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457話 月の光

 ミラージュリヴァイアス——いや、もはやガルモと呼ぶべき存在が、天に向かって咆哮した。


「グオオオオオオオオオ!!!」


 それは勝利の雄叫びか。

 神獣の肉体を得た人間の、確信に満ちた勝鬨。


 巨大な魔力が地上から立ち昇る。

 空が揺れ、雲が散る。

 その圧倒的な魔力は、遠く離れた場所にまで届いていた。


 レゾは見蕩れる。


 仲間が究極の存在になったその姿を、ただ呆然と。

 恐怖も、嫉妬もない。


 ただ——歓喜。


「ガルモ……お前は……」


 遠くでルドルフとヴァイスも、その気配を感じていた。


「この魔力……」

 ルドルフが、空を見上げる。

「ガルモか……!」


 ヴァイスが息を呑む。

「融合……したのね」


 二人の顔に笑みが浮かぶ。


「行くぞ、ヴァイス」

「ええ」


 そこに勝機を見出した二人は、ガルモの元へ向かって走り出す。

 遥斗との戦いを放棄して。


 これなら勝てる——ならば合流することが最優先。



 遥斗も、その魔力を感じていた。

「……あの方向。さくらさんたちが危ないな」


 エレナが頷く。

「私たちも急ぎましょう」


 二人も走り出した。

 ルドルフたちを追うようにして。



 ***



 さくらは、ただ呆然としていた。

 目の前で起きた光景が信じられない。


 ミラが人を食べた。

 ミラが喋った。

 ミラは——もう、ミラではなくなった。


 膝をついたまま、動かない。

 動けない。


 怒りも湧かない。

 悲しくもない。


 ただ——空虚。


 大輔が、るなを抱えて、さくらの元へ駆け寄る。


 るなも重傷を負っていた。

 レゾの魔力共鳴で、体の一部が爆ぜ、血を流している。


 命に別状はないだろうが、動ける状態ではない。


「おい……さくら……大丈夫か……?」


 しかし——さくらは答えない。

 虚ろな目で、ただミラージュリヴァイアスを見つめている。


「何があったんだよ……ミラージュリヴァイアスはどうなっちまったんだよ……」

「ミラは……テイム……されちゃった……精神を……乗っ取られちゃった……ミラは……もう……いないの……」


 大輔の質問にブツブツと独り言で答える。

 その様子を見て、大輔はさくらが戦える状態になくなったのを感じ、歯を食いしばった。



 その時——


「さくらさん!」

 遥斗とエレナが到着する。


 遥斗はすぐさま状況を把握した。

 さくらの呆然とした様子、るなの重傷、そして地上を泳ぐ巨大な影。


(……最優先事項は)

 遥斗の思考が、瞬時に結論を出す。


 手がマジックバックに伸びる。

 取り出したのは最上級HP回復ポーション。


「ちょっと沁みるかも。我慢して」


 遥斗が、るなの体にポーションをかける。

 緑色の液体が傷口を覆い、みるみる肉が再生していく。


「キュン……」


 るなが、小さく鳴く。

 痛みが消え、体が動く。


「これ使って!」

「あ、ああ。助かる」


 エレナも、大輔にポーションを渡す。

 大輔が、それを飲み干すとダメージを受けた外傷は回復した。

 バッドステータスが無くなったわけではないが——これで戦える。


「大輔、さくらさんに何があった?」

「それが……よく分からないんだ」


 大輔が、困惑した表情で答える。


「さくらの話だと……神獣が異世界人のテイマーに支配されて……そいつを食べて……」


 拙い説明。

 しかし十分。


「……なるほど」

 遥斗は、理解した。

(……ゲオルグと同じか)


 モンスターフューザーだったゲオルグ。

 あの時は、ゲオルグが神獣を取り込んだ。


(今回は逆……神獣に、自分を取り込ませた)


