459話 風
遥斗の突撃。
無謀。
誰が見てもそう思う特攻。
あんな巨大な生物、いやモンスターに挑むなど正気の沙汰ではない。
エレナが懸命に遥斗の後を追う。
「ゲハハハハ!!バカが!!死に急ぎやがって!!」
レゾの哄笑が、戦場に響き渡る。
しかしルドルフは、笑わない。
笑えない。
「ガルモ!」
鋭い声。
「今すぐ殺せ!!一刻一秒でも早くだ!!」
焦りという名の本能的な警告だった。
ミラージュリヴァイアスと化したガルモが、大きく口を開ける。
猛烈な勢いで、空気を吸い込む。
周囲の大気が渦を巻き吸収されていった。
【ソニック・ロア】
音速の咆哮。
物質を粉砕する破壊の雄叫び。
しかし、それが放たれることはなかった。
銀の閃光が巨鯨に奔る。
るなの【セレスティアル・ムーンライト】だ。
光の矢がガルモの口内を直撃した。
「グゴォォォオオオオオ!?」
ガルモが、苦悶の声を上げる。
巨体が横倒しになり——
ズズズン!!
地震。
違う。
神獣の巨体が倒れた衝撃だった。
その隙に、遥斗が一気に距離を詰める。
竜騎士の突撃技である【ドラゴンダイヴ】は高速移動にも使用可能。
風を切り裂き、まっすぐに。
狙いはレゾ。
アダマンタイトのランスが、レゾの腹部に突き刺さった。
「ぐがっ……!」
口から血が噴き出す。
スピード、威力、どちらも完璧だった。
これこそが、真の竜騎士の一撃。
しかし——
「捕まえたぞ!小僧!!」
レゾが、笑う。
突き刺さったランスを、両手でしっかりと掴んでいた。
遥斗がランスを引き抜こうとするが……動かない。
「今だ!やれ!」
「任せて!」
ヴァイスが、レゾの横を抜け襲い掛かる。
火、水、風、土、雷、闇。
属性6連撃。
「ドラゴンズ・イージス!!」
遥斗が、スキルで盾を展開。
完全習得した竜騎士のスキルは、全ての攻撃を弾き返した。
「チッ!次!」
ヴァイスが舌打ちし、後方へと飛びのく。
この攻撃すら陽動だった。
左右から、人族とエルフの兵士が挟み撃ちに来る。
ルドルフに支配された人形たち。
二人の操り人形に掴まれ、身動きが取れない。
レゾの口元が、醜く歪む。
「死ね!!最大魔力共鳴」
レゾが、二人の兵士に魔力を流し込む。
共鳴により限界を超えた魔力が溢れた。
当然のごとく、器である身体は耐えられない。
ドオォォォン!!
兵士たちが、爆発した。
「ぐっ!」
人形たちは至近距離の爆発と化し、遥斗を服飛ばす。
その時、銃声が鳴り響く。
エレナが放った弾丸が遥斗を貫いた。
緑の光に包まれ、傷が瞬時に癒える。
「ククク……」
一方、レゾもルドルフのおかげで、12の水晶の支配権を取り戻していた。
水晶から回復の力が流れ込み、傷が塞がっていく。
(やっぱり……回復持ちがいればこうなるね)
こちらも向こうも、互いに一撃必殺とはいかない。
ダメージを与えては回復。
キリがない。
2人くらいなら、どうにでもなるが——
(3人と1体では、押し切れない。引き離すか、自軍戦力を充実させるか……)
数の差。
それが、重くのしかかる。
エレナの白虎を使えば、問題は簡単に解決するだろう。
(多分……この先に、もっと過酷な戦いが待っている)
予感。
いや、確信に近い。
焦らなくてもいい。
援軍のあてはある。
問題は——
いつ来るか。
ただ、それだけ。
(それまでは弱点を突かれないことが大事……)
視線が、後方を確認する。
エルウィライン、サラ、アレクス、ゲイブ、ケヴィン。
戦えない者たちが多数いる。
下手に移動されて、別の戦闘に巻き込まれるよりマシだが。
足手まといには変わりない。
地響きが再び。
ガルモが、起き上がってきたのだ。
グルルル……、と低い唸り声。
どうやらダメージは軽微なようだ。
ガルモと融合したことで、ミラージュリヴァイアスは更なる力を得ていた。
「潰れろぉおおお!!」
ガルモが、のしかかってくる。
その体重だけで、致命的。
間一髪——
遥斗は横に飛んで回避。
「ライトニング・スピア!」
紫電の突きをガルモの横腹に打ち込む。
スピアは半分ほど、金属の様な鱗を貫き突き刺さった。
「ハハハハ!!」
ガルモは、笑う。
「効かない!!全然効かないぞ!!脆弱な人間の攻撃などーーー!!」
圧倒的体格差。
あまりにも、あまりにも大きすぎる。
しかし、遥斗の目的はダメージではなかった。
ランスが、ガルモの体に刺さったまま。
これで——
片手が空いた。
「ポップ!」
アイテム士のスキル、発動。
ミラージュリヴァイアスのHPを素材に「最上級HP回復ポーション」を、生成。
(これなら、大きさも防御力も関係ない)
固定ダメージ。
確実に、HPを奪える。
「ポップ!ポップ!ポップ!」
連続生成。
次々と、ポーションが現れる。
「がああああ!な、何だーーー!?」
ガルモが、異変に気づく。
体から、力が抜けていく。
HPが、どんどん減っていく。
「おい!!お前!何してやがる!?」
レゾが、叫ぶ。
ルドルフも、事態の異常さに気づいた。
(馬鹿な!一人で、神獣と戦ってるだと?!)
意味が、分からない。
理解を、超えている。
(とにかく、殺さねば!)
二人が、同時に動く。
レゾの水晶。
ルドルフの黒糸。
遥斗は、ランスを引き抜き、跳んだ。
いかに神獣でも、あれだけHPを奪われれば消耗する。
確実に、弱っている。
その時、ルドルフに邪悪なアイデアが閃いた。
後ろの連中を狙えば——
盾にならざるを得ない。
「ガルモ!後方のやつらを狙え!それが弱点だ!」
「分かった!」
ついに、バレた。
大きく口を開ける。
【ソニック・ロア】
狙いはエルウィラインたち。
大輔とさくらも、射線上にいた。
超広範囲攻撃。
全員は、助けられない。
誰かの……誰かの命を選ばなければならない。
大ピンチだった。
その時——
「師匠ーーーーー!!!」
空から、声が降ってきた。
懐かしい声。
聞き覚えのある、少女の声。
「ストラトシェル!」
風の壁を叩きつけ、ガルモの口を強引に閉じる。
ソニック・ロアが暴発。
内側で爆発し、ガルモが苦悶する。
空から4つの影が舞い降りた。
自称、遥斗の弟子——シエル。
若きエルフの戦士——グランディス。
ナチュラスの長——ヘスティア。
そして、マリエラ。
ナチュラスで行方不明になっていた、遥斗の仲間たち。
最後のピース。
それが——今ここに。




