。

 最初から、これだけが目的だった。


 ルドルフの動きが、鈍る。

 職業を失い、ステータスが激減しているため。

 様々なバフで強化されてはいるが、元が弱体化しては意味がない。


 もはや、なんら脅威ではない。

 遥斗が、浮遊していたランスを操る。


 それは、弧を描き——


 頭上から、ルドルフに向かって落下した。


 ドスッ!!


 ランスが、ルドルフの腹を貫いた。

 そして、地面に縫い留める。


 ルドルフが手足をバタつかせ、必死に抜け出そうとすがびくともしない。

 回復のエンチャントがあるため、死にはしないのだが。


 動く事は叶わない。


 知性がないためそれ以外の行動を取らない、いや取れないのだ。

 憐れな自動人形が、もがいているだけだった。



 遥斗が、顔を上げる。


 視線の先——


 そこにはミラージュリヴァイアス。


 白い巨体が、戦場を蹂躙していた。


「残る敵は……ひとつ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