460話 適材適所
「師匠!無事で良かったっす!」
四つの影が、戦場に降り立った。
シエルが、真っ先に遥斗の元へ駆け寄る。
少女の顔が花のように綻ぶ。
数日ぶりの再会。
お互いの安否が確認できないまま過ごした時間は。永遠にも感じられていた。
「シエルこそ……よく無事だったね」
遥斗も安堵の息を漏らす。
グランディスは、状況を把握しようと周囲を見渡し、そして固まった。
「げっ!」
震えながら一点を指し示す。
「また、アイツがいるっち!」
ミラージュリヴァイアス。
ナチュラスを脱出する際に、襲い掛かって来たモンスターが、そこにいた。
ヘスティアが、静かに口を開く。
「やはり居ましたか。似た魔力を感じたのでもしや、と思ったのですが」
エルフの長の声は、戦場の喧騒の中でも不思議とよく通った。
そしてここに来た理由を話し始めた。
「私たちはナチュラスでかなりのダメージを負っていました。ですので近郊の集落で体力を回復させてから、シエル様の飛行魔法でシルバーミストへ向かったのです」
一呼吸。
「そこで、覚えのある異常な魔力を感知しまして……シエル様が『師匠の魔力も一緒っす』と仰るので——」
「そのまま直行して来たっす!」
シエルが、胸を張る。
「モンスターが師匠を狙ってたから、強襲かけたっす!」
大輔とさくらもシエルたちの姿を確認していた。
二人の表情が、複雑に歪む。
先日、死闘を繰り広げた相手。
圧倒的な実力を持っており、全力で戦ってもまんまと逃げられた。
相当な実力者。
でも——
(そう言えば、あいつら遥斗の事を師匠って呼んでたな……なら味方なのか)
大輔の唇が、小さく動く。
(勝機が出て来やがったぜ!畜生!)
グランディスが、そんな大輔たちを発見し、慌てふためき後ずさる。
「うわっ!なんで竜騎士とあの女がいるっち!?違う、いて当然だった!皆、急いで逃げるっち!」
「グランディス、落ち着いて!」
エレナも合流した。
「安心して。彼らとは共闘しているの。敵は——」
エレナが示す先、それは。
「3人の異世界人と……あの神獣よ。彼らがこの惨劇を作り出した元凶!みんなアイツらに騙されていたの!」
「な、なるほど……」
グランディスが納得できないまま、適当に頷く。
逆にシエルの瞳は戦意に燃える。
「全部あいつらのせいって訳っすね?ボコボコにしてやるっす!」
そう言いながら杖を振り回す。
これで——戦力は揃った。
想定していた物とは違うが、それでも十分すぎる。
これは嬉しい誤算。
適材適所、遥斗が素早く指示を飛ばす。
「シエル、グランディス。3人の異世界人の相手を頼みたいんだけど」
「了解っす!」
「えーーー」
「なんすか?文句あるんなら一人でモンスターの相手するっす」
「誠心誠意やらせていただきます!」
「ヘスティアさん、エレナ」
今度は女性陣に視線を向ける。
「ミラージュリヴァイアスを引き付けておいて」
「承知しました」
「任せて」
「あら~わたしはどうしたらいいのかしら~?」
マリエラがおっとりした口調で尋ねた。
慌ててヘスティアがフォローに入る。
「マリエラも女三傑と謳われた身……必ずやお役に立つでしょう」
「えっ!マリエラさんが戦えるんですか!」
「相当強いっす!グランディスより頼りになるっす!」
驚くエレナにシエルが自慢げに語った。
別にシエルが自慢する事ではないのだが。
「それではお願いします」
「頑張っちゃうわ~」
遥斗に、心強い戦力がさらに増した。
(まずい!)
ルドルフは、冷や汗を流していた。
数の有利。
それが、一気に逆転した。
ならばこそ、死中に活を求める。
瞳が、ギラリと光る。
(逆に考えろ!あいつらを人形にできれば戦力が増強できる。人質にも使えよう。どう転んでも有用……)
ルドルフのスキルは初見殺し。
範囲内に入れば、それだけで支配できる。
どんな相手でも、勝てる自信はある。
そう、踏んでいた。
「まぁ、だから僕が君の相手をするんだけどね」
声が目の前から聞こえた。
遥斗だった。
まるで、心を読んでいたかのように、ルドルフの前に立ちはだかる。
「小僧が!知った風な口を!」
レゾが、割って入ろうとする。
ヒュン!