 結果としては同じ。

 人間と神獣の融合。

 究極の存在。


「なるほどね……」

 遥斗が、呟く。



 その時——


「ゲハハハ!!ガルモ!!よくやった!!」


 レゾの声が響く。

 ルドルフとヴァイスも、ガルモの元に到着している。

 四人、いや、三人と一柱が、揃った。


「クククッ!!これで形勢逆転だ!!小僧!!お前の運もここまでだ!!」


 ルドルフが、高らかに笑う。

 その表情から、余裕を取り戻したことが伺える。


「アッハハハーーー!」

 ガルモ——いや、ミラージュリヴァイアスの口から、笑い声が漏れた。

「この力……最高だ……」


 陶酔に満ちている。

 神獣の力に酔いしれている。


 そして——


 体から鱗が剥がれ始めた。

 いや、剥がれたのではない。


 浮かび上がる。

 魔力を帯びて。


 数十枚、数百枚……


 無数の鱗が。


 空中に舞う。


「やばい!スケイルフィッシュか!」


 大輔が、その技名を呟く。

 鱗は魚のように空中を泳ぎ始めた。

 不規則で、まるで生きているかのように。


 そして、遥斗たちに向かって一斉に襲い掛かった。



「くそっ!!ドラゴンズ・イージス!!」

 大輔が、皆の前に出る。

 竜の盾が出現し、巨大な障壁が仲間たちを守る。


 ガンガンガンガン!!


 鱗が、盾に激突し、金属音が響いた。


 一枚一枚威力は小さいが——その数が問題。


 次々と休む間もなく襲いかかる。


「ぐっ……!」


 大輔の足が地面に沈み、圧力に屈してしまう。

 身動きが取れないにも関わらず、後方からも鱗が襲う。


「はあっ!」


 遥斗の掌に、黒い糸が現れる。

 マリオネイターの糸が、鱗に絡みつく。


(……やっぱりね。さっきの水晶と同じか)


