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449話 壊れた世界の子供たち

「エルウィラインさん!」


 遥斗が、叫ぶ。

 戦場を駆け抜け、アイアンシールドの元へ。

 素早く周囲を確認する。

 倒れている者、虚ろな目で立つ者、震える者。


 何が起きたのか。

 一刻も早く、状況を把握しなければ。


「佐倉遥斗……!」


 エルウィラインは、ただその場に立ち尽くしていた。

「あの四人、異世界人だ。この状況を作り出した張本人。あいつらは狂っている、悪魔だ。あそこにいる2人は……」


 言葉を区切る。


「もう駄目だ、操られた。手遅れだ」


 簡潔に、しかし、全てを伝える言葉。

 遥斗の表情が、険しくなる。

「分かりました、ありがとうございます……」


 状況はある程度は把握出来た。

 人形のようにふらふらと揺れるゲイブとケヴィン。


 子供のように泣きじゃくるサラ。

 無力感で立ち尽くすエルウィライン。

 必死に仲間を守ろうとするアレクス。


 彼らの戦いは無駄ではなかった。

 異様な魔力のぶつかり合いを、るなが感じ取ってくれたからここまで来られた。

 皆には感謝しかない。


 そして……相手には怒りしかない。


 視線を、四人の異世界人に向ける。

 大輔とさくらも、彼らを見ていた。


 ルドルフ。

 ヴァイス。

 レゾ。

 ガルモ。


 確かに見覚えのある顔。

 連合軍で、共に戦っていた仲間。


 いや、大輔とて仲間だとは感じていなかった。

 異世界召喚による被害者同士。

 その程度の認識。


 それでも敵だと思ったことはない。


「ルドルフさん……」

 大輔が、声を絞り出す。

「あんたら……本当に俺たちの敵なのか?もしかして、また操られているのか?」


 まだ、信じられなかった。

 何かの間違いではないか。

 そう思いたかった。


「ゲハハハ!」

 レゾが、腹を抱えて笑う。

「敵?何を今さら!決まってんだろ!」


「私たち最初から」

 ヴァイスが、にこやかに微笑む。

「敵だったじゃない?」


 その笑顔には、一片の罪悪感もない。

 むしろ——楽しんでいるようだった。


「嘘……」

 さくらが、呟く。


「全ては計画通りだ。この楽園を作り上げるためのな!」

 ルドルフが、髑髏の杖を掲げる。

 その声に宿るのは「狂気」。


「待ってくれ!」

 大輔が前に出る。

「あんたたちは異世界人だろ?だったら、元の世界に帰るのが目的のはずだ!」


 必死に、言葉を紡ぐ。

「あんたらは知らないだろうが……この世界を滅ぼしたら終わりなんだよ!帰れなくなる!」

「この世界が滅んだら——次は、俺たちの世界の番かもしれないんだ!」


 その言葉に、さくらが頷く。

「世界は繋がってる……」


「は?お前らは知らなかったのか?」

 ルドルフが大げさに驚く。


「え……?」

「俺達は全部分かってやってるのだが」


 ルドルフの目が、冷たく光る。

「むしろ、それこそが目的」


 大輔はその言葉の意味が理解できない。


「何……言ってるんだ……?俺達の世界を、滅ぼす……?」


「お前、日本人だろ?」

 レゾが、水晶を弄びながら言う。


「ああ……そうだけど……」


「だったら分かるわけないよな?」

 レゾの目が、鋭く光る。

「俺たちの世界が、どれだけ異常か」


 ゴクリ、と大輔が息を呑む。


「人が、人を利用する」

 ルドルフが、一つ一つ言葉を紡ぐ。


「人が、人を貶める」

 ヴァイスが、微笑みながら続ける。


「人が……人を殺す」

 ガルモが、淡々と呟く。


「そして!それの上手い奴ほど賞賛される!」

 レゾが、吐き捨てるように言う。


『ズルい奴ほど得をする世界』

 四人の声が、重なり合う。


 その言葉には——深い、深い闇があった。


「お前ら、親を殺したことはあるか?」

 ルドルフが、問う。


「え……?」


「兄弟を、殺したことは?」


「いや……」


「殺されそうに、なったことは?」


「……」


「生きるために自分の子供を、売り渡したことは?」


 大輔とさくらは、答えられなかった。

 そんな経験、あるはずがない。


「恋人を、目の前でいたぶられ、殺され——」

「笑顔を、強制されたことはあるのか?」

 ルドルフの声が、震える。


「ゲハハハ……ないよな?」

 レゾが、嘲笑う。

「俺らの気持ちは分かるまい。お前たちのような——」

「ぬくぬく暮らしてきた連中にはな!」


 その言葉が、胸に突き刺さる。


「そんな世界が同じ地上にある」

 ルドルフが、髑髏の杖を握りしめる。

「同じ空の下で、人が人を喰らい、子供が売られ、弱者が踏みにじられる」


 その声は、怒りに満ちていた。


「それを知りながら何もしなかった!何も感じなかった!知識としては、知っていたんだろう?ニュースでも見たんだろう?」

「それでも、何もしなかった」


「気にかけることもなく……幸せに暮らしていた」


 四人の言葉が、大輔とさくらを責める。


「だから——」

 ルドルフが、天を仰ぐ。

「世界は、平等に壊されなければならない」


 宣言。


 それは歪に、真っすぐに歪んだ……正義だった。


 大輔が言葉を失う。

 さくらも同様。


 彼らは被害者だったのだ。

 元の世界で、過酷な人生を歩んできた。

 虐げられ、傷つけられ、奪われてきた。


(そんな……)


 大輔の心が、揺れる。

 確かに知っていた。

 世界には、そういう場所がある。


 戦争。

 貧困。

 虐待。

 人身売買。


 ニュースで見た。

 授業で聞いた。


 でも——


(俺は……何もしなかった……)

 罪悪感が、胸を締め付ける。

(普通に、学校に行って……)

(友達と、笑って……)

(家族と、ご飯を食べて……)

(それで、満足していた)


 さくらも、同じだった。


(……知らなかった)


 いや、知っていた。

 でも自分が何かしなければならない、とは思えなかった。

(私とは関係ない……)

(そう思って……)


 るなが、さくらの足にしっぽを絡ませる。

 温もりが、伝わってくる。

 今はそれすらも、罪のように感じる。


 ルドルフたちの言葉に正義を感じてしまった。


 この世界を滅ぼすことが。

 元の世界を滅ぼすことが。


 平等だと。


 正義だと。


「だから全部壊しちゃお?アハハハハ」

 ヴァイスが、楽しそうに笑う。


「ゲハハハ!そうだ!全部だ!全部!」

 レゾが、拳を振り上げる。


「消えろ……消えろ……」

 ガルモが、静かに呟く。


「等しく消えればいいのだ!」


 ルドルフが叫んだ。


 その言葉たちに大輔とさくらは、何も言い返せなかった。


 反論する資格がない。

 そう思えてしまった。


 その時——


「……それで?」

 静かな、しかしどこか怒りを感じさせる声。


 遥斗だった。

 その目は——冷たく、昏く……黒く染まっていた。

 感情の影さえ映らぬ、底なしの漆黒。

 深淵。


 狂気は……ここにもある。

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