風の刃が、足元の地面を抉った。
土煙が舞い上がる。
「あんたの相手は、私がしてやるっす」
シエルが小さな体で仁王立ちしている。
その姿は、遥斗のボディーガードのようだった。
グランディスは、しぶしぶといった様子で周囲を見渡す。
「じゃあ、俺は……この人でいいのかな?」
視線の先には、ヴァイス。
6本の腕を持つ、異形の女。
(うーん。どう見ても強そうっち……)
はぁ、とため息が漏れる。
ちらりと母親のマリエラを見た。
僅かな期待を込め、縋るような視線。
しかし——
「あなたの相手はこっちよ~」
マリエラは、嬉しそうにロングソードを振り回していた。
剣が、ガルモの鱗を殴り飛ばす。
「お返しなんだから~!」
どうやら、ナチュラスでソニック・ロアを打ち込まれたことを、まだ根に持っているらしい。
ヘスティアも、優雅な体術で狙いを絞らせない。
エレナの魔力銃が、的確なサポートを加える。
女三傑の2人。
エルフ国でも最高戦力に数えられる実力者たち。
神獣相手に渡り合っていた。
(しょうがないっち……)
グランディスが、いやいやながらヴァイスに対峙する。
「おばさんは、趣味じゃないっち。テンション上がんねー」
ポツリと、漏らした言葉。
その言葉が聞こえた瞬間、ヴァイスの顔が般若のように変化した。
「お・ば・さ・ん……?」
声が、地の底から響くような低さになる。
「殺す」
単純明快な、殺意の表明。
6本の腕が、それぞれ違う属性の魔力を帯び始める。
こうして激闘が、始まった。
***
レゾは、シエルを見て鼻で笑っていた。
あまりに小さな少女。
身長は、レゾの半分ほどしかない。
(こんなガキが、なんでこんな所にいるんだ?一捻りにしてやる)
しかも、相手は魔術師。
魔力が多ければ多いほど魔力共鳴の餌食になる。
レゾにとってはカモでしかない。
(水晶も取り戻した。何人たりとも敵ではないわ!)
余裕。
圧倒的な、余裕。
「行くぞ、小娘」
レゾが、地を蹴る。
速い。
見た目に似合わない、俊敏な動き。
(触れた瞬間……終わりだ!)
手を、伸ばす。
しかし——
「エアー・フライ」
シエルの体が、ふわりと浮き上がった。
飛行魔法、風に乗り空を舞う。
「なっ!」
レゾが、目を見開く。
空に逃げられては届かない。
追いつけない。
「くそっ!卑怯だぞ!おりて来い!」
「あんた馬鹿っすか?降りるわけないっす。これが戦略というものっす」
「何が戦略だ!汚い真似しやがって!」
「戦いにキレイもキタナイも無いっす!ストームブレード!」
風の刃が襲いかかる。
しかし、レゾは水晶の力で相殺する。
魔力と魔力がぶつかり合い、魔法は霧散した。
(確かに強力だが、所詮は魔力が形を成したものだ)
魔力相手はレゾの得意分野。
存在を乱し無効化する。
「ゲハハハ!どうした!それだけか小娘!さっきの小僧共々、我に逆らった愚行を呪いながら惨めに死んでゆけ!」
笑い声が、響く。
その言葉に、シエルの眉がピクリと動いた。
「……ムカついたっす」
小さく、呟く。
そして——
両手を、合わせた。
魔力が、集まり始める。
ゆっくりと。
確実に。
時間をかけて、練り上げていく。
「何をしても無駄——」
レゾが違和感を覚える。
空気が震えている。
いや、違う。
空気中の魔素が震えている。
シエルの唇が動く。
「天地を集いし裂空よ、渦巻きて相克せよ。怒りの咆哮を以て、全てを薙げ!」
シエル必殺の呪文。
声が、響く。
風が、渦を巻き始める。
摩擦が、熱を生む。
プラズマが、発生する。
「ボルテクス・ファイアドラゴン!!」
それは竜の形を、成していた。
炎と雷を纏った風の竜。
「馬鹿か!こんな魔力量ありえないだろ!」
レゾの顔が青ざめる。
その膨大な魔力は、とても水晶では相殺しきれない。
レゾが、踵を返す。
即断。
脱兎のごとく逃げ出した。
「馬鹿はあんたっす」
シエルの声が冷たく響き、竜が咆哮を上げる。
魔法は一直線に、レゾへと突き進んだ。
「ぎやあああああ!」
レゾの絶叫が、ひびく。
凄まじい爆発が起こり、地面が抉れる。
土煙が、天高く舞い上がった。
勝負は、一瞬で決した。
シエルに好きなだけ魔力を練ることを許すなど、それは敗北と同義。
レゾは、シエルを小さな女の子と侮った時点で負けていたのだ。