 遥斗の目が、光る。

 鱗も魔力で動いているなら、操れる。


 遥斗が糸を使い、軌道を変えた。

 鱗同士が、激突する。

 狙うは同士討ち。


 魔力が霧散し、鱗が地面に落ちる。


「エレナ!」

「サポートは任せて!」


 エレナが、魔力銃を構え連射する。

 貫通の弾丸が、鱗を複数枚同時に撃ち落とす。


 皆——さくらを守ろうと、全力を尽くしている。


 しかし——


 さくらは、まだショック状態。

 虚ろな目で、ミラージュリヴァイアスを見上げていた。


「キューン……キューン……」


 るなが、心配そうにさくらに寄り添う。

 体を擦りつけ、顔を舐めようとする。


 それでも、さくらは、反応しない。


 自分を見失っている。



 一枚の鱗が、防御陣を搔い潜った。


 不規則な軌道で、さくらに向かって飛ぶ。


 鋭い刃。


 首を——狙っている。


 るなが、身を挺して、さくらの前に立ちふさがる。

 素晴らしく速い動き。


 遥斗は、さらに、るなよりも速く動いた。


 るなを抱きかかえ、自分の背でスケイルフィッシュを受ける。


 遥斗の背中が切り裂かれる。

 深く……深く。


 体が、半分切断されかかっている。


「遥斗くん!!」

 エレナが、悲鳴を上げる。


 しかし、遥斗の体が緑色光る。


 治癒の光。

 傷があっという間に塞がった。


 そこには遥斗の冷静な思考があった。


 こうなることを予見して、事前に回復のポーションを飲んでいたのだ。


 ポーションは飲んだ場合、効果が出るまで僅かなタイムラグがある。

 しかし、どこを怪我していても、回復できるというメリットも存在する。


 そのメリット、デメリットを利用した。


 致命傷を負うことを前提に、事前にポーションを飲みダメージを受ける。

 そうすることで、予想回復が可能なのだ。


 人を越えた合理的判断。


 もし遥斗がこの決断をしていなければ……さくらは「るなごと」真っ二つだっただろう。



 るなの目に遥斗の姿が映る。

 さっきも、るなの怪我を治してくれた。

 命を救ってくれた。


 そして今もなお命がけで、守ってくれている。


「キュン……」


 るなが思う。


 守りたい。


 この人を。



 るなが、さくらに体を擦りつけ舐める。

 必死に正気に戻そうとする。


 でも、さくらは戻らない。

 まだ、ミラしか見ていない。



「くっ……!」

 大輔が、膝をつく。

 無数の鱗が大輔を襲う。


「鉄壁の守護!」


 遥斗が竜騎士のスキルを発動。

 大輔の代わりに攻撃を受ける。


 守備力を上げたおかげで、大輔への攻撃は防いだ。

 しかし、右腕と右足は皮一枚で繋がっているだけで切断寸前だった。


 地面に落ちた遥斗を、追撃のスケイルフィッシュが襲う。


「これ以上好きにさせるかよ!!」


 大輔のランスが、遥斗に群がる鱗を蹴散らす。


 その間に魔力銃に弾丸を込め、エレナは遥斗に狙いを定めた。

 迷わず引き金を引く。


 弾は寸分たがわず、遥斗に命中。

 緑の光に包まれ、遥斗の手足が元に戻った。


 遥斗がエレナに目線で感謝の意を送る。


 二人で開発した「回復の弾丸」は想いの結晶。

 それが遥斗を助けた。

 アイコンタクト、それだけで想いは通じる。


 るなは戦いたかった。

 遥斗を守りたかった。


 でも——


 戦えない。


 さくらとリンクしているため、さくらの命令がなければ勝手に戦えない。

 それがテイマーとモンスターの不文律。


 さくらの目は、開いていても何も見えていない。

 その瞳には何も映らない。


 その時——



 ズキッ。



 さくらの腕に、痛みが走った。


「痛っ……!」


 腕を見る。

 るなが噛みついていた。


 血が、滲む。


「る、るな……?」


 さくらの目が、見開かれる。


 なんで?


 あなたも裏切ったの?


 一瞬、そう思った。


 でも——


 違う。


 るなの目は真剣だった。

 優しい眼差し。


 るなが、遥斗を見る。


 つられて、さくらも遥斗を見た。



 そこには——

 必死で皆を守る遥斗がいた。


 血を流しながら、それでも戦っている。


 大輔も。

 エレナも。

 皆——


 さくらを守るために。



 さくらの目に——力が戻った。


「……私は」


 さくらが、立ち上がる。

「私は……何をしていたの……」


 怒り。


 自分への、怒り。



「るな!!」

 さくらが、叫ぶ。


「セレスティアル・ムーンライト!!」


 るなの背後に月の幻影が現れた。


 巨大な満月。


 それは神秘的で美しく。


 月から極光が放たれた。

 それは、全てを浄化する光。


 光が、戦場を包む。


 無数のスケイルフィッシュが一瞬で消滅した。


 跡形もなく。



 ガルモが、驚愕する。

「この力……!」


 これが神獣の力。

 本物の神獣。


「ミラを……返しなさい!」

「返す?バカを言え……このミラージュリヴァイアスは……もう俺だ」


 ガルモの額の角に魔力が集まる。

 角は真っ赤に染まり、膨大な魔力が圧縮された。


「死ね!!」


 光線が——真紅の破壊光線が放たれた。


【クリムゾン・ホーンレイ】

 ミラージュリヴァイアスの最大必殺技。

 全てを紅く染める光。



「ドラゴンズ・イージス!!」

 大輔が、叫ぶ。


 竜の盾が最大展開。


 しかし——


(防げる気がしねー……)

 大輔の直感が、叫ぶ。

(せめてドラゴンフォームがあれば……!)


 その時、遥斗が大輔の後ろに立った。


「遥斗……?」

「そのまま、維持してて……ドラゴンズ・イージス!」


 遥斗もまた、大輔と同じスキルを発動した。


 大輔の盾に、もう一枚盾が重なる。


 二重の障壁。


『ツイン・ドラゴンズ・イージス!!』

 二人の声が重なった。


 それは伝説にすら記されていない、伝説を越えた伝説。


 光線が激突した。

 轟音が響き、大地が揺れる。


 空気が爆ぜる。


 衝撃波が、周囲の建物ごと全てを吹き飛ばす。



 しかし——



 盾は——



 破れなかった。

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