454話 プライド
遥斗の手が、マジックバックに伸びる。
取り出したのは中級HP回復ポーション。
緑色の液体が、小瓶の中で揺れる。
蓋を開け、飲み干す。
温かい光が全身を包んだ。
魔力が傷口に集まり、肉が再生していく。
裂けた皮膚も元に戻る。
数秒で傷が塞がった。
遥斗が足を動かし異常を確認する。
屈伸。
足踏み。
ジャンプ。
(……異常なし)
相当な深手だったが、それは問題ではない。
ヴァイスが使っていたナイフに何か特殊効果があるかと心配したが、杞憂だったようだ。
その間に——
ルドルフは地面に転がった死霊の杖を拾い上げる。
左手で。
右腕は切り落とされたまま。
「くそ……くそ……!ガキめが!許さぬぞ!」
ルドルフが杖を振ると、黒い魔力が先端から放たれた。
ヴァイスに絡みついていた黒い糸を断ち切った。
「……へぇ。そのアイテム、そんな効果もあるんだね。便利そう」
遥斗がワザとらしく感心する。
遥斗には、圧倒的余裕がある。
対してルドルフは必死、いや決死だった。
血を流し、歯を食いしばりながら、杖を握りしめている。
「えっ……!こ……ここは……?」
ヴァイスが目を覚まし、虚ろだった目に光が戻った。
「私……何を……?」
ヴァイスの記憶は曖昧だった。
先ほどの遥斗の攻撃——業火、氷結、雷撃、貫通。
激痛で、一瞬意識を失っていた。
その間に囚われたのだ、黒き糸に。
自分が何をしてしまったのか覚えていない。
「ヴァイスーーー!!」
ルドルフが、怒鳴る。
「ぼさっとするな!!杖にエンチャントをかけろ!!回復だ!!今すぐ!!」
その声は、怒声というより悲鳴に近い。
「え……あ……わかったわ!!エンチャント・リジェネレーション!」
ヴァイスが、慌てて反応する。
杖が、緑色に光る。
回復の魔力が、ルドルフに流れ込んでいく。
切断された右腕の傷口から肉が盛り上がり、骨が伸びる。
そして筋肉が形成され、皮膚が再生されていった。
グチュグチュと、不快な音。
しかし、たったの数秒で元通りに完全再生。
「はあ……はあ……」
ルドルフが、荒い息をつきながら、右手を握ったり開いたり。
「……動いた」
その間に、遥斗はゲイブとケヴィンの元へ向かっていた。
二人は、地面に倒れたまま。
意識がない。
遥斗が、マジックバックから二つのポーションを取り出す。
それは「最上級HP回復ポーション」
遥斗の手持ちの中で、最も効果の高い回復薬だ。
一つをゲイブの身体にかけ、もう一つをケヴィンに。
全身が緑の光に包まれる。
断裂した筋肉が復活し、切れた腱が修復された。
折れた骨も元通りに。
ただ意識は、戻らない。
蝕まれた精神は、簡単には回復しないらしい。
「ゲイブさん……ケヴィンさん……ありがとうございました」
遥斗が二人を見る。
(……もう安心だから、ゆっくり休んで)
「遥斗くん!」
息を切らしながら、エレナが駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
「ああ」
遥斗が、頷く。
「この二人のこと……頼みたいんだけど」
「うん、分かった。それより相手は二人。私も加勢した方がいい?」
エレナの問いかけに遥斗が首を横に振る。
「白虎は一度使用するとエネルギーチャージに時間が必要になる……今はその時じゃない」
エレナのパワードスーツ「白虎」。
無類の強さを誇るが、無敵ではない。
エネルギー消費に応じてチャージが必要で、連続使用ができないのだ。
「ここは僕一人で十分かな?」
(まぁ二人の連携は面倒だけど……面倒なだけで対処には問題無い)
遥斗の思考が、戦況を分析する。
二人同時でも……勝率は十分。
むしろ——
追い詰めた時にゲイブとケヴィンを人質にされる方が厄介だった。
幸いにも、それは未然に防いだ。
最初から汚い手段を全力で使われていたら、結果はどう転んだかは分からない。
しかし——
彼らの自信につけこむ事で勝機を得た。
ルドルフたちは、自分たちが優位だと思っていた。
だから、慎重さを欠いた。
それが、敗因。
彼らを殺すなら簡単な作業。
しかし、ルドルフだけは生け捕りにしたい。
この後を考えれば……マリオネイター、その力を利用する。
(でも殺すより……手間がかかりそうだ)
「エレナ」
遥斗が、エレナを見る。
「この二人と……サラさん、アレクスさん、エルウィラインさんを任せるよ」
遥斗の目が、遠くのアイアンシールドの面々を見た。
彼らは現在アレクスが守っているが、戦闘に巻き込まれればひとたまりもないだろう。
「ここを攻められると……数の理論で守り切れるか分からないからね」
「そうね……任せて!」
エレナが、魔力銃を構える。
「誰も……手出しさせないから」
ルドルフとヴァイスは完全に回復していた。
しかし——
「……勝てる気がしないんだけど」
ヴァイスが呟く。
「なぜだ……あんな小僧に、我々が……」
ルドルフも、同じ思いだった。
圧倒的な、恐怖。
目の前の少年に対する。
(おかしい……俺たちは……もうすぐ死ぬのだぞ?)
ルドルフの心が叫ぶ。
どうせ死ぬ。
それは、分かっている。
覚悟も、できている。
(なのに……なぜ怖い?)
常に死と隣り合わせで生きてきた。
死を恐れたことなど、なかった。
なのに——
今、恐怖している。
「信じられないわね。あんな子供に……」
「認められぬ……認められるはずがないではないか!」
ルドルフが、歯を食いしばる。
「こんなこと……!」
理不尽な暴力。
容赦ない裏切り。
絶望的な状況。
その全てを、乗り越えてきた。
何者にも負けない——そう信じていた。
恐怖に身が竦む、それは自分たちの生き方の否定。
自分たちの存在否定。
「……もう蹂躙するしかない、我らの尊厳を守る為には!」
ルドルフが、杖を握りしめた。
そこには——
プライドがあった。
傷ついたプライドが。
それしか自分を取り戻す方法はない。
「そう……そうよ……私たちはこんなもんじゃない!」
ヴァイスが、頷く。
「私たちは……何も恐れない!」
自分に言い聞かせるように叫んだ。
二人の目が遥斗を、捉える。
純粋で明確な、殺意。
彼らの尊厳に賭けて。
一方——
大輔とさくらの身には、大変な事態が起こっていた。
レゾとガルモ。
残った二人の異世界人の逆襲が始まる。




